今回「weeksdays」で紹介する組み立て式の椅子
「ニーチェアエックス(Nychair X)」は、
以前のものとことなる個性があります。
それは木の仕上げが「オイルフィニッシュ」だということ。
発売からずっと「ウレタン塗装仕上げ」だった
ニーチェアエックスが、半世紀を経て、
従来のものに変えるかたちで
あたらしい仕上げを採用した経緯を、
製造・発売元である「藤栄」(ふじえい)の
一柳裕之さんと西巻径さんに聞きました。
そこには、開発者の新居猛さんの思いが、
つよく受け継がれていました。
ニーチェアについて
折りたたむことができ、座り心地がよく、
修理やメンテナンスが容易なパーソナルチェア
「ニーチェアエックス」(Nychair X)は、
世界各国で50年以上販売された、
日本の椅子の名作です。
1970年、日本人デザイナーの
新居 猛(にい・たけし)さんにより、
日本の暮らしに合う「あたらしい生活道具」
として、日本の技術でつくられました。
2013年までは新居さんの出身地・徳島の
「ニーファニチア」自社工場で
一貫して生産されていましたが、
現在は事業を継承した株式会社藤栄によって、
シート生地・金属パイプ・ネジ・肘かけそれぞれ、
日本各地の工場で製作した部品を
ひとつに集約するかたちで生産が続けられています。
今回、お話をうかがった一柳裕之さんは
「藤栄」のブランド事業カンパニー社長、
西巻径さんはディレクターとして
商品企画・開発・広報を担当しています。
また、新居さんについてと、
ニーチェアエックスについてさらにくわしくは、
「weeksdays」の以前の取材コンテンツも
あわせてお読みくださいね。
0155年目のチャレンジ
- 伊藤
- 今回、“ウレタン塗装なし、オイルフィニッシュ”の
ニーチェアエックスを、「weeksdays」で
販売させていただくことになりました。
意外だったんですが、オイルフィニッシュというのは
ニーチェアにおいて後発商品なんですね。
それも、ごく最近の。

- 一柳
- はい、そうなんです。
オイルフィニッシュの
ニーチェアエックスがうまれたのは、
2019年のことでした。
このオイルフィニッシュに行き着くまでの流れ、
説明させていただいてもいいでしょうか。
- 伊藤
- もちろんです、ぜひ聞かせてください。
- 一柳
- ここに展示している
新居 猛さんがつくった椅子は
いちばん古いものが1966年製で、
ニーチェアエックスになってからは
1970年、72年、80年とあるんですけれど、
どれも木の部分は“ウレタン塗装”なんです。

- 伊藤
- 木材に樹脂を使ったウレタン塗料を塗って
表面を仕上げる方法ですね。
現行の「ニーチェアエックス」も、
基本、同じですよね。
- 一柳
- はい。日本の家具は、1950年代や60年代から、
ウレタン塗装が主流でした。
速乾性があって工場での量産に向いており、
使っていても耐久性が高く、
独特の輝きゆえの高級感があるので、
「いい仕上げ」という安定した評価がありました。
ニーチェアもずっとウレタン塗装を使ってきましたが、
同時に、ニーチェアをつくった新居 猛さんが
すごく大事にしていたのが、
肌に触れたときの心地よさでした。
ニーチェアは肘かけの部分が直接手に触れますよね、
そこはやっぱり癒されるものがいいということで、
素材に天然木を使用し、
その思いを私たちも大事にしてきたわけです。

- 伊藤
- はい。
- 一柳
- 今では木には天然素材の特性があるものとして、
量産品でも使う部材に個体差があってよし、
と誰もが考えると思いますが、
当時は均一なものがよい、
むしろ“木目の違いが気になる”という人も多かったんです。
そもそも店頭で見たものと届いたものが違うのが
好まれなかったんですね。
そういうことって、
木目が不均一だと起こりえるでしょう。
- 伊藤
- ということは、見た目を均一化させる必要があった?
でも木は天然のものですから、
たとえば節目が目立つものだってありますよね。
- 一柳
- そうです。素材の段階で、
木目の印象の強いものはブラウン色に塗装して、
目立たないようにして使っていたんです。
ナチュラル色のウレタン塗装は無色なので、
木目や節が見えてしまうんですよ。
- 伊藤
- そうだったんですね。
- 一柳
- よほど目立つものは、倉庫に保管していたんです。
せっかく使える肘かけを
木目が適さないというだけで
廃棄してしまうのはもったいないですし。
- 西巻
- とても印象の強いこの木目は、
縄目杢(なわめもく)といい、
縄が巻いてるような模様のものがあります。
木の成長段階で台風などで揺れ、もまれると、
そういう跡ができるのだそうです。
つまり“すごく頑張った木材”ですよね。
- 一柳
- ほかにも、小枝が芽を出そうとした跡や、
傷がついたところを治そうとした跡が
独特の節や木目模様になって残る場合があります。
「木目が気になる」というのは、
そういう模様を指すことが多かったんです。

- 伊藤
- でも、それを使わずに倉庫に保管しても、
どんどん溜まっていきますよね。
- 西巻
- そうなんです。
それで、ニーチェア誕生50周年の2019年に、
記念モデルとして、はじめて木目や節を出した
オイルフィニッシュの
ニーチェアエックスをつくって販売をしてみました。
そうしたら、「こんなふうに個性があった方がいい」
というお声をいただいて。
「この木目がかっこいい」
「これだったら自分だけの椅子になる」と
おっしゃっていただけました。
あえてこういうものが欲しい、
ずっとこれを待っていました、とまで‥‥。
ご自宅でお使いの家具に
木の質感を活かしたものが多い方は、
ウレタン塗装のツルッとした感触が
気になっていた、とおっしゃるんですよ。

- 伊藤
- 「ずっと待っていました」、
うれしい反応ですね。
- 一柳
- はい。つくってよかったです。
時代がかわり、肘かけの調達も大きく変わり、
材木を2年先ぐらいまで手配しているような状況の中、
今までのように均一化されたものだけを選んで使うと、
偏りがあるものが溜まるばかりです。
けれども時代とともに
木に対しての理解がすごく変わってきたのを感じ、
ありのまま、自然のままっていうコンセプトで、
“この節は個性です”とうたいたかった。
じつは50周年のときはそこまでコンセプトを
はっきりと打ちだしていなかったんですが、
あらためて、今回、ニーチェア誕生55周年に
オイルフィニッシュを出すにあたって、
はっきりと、そういう方針を打ち出したんです。
- 伊藤
- そうなんですね。
- 一柳
- 今回、55周年のテーマを「Elegant Flexibility」
(エレガント フレキシビリティ)としました。
ご愛用の皆さんが、
軽やかに持ち運べるニーチェアを
それぞれの日常に合わせて取り入れ、
自分らしい暮らしをしていることを知り、
とても素敵だと感じています。
ニーチェアは、そんな暮らしに寄り添い、
考え方や生き方が変わる中でも、
軽やかに、そしてしなやかに、
ずっと一緒に歩み続ける存在でありたいと考え、
このテーマにしたんです。
私たちは、新居さんがいなくなっても、
なんとかニーチェアを継承したいということで、
この事業を始めているものですから、
“変える”ということに対して、
とても慎重になってしまうところがあったんですけれど。
- 伊藤
- なるほど。
- 一柳
- ずっとウレタン塗装だけを続けてきたのもそれゆえです。
けれども継承して10年が経ち、
お客さまのニーズやご要望の変化を感じて、
今の時代に合ったニーチェアにしてあげたいな、
っていうところがあって。
- 西巻
- じつは、そのニーズはそれより以前からあって、
ウレタン塗装を削った、というお客さまもいるんです。
サンドペーパーで削って、
自分でオイルを塗りました、って。
- 伊藤
- わかります。ニーチェアではありませんが、
わたしが子どもの頃、
父にはじめて買ってもらった椅子も、
ウレタン仕上げだったんです。
おとなになって修繕をするときに、
ウレタン塗装を全部きれいに削って、
オイルフィニッシュに加工しました。

- 一柳
- そうなんですね!
- 伊藤
- ウレタン塗装仕上げとオイルフィニッシュ、
どちらが良い、ということではなく、
暮らしに馴染むかどうか、ですよね。
わたしは山の家ではオイルフィニッシュ、
東京の家ではウレタン塗装のものを使っています。
- 西巻
- それぞれの良さがありますよね。
ウレタン塗装は経年変化が少なく
傷や汚れがつきにくいですし、
オイルフィニッシュはメンテナンスが必要ですが
より自然な風合いや経年変化をお楽しみいただけます。
そんなふうにそれぞれの個性がありますね。

- 伊藤
- そうですよね。
- 一柳
- ニーチェアはウレタン塗装が原点ですから、
それはそれでしっかりと
つくり続けていきたいと思っています。
けれどもニーチェアの座り心地をもっと広く、
多くの人に感じていただくため、
今の時代に合ったオイルフィニッシュという
選択肢を増やした、ということですね。
(つづきます)
2025-02-23-SUN