かわいい白い家庭用の消火器があるんだよと
伊藤まさこさんが教えてくれたのは
ことしの初め頃のことでした。
消火器? 白? 家庭用?
しかも、かわいいって?!
たしかに、見た目は真っ白。
反対側にはきちんと説明があるんですけれど、
ある角度から見るとなにもない白。
しかもマットな塗装で、質感がよく、
デザイン家電やキッチンツールに共通する
いい感じの生活感があって、
これなら部屋に置けそうだなぁ‥‥。
この消火器をつくった、東京都江東区にある
消火器や消火設備のメーカー、モリタ宮田工業の
北里憲さんに、伊藤さんがインタビューしました。
担当チームは3人、北里さんはそのリーダーです。
同席してくださったデザイン担当の
今城(いまじょう)菜穂さんのことばもまじえて、
おとどけします。

北里憲さんのプロフィール

北里憲 きたざと・けん

1981年生まれ、38歳。
モリタ宮田工業株式会社
新規事業開発課 課長。
創業110年以上の老舗防災企業において、
「防災をライフスタイルに。」をコンセプトとした、
生活者防災ブランド+maffs(マフス)を
2019年1月に立ち上げる。
プライベートでは2人の男子(4歳と2歳)の父。
結婚以来、週末に家事分担する料理が目下の趣味。
 
+maffs brand website

Corporate website

その3
デザインのトライ&エラー。

北里
実は、モリタ宮田工業の「宮田」は、
もともと消火器以外に自転車もつくっていた会社なんです。
つまり塗装技術が会社にあったので、
いろいろな試作ができたんですね。
前身の住宅用消火器・キッチンアイをつくっていた時期は、
それこそ、アップル社がカラフルなコンピュータや
デバイスを出していた時期と近かった。
そんな時代背景もあって、
カラフルな消火器になったんだと思います。
そのあと、「+maffs」というブランドをつくるにあたり、
いまのライフスタイルに合ったものは?
と改めて考えたときに、
いま自分が使いたいデザイン家電のような
イメージがいいな、と思ったんですよ。
いま、家電製品はどんどんデザインが
よくなっていますよね。
伊藤
なるほど!
北里
そういう家電のデザインが好きだったというのもあって、
やっぱり、白いものをつくりたい。
さらに、白ならラメよりはマットがいい。
ツヤッとした塗装で塗るほうが
社内的には得意なんですけど、
わがままを言って、マットな塗装にしてもらいました。
伊藤
試作は何度も?
北里
試作、しまくりました。
今城
もうほんとうに何回も!
この塗料が粉体塗装、粉の塗装、
粉を吹き付けて焼いて、
塗っていくものなんです。
そういった塗装のほうが、
有機溶剤などの有害なものを使わないという意味で、
社内的にも、環境を配慮して選んでいるんですね。
ところがその粉体塗装でのマット塗装が
けっこう難しいんです。
つや消しの度合いにも何分艶(なんぶづや)とか、
けっこう段階があるんですが、
このようにほんとに艶なしっていう状態にするには、
むらなく均一にやっていかなきゃいけない。
そのためには工場のラインの整頓も大事だし、
焼き付け温度なども調整しなきゃいけない。
それで何回もトライしたんです。
北里
何回も、この色じゃないって。
色あいもそうだし、質感もそうだし、
というところの大変さがありつつ‥‥。
ぼくら、白いものって、
つくったことがなかったので。
伊藤
そうだったんですね。
北里
だから、うちの工場は。
単純に白っていうワードが出ただけで、
「えっ?」ってなる人が、いっぱいいました。
ぼくはそのとき、無邪気に白がいい、
マットがいいとか言ってましたけど、
実際に工場のラインを見て、
そこでどうつくられてるかを見ると、
いかにたいへんなことかを理解したんです。
たとえば汚れが付いたときに生産効率が悪くなる。
艶があれば、さっと拭いたら消えた汚れが、
こういうマットの塗装だと消えないんです。
でもぼくも譲らなくて‥‥。
ほんとに工場の皆さんごめんなさいと思うんですが、
「世の中に、マットのものが
こんなにいっぱいあるんだから、
できないわけないですよね」
みたいに言っていました。
でも、ほんとに現場でしっかり調整してくれました。
伊藤
ある方向から見ると完全に真っ白なんですよね。
じつはその反対側は、必要な説明書きがたくさん。
北里
そうなんです。ふつうの消火器って、
前から見たときに、必ず、
何かしらのグラフィックが載ってるものなんですよ。
それは今城が、最終的に提案してくれたんです。
消火器ってすごく厳密に規格が決まってるんですよ。
それをクリアしつつ「真っ白」という印象にできたのは
ひとえにデザインの力です。
伊藤
ここの色はこれじゃなきゃダメとか、
ここの表示がなきゃダメとか、ですよね。
北里
そうなんです。正面のゲージを基準に、
そこから何度までのところに説明を
書かなきゃいけないっていう決まりがあって。
でもこれほんと必要な表示事項を全て載せた上で、
一番ぎりぎりのラインを狙って、
後ろに配置するように、してくれて。
伊藤
それでも読みにくいということはなく、
必要なことがきちんと書かれているので、
使うときに困らないように思います。
安全栓のピンを外してレバーを握れば噴射、
というシンプルなことですもんね。
北里
そうですそうです。
伊藤
ピンがあると抜きたくなっちゃうんですけど、
使わないのに、抜いちゃ、ダメですよね。
北里
はい、ダメです(笑)。
たしかに抜いちゃダメって言われると
抜きたくなっちゃうんですよね(笑)。
安全栓のピンが刺さっていれば
どれだけ握っても消火剤は出ないんですけど、
ピンが抜けた瞬間に、
指2本でかるく握っただけで出るんですよ。
伊藤
押してる間だけ消火剤が出て、
手を放せば止まるんですか。
北里
そうなんですよ、
ゲージがついてる消火器は、
放せば止まるという仕組みが付いてます。
ゲージがついてない消火器は、
一回握ったら、放しても止まらないです。
ちなみに10年ぐらい前につくられてる消火器って、
1回握ると止まらないという仕組みのものが多いです。
伊藤
ちょっとしたボヤで、すこしだけ使ったと。
で、まだ残ってるとしたら、
また使っていいんですか。
北里
これはですね、使えないです!
なぜかというと、
タンクの中に圧力が入ってるんですね。
スプレーと同じように。
で、1回握ってしまうと、
どうしても気体って抜けやすいので、
どんどん抜けちゃう。
液体は出なくても、気体だけが
少しずつ出ていってしまう可能性があって、
そうすると、いざというときに使えなくなってしまう。
だから、1回抜いたら、全量使ってください、
もしも途中で残った状態になったら、
とっておかずに、交換してください、
というのが原則なんです。
伊藤
白い消火器って、新居祝いとかにもいいですよね。
北里
ありがとうございます。
そうなんですよ。
そうしたいんです。
母の日とかもいいと思いますし。
──
これ、パリで、泊まったアパートの写真です。
白い消火器があって。
北里
あ、かわいいですね。
伊藤
かわいいー!
──
古い木や石のインテリアに、
すごくきれいに合っていました。
これが赤だったらやっぱり違いますよね。
北里
海外の消火器は規定がちがうので、
デザインが比較的自由度が高いんですよね。
伊藤
日本でも、消火器のカバーをくふうして、
インテリアになじむようにしていた
ホテルがありました。

▲ふだん伊藤さんは、キッチンのかたすみに置いているそう。

北里
消火器って、新しいビルだと、
壁の中に隠してしまうことが多いんです。
ポンと外に消火器を置くと、
存在感がどうしても出るので、
こういう工夫をされているんですね。
ぼくらもぜんぶの消火器が白になればいいと
思ってるわけじゃないんですよ。
伊藤
そうですよね。そこは規制で赤のままがいいと思います。
たとえば、マンションの廊下に
白や青の消火器があっても、
おばあちゃん、わからないかもしれないし。
「見慣れてるもの」かつ「目立つもの」でないと。
北里
アイコンとしての赤、黄色いピン。
日本の業務用消火器は、ぜんぶその色なんです。
使い勝手にも共通の決まりがあるから、
メーカーによって変わることはありません。
どのメーカーの消火器を使っても、基本的には同じ性能。
それは安全をみんなで均等にするためという意味では
すごくいいんですけど、
それじゃあ家の中には置きたくない、ってなったら、
逆に言うと、何も火を消す手立てがなくなる。
それよりは置いてもらうということを優先したいよね、
見えるところに置いてもらえるようにしたいよね、
──この消火器をつくるにあたり、
そのことを強く思っていました。
(つづきます)
2019-06-25-TUE