伊藤まさこさんが「あたらしい場所」をつくりました。
そこは、とある標高の高い森のなか。
築50年というちいさな山荘を
2年かけて改修したのです。

仕事部屋? ‥‥ではないらしい。
でもオフを過ごすためだけの場所でもなさそう。
ワイワイ集うための場所でもないし、
ましてや「もうひとつの暮らす場所」でもありません。
そこは伊藤さんが思い立ったら、
すぐに行くことができる、自分だけの場所なんです。

そんな、できあがったばかりの山の家に、
ある雨の秋の日、糸井重里が訪ねました。
かつて京都に家をもち、
気仙沼にひとりで部屋を借りたいと考えたこともある
糸井重里の目に、
伊藤さんのこの家はどう映ったのでしょう。

「ぼくにしてはめずらしく、
相手に寄り添わない対談になっちゃったかなぁ」
「でも糸井さんと話していると、
どうしてわたしがここを作りたかったか、
わかってきました」
そんなふたりのやりとり、
8回に分けておとどけします。

たくさんの部屋の写真と、
伊藤さん撮影による動画でのルームツアーも、
おたのしみくださいね。

撮影=有賀 傑

伊藤まさこさんの山荘について

総床面積は59平米。
建築士は相崎高志さん、
大工は今泉潔さんです。
玄関側のLDKから、
奥のベッドルームスペースへは、
4段の階段を上ってのスキップフロアに。
窓は一方向で、三方は壁、
室内のドアはトイレのみで、
他は引き込み戸です。

06
ここは「まさこハウス」

伊藤
実はもうちょっと落ち着いたら、
本の収納小屋を作ろうという夢があるんです。
小屋を作る簡単なキットがあるみたいで。
糸井
小屋っていうのは
ぼくもコンセプトで考えたことがあって。
つまり、自分は「ものすごくいい物置」が
ほしいんじゃないかって思ったの。
さっきのバスタブは極端だけど、
冷蔵庫であろうが、ストーブであろうが、
不要の時はそれを入れられるブラックボックスを。
ちょうど今、
建築の三浦史朗さんとそういう話をしていてね、
正倉院とかってさ、あれ、蔵なんだよ。
伊藤
たしかに。
糸井
その蔵をいまもみんなが
文化財として見てるわけでしょ。
それが歴史そのものなんですよね。
だから物置プラス狭い家、っていうのに、
今、ちょっと興味があるんです。
上手に回廊を通った先に物置がある、みたいなね。
伊藤
わたしはそんな家が本当に持てるとしたら、
床面積は小さくていいので、
天井がうんと高いちっちゃい家がいいです。
糸井
おっ、それでどうするんですか。
伊藤
上におっきい棚を作り付けて、
自分の好きなものを飾るんです。
そこがたとえば、
本ばっかりになっても素敵ですよね。
糸井
うん。でもそれはできちゃったら
本棚としては使わないかもねぇ。
伊藤
そうなんですよね、
できちゃったらまた次に行きたくなる。
糸井
だからやっぱりまさこさんは
そういうイラストレーションを描きたいんだ。
伊藤
願望ですよね。
「普通、やらないよね」っていう。
ただ、夢をそのままで終わらせたくないっていう
気持ちがすごく強くて、
「そんなの誰もやらないよ」みたいなことをやって、
「ほんとにやったんだ?!」って思われたい!
収納場所がそんなにないとか、
バスタブがないとかも、
「そんなの普通はやらないよ」みたいなことだけど、
「やっちゃいました!」って言いたい。
糸井
やっぱり作品なんだよ。
「まさこちゃんハウス」だ。
伊藤
そっか。そうなんですね。
糸井
人が、好きで一所懸命やってることって、
頼まれたことじゃなければ作品ですよ。
伊藤
そうですよね。
糸井
自分のことだから言いにくいけど、
前橋ブックフェスだって作品だと思いませんか。
ああいう賑わいやら流れやらコンセプトやらが、
ある種の現代芸術だと思えば。
身近なことで言うと「引っ越し」だって作品だよ。
伊藤
引っ越し、大好き! 
でもそっか、作品だったんだ。
でも結果としてここがわたしが本を読むという
居場所になりました。
糸井
そうですね。でももし、その機会が3回しかなくても、
作品としては万全です。
コルビュジエの奥さんは、
夫の建築の仕事にまったく興味がなかったらしい、
っていう話があるじゃない? 
「カップ・マルタンの休暇小屋」とか、
ちっちゃすぎて、機能しなかったみたいだよ。
つまり、この家においては、
コルビュジエがまさこさんなんだ。
伊藤
小屋の近くにあった、
アイリーン・グレイっていう
女性の建築家が作った家が居心地がよくて、
コルビュジエが入り浸っていたという話を
聞いたことがあります。
きっと彼自身も、実は
アイリーン・グレイの家のほうが
居心地がよかったんじゃないかな? なんて思ったり。
コルビュジエのその小屋、すごく簡素なつくりですよね。
糸井
うんうん。そんな小屋、奥さんはたぶん嫌いだよねえ。
昔さ、橋本治さんが、
「家っていうのは、奥さんが女主人のペンションだ」
って言ってた。
「だからそこでは旦那っていうのは、
基本的に邪魔なの。
手伝いをしてくれたり、
重いものをもってくれたりする、
という意味では必要だけど」って言ってて、
「そうか!」と思った。
伊藤
そうなのかもしれないです。
糸井
橋本治的に言うと「女主人のペンション」だけど、
つまりは「リカちゃんハウス」なんだろうね。
伊藤
うん、うん、そうです! 
それが自分の力で作れたのはよかったなぁと思うんですよ。
糸井
こんなに大きいんだものね。
おっきいリカちゃんハウス。
伊藤
あるいは「どうぶつの森」かも。
糸井
「どうぶつの森」はお客さんがもっと多くて、
いろんな人がいる村が舞台じゃない? 
まさこさんのタイプじゃない住人がいるし、
まさこさんのこの考え方を
あそこで村にするのは大変だと思うんだ。
だから、現実でも、村にはしないんだよ、まさこさんは。
作品を単独で置いてほしいの。
もう一個つくるなら、自分がやる。
伊藤
うん、うん!
糸井
女の子たちはずっと、
5歳ぐらいのときからずっと、
そういうことをしてるのかもね。
伊藤
シルバニア・ファミリーに夢中の娘さんを
もっている友だち、いますもの。
男子はそういう願望はないんですか?
糸井
男子でそういうことしたい人は、
お城に行くんじゃないかな。
「男子一生の夢は一国一城の主」って。
それは権力なんだ。
現代ではそれが「御殿」なのかな。
伊藤
そういうことなんだ!
その御殿願望は糸井さんにはないんですか。
糸井
そうなの。御殿もなければ、
リカちゃんハウスもないんだ。
まさこさんの娘さんはなにか言ってますか。
伊藤
「なにかやってるなぁ」みたいな感じ。
糸井
やっぱり作品として見てる。
伊藤
しばらくはこれに夢中だから、
自分に比重がかからなくていい、
とか思ってるんじゃないかな。
「しめしめ」みたいな。
訊いてはいないけれど、そんな感じがします。
糸井
あり得るよね。
でも母子ってすごいつながりだよね、
これだけほうきで掃き出す人でも、
娘は掃き出されなかった。
おんぶしてたわけでしょ、言ってみれば。
伊藤
でも、家の中では、
「パブリック・スペースに私物の置きっ放しは禁止」
って言ってました。
その代わり自分の部屋に入れば
全く何も干渉しないんです。
糸井
「あなたが得た自由よ」と。
伊藤
そう。独立した今は
家の中すべてが彼女の好きなもので、
しあわせそうです。
糸井
まさこさんの家に、生ものは、置いてある?
伊藤
生ものはないですねぇ。
糸井
「静物としての柿がある」みたいなことは? 
セザンヌの絵みたいに、果物が飾ってある風景は?
伊藤
それはあるんです。
枯れた葉っぱがついてる洋梨2個、とか。
でもたとえば野の花を活けることは
あんまりしないなぁ。
糸井
ぎりぎり果物があってよかった。
伊藤
このことって、とっても説明がしづらいんです。
わたしだけの世界なんだと思う。
糸井
ぼく、最近、幼児を見ているので、
その人と話をしてる感じがするんです。
すでに彼女は自分の世界っていうのを
ある程度持っている。
その中でお姫様であったり、
先生であったり、
リーダーであったりしてるわけですよ。
それが壊れちゃうような状況になったときに不安になって、
ちょっと機嫌が悪いぎりぎりのところに行くの。
伊藤
うん、うん。わたしもなります。
糸井
なりますよね。
だから彼女としゃべってるのと
そっくりだなと思って。
で、なにかをきっかけに、
“わたしの知らない世界だと思ってたものが、
実はこう見えると、
わたしの知らない世界じゃなくなる”
って気づいた途端に、
パーンって元気になるんです。
それは“わたしのもの”になるから。
伊藤
へぇ~!
糸井
夏に阿寒湖の原生林を一緒に歩いたの。
ものすごく景色がよくて、
ぼくら大人はウワーッと喜んで。
でも彼女にとってみれば、
“いつもわたしが知ってる世界”と全然違うから、
「なんでそんなとこ行くの」と、
ちっとも楽しくないんですね。
だから渋々歩いてるの。
みんなが「おーっ!」とか言ってるのも
彼女は全然おもしろくないわけ。
そんな中、苔であっちこっちがモコモコしてて、
ぼくが「あ、この苔、犬みたいだ」って言ったら、
「どれ? ほんとだ」って、急に犬が見えたんだね。
そうしたら、あっちこっちに、
さらにいろんなものが見え始めて、
急にいきいきして前を歩くようになった。
伊藤
最初に見た自分が置かれた景色が
大きすぎたんでしょうか。
糸井
うん、全部が見知らぬものだった。
それが見立てで苔が犬になったおかげで、
“わたしのもの”になったわけ。
それで、全然変わっちゃって。
(つづきます)
2025-01-06-MON