100冊の古書[2]
今回、上田のVALUE BOOKSといっしょに
伊藤まさこさんが選んだ古書、およそ100冊。
伊藤さんみずから解説します。
19『有元葉子の台所術』有元葉子
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「これ以上ないくらい簡単なものだけれど、
きちんと手間はかけている。」
本に紹介されるのは、
有元さんがふだん作る料理についての工夫や考え方。
冷蔵庫の中は見通しよく。
箸の先に神経を集中させて、
その料理がいちばんおいしく見えるように器に盛りつける。
いつもきりりとしていて美しい人は、
なぜそうなのかの理由がちゃんとあるのです。
20『THE OUTLINE』深澤直人/藤井保
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1003-1-e1563106800145.jpg)
深澤さんがデザインしたものを、
藤井さんが撮る。
ぱらぱらとめくっていると、
あっという間にふたりの世界に引き込まれてしまって、
そんな自分にびっくりするのでした。
写真は一枚の風景のよう。
落ち着くかというとそうではなく、
本から何かものすごい「引力」を感じます。
21『小さな森の家 軽井沢山荘物語』吉村順三/さとうつねお
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幸運にも、吉村順三さんが建築した家を
いくつか訪れたことがあります。
いつもなぜだか親しい人の家を訪れたような、
そんな温かな錯覚に陥るのが不思議でたまりません。
「暖炉右手のベンチは、
この山荘を建てる時に切り倒したニレの木でつくった。
緑色のおりたたみ椅子も僕のデザインだよ。」
第1章の「山荘案内」では、
こんな風に語りかけてくるのですが、
それが私だけに話してくれているような気分になって、
なんだかうれしい。
22『普段に生かすにほんの台所道具』吉田揚子/佐野絵里子
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1028-e1563106780546.jpg)
竹ざる、すり鉢、おろし具、せいろ、
シュロのたわしに曲げわっぱの弁当箱‥‥。
昔から日本の人々に使われてきた道具には、
料理をおいしくする「何か」があるのです。
それぞれの道具に合った料理や、
あつかい方、手入れの方法なども載っていて、
読みごたえあり。
久しぶりに巻きすを出して、
海苔巻きでも作ろうかしら? なんて思いました。
23『海苔と卵と朝めし』向田邦子
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「日本に帰って、
いちばん先に作ったのは海苔弁である。」
この一文にそうだそうだ、
それがいちばん食べたいものだと膝を打って以来、
私も旅から帰ってすぐのごはんは海苔弁一辺倒。
思えば、向田さんの本からは
たくさんの「おいしい」を教えてもらった気がします。
「海苔と卵と朝めし」
「幻のソース」
「海苔巻きの端っこ」‥‥。
目次に並ぶ文字を追うだけで、
お腹がグゥと鳴ってきます。
24『地平線の相談』細野晴臣/星野源
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1248-e1563106763798.jpg)
クーラーが壊れてどうしよう? とか、
ベッド・シーンどうしよう? とか、
かけ算おしえてほしーの! とか。
細野さんと星野さんは、
自由にたのしそうにこの本の中で会話をしているけれど、
読者をけしておいてけぼりにはしない。
喫茶店に偶然隣に居合わせた、
おもしろいおじさんとお兄さんの話をこっそり聞いて、
思わず忍び笑いしてしまうようなたのしさが
この本にはあるのです。
25『しない。』群ようこ
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1032-e1563106753847.jpg)
群さんのエッセイには、
共感する部分がたくさんあって、
いつも本を手にしながら、
そうそう、
うんうんとうなづく自分がいます。
化粧、後回し、必要のない付き合い、
それから最後は、
自分だけは大丈夫と思うこと。
いろいろ「しない」と決めたら、
目の前がすっきり、さっぱり、
気持ちいい。
「しない」をする、きっかけになります。
26『おいしい人間』高峰秀子
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1203-e1563106745913.jpg)
「性格およそぶっきら棒、人づきあいは大の苦手で
『お前さんは変人です』と夫に言われる私──。」
という高峰さん。
それでも、
「筆を持てばやはり『人間に関することしか書けない』と、
自分でもこっけいになる。」
気風がよくて歯に衣着せず。
高峰さんの文章を読んでいると、
こちらもなんだかスカッとしてくるのです。
中の「おいしい人間」というエッセイに出てくるのは、
私も知る中華の店。
つつましやかな、あの店を
「よい」と思う高峰さんの舌のセンスのよさに、
舌をまくのでした。
27『つるとはな 創刊号』岡戸絹枝/松家仁之(編集)
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1006-e1563106736633.jpg)
ページを開くと、
川上弘美さんのエッセイ。
次のページは海辺に建つ、小さな家のこと。
小澤征爾さんへのインタビュー、
アイルランドの老姉妹のおはなし、
姿勢の正し方、
須賀敦子の直筆の手紙、
それからそれから‥‥。
ぜんぜん「雑」じゃない、
ていねいに編まれた「雑誌」が『つるとはな』なのです。
これは記念すべき創刊号。
28『夢で会いましょう』村上春樹/糸井重里
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1205-e1563106728950.jpg)
糸井さんと村上さんの対談集ではありません。
「短編集でもなく、エッセイ集でもないし、
かといって雑多な原稿の寄せ集めでもない」
そして、
「とにかくフシギな本だ」と村上さんは言うのです。
「ア」は、アスパラガス、アンチテーゼ、
「エ」はエリート、エチケット‥‥。と、
文字にちなんだエッセイが綴られます。
そして最後の「ワ」は、ワン(犬の鳴き声)でおしまい。
途中の「シ」のシティ・ボーイの糸井さんの文が、
洒落ていていいんですよ。
29『バウムクーヘン』谷川俊太郎/ディック・ブルーナ
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1118-e1563106719417.jpg)
白い小さな本は、
角の部分がまあるくしあげられていて、
読む人にやさしい。
見開きごとに、
書かれた詩は、
すべてひらがなと時々カタカナで
綴られていて、
これもまた読む人にやさしい。
バウムクーヘンってタイトルだって、
なんだかあまい匂いがただよってきそうで、
うれしい。
色とか手触りとか、
いろいろなものがやさしい。
30『パリのすてきなおじさん』金井真紀/広岡裕児
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1121-e1563106711867.jpg)
おじさんが67人いれば、
67通りの生き方があります。
もちろん、おじさんになるまでに、
いろいろなことがあったにちがいないのだけれど、
「それが人生さ」とばかりに、
自分の人生を軽やかにたのしんでいて、
なんだかいいのです。
「ほとんどの問題は、
他者を尊重しないことから起こる。」
「2分考えれば済むことを、
みんな大げさに考えすぎだよ。」
なるほど、なるほど。
31『アホになる修行 横尾忠則言葉集』横尾忠則
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1261-e1563106703116.jpg)
「まかせよう、運命に!」
「他人を信じる前に
自分を信じることができないと、
他人さえ信じることが
できないのではないか」
どこを開いても、
素晴らしい言葉が飛び出してくる。
まったく押しつけがましくない、
横尾さんによる人生の教科書。
32『開口閉口』開高健
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「とれたての山菜にあるホロ苦さは
まことに気品高いもので、
だらけたり、ほころびたりした舌を
一滴の清流のようにひきしめて洗ってくれる。」
長い冬が明け、
やっと芽吹いた山菜を味わう時の気持ちを
どうあらわすのが
一番ふさわしいだろうと思っていたけれど、
この本のこの一文がそれを解決してくれました。
33『にょっ記』穂村弘
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穂村さんの本を読んでいるといつも、
なぜこの人は、こんなにおもしろいことに
遭遇するのだろう? と思うのですが、
それは穂村さんが、おもしろいことに目を向け、
耳を傾けているから。
時間はだれにでも平等に与えられているのだから、
こんな風にキョロキョロして、
おもしろいことを見つけた方が、
ぜったいにたのしいにちがいない。
34『江戸切絵図散歩』池波正太郎
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地域別に作られ、携帯に便利な「切り絵図」。
中で池波正太郎は、
「私のような江戸期を舞台にした
時代小説を書いている者にとっては、
欠かせないものだ。」
と語っています。
上野、築地、日本橋、渋谷、青山‥‥。
渋谷は新開地で、発展途上の街。
駒場の辺りは田園風景。
そこには私の知らない東京があるのでした。
35『恋愛について、話しました。』岡本敏子/よしもとばなな
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1039-e1563106653325.jpg)
よしもとばななさんと、岡本敏子さんの対談集。
「とにかく、変な枝ぶりの植木は
それなりにおもしろいのよ。」
これは、男性を植木に例えた岡本さんの名言。
名言は本のそこかしこに飛び出しますが、
それをばななさんが、うまい具合に受け止めて、
そのふたりのやりとりが、すごくいいのです。
36『へたも絵のうち』熊谷守一
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「地面に頬杖をつきながら、
蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、
蟻は左の二つの足から歩き出すんです。」
30年もの間、
家からほとんど出ず、
庭の植物や虫を観察し、
奥さんと碁を打ち、
絵を描いた熊谷守一さん。
この本では、その前、
子どもの頃や美術学校時代のことにも
触れられているのですが、
全編にわたって聞き書きだったというから驚き。
魅力的な「話し手」と、
それを引き出す「聞き手」によって、
こんな本ができあがるんだ!
と感嘆せずにはいられません。
だってまるで、すぐそばで熊谷さんが
話しているかのような、
自然な文体なのだから。
(伊藤まさこ)