100冊の古書[6]
今回、上田のVALUE BOOKSといっしょに
伊藤まさこさんが選んだ古書、およそ100冊。
伊藤さんみずから解説します。
86『ふたりの山小屋だより』岸田衿子/岸田今日子
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_2294.jpg)
娘がまだ小さな頃、
よく車を運転して軽井沢に行きました。
人でにぎわう街中を抜け、
山をぐんぐん登っていくと、
そこにあらわれるのは、浅間山。
北軽井沢と呼ばれる、そのあたり
(群馬県になります)にたどりつくと、
なんだか鼻がスン、と通ったような気になったものでした。
きれい、とか、
自然がたくさんある、とか、
そういうことだけではなく、
土地がもたらす効果というか。
とにかく気分がよくなるのです。
その土地のことを知ったのは、
詩人で童話作家の岸田衿子さんと、
女優の岸田今日子さん、
おふたりの山小屋だよりがきっかけでした。
「私と妹はたいていチェックか無地の洋服で、
花模様なんてめったに着せてもらえない。
母は少しもこわい人ではないが、
『まわりが花だらけなんだもの‥‥』が口ぐせだった。」
山の夏は花や甘酸っぱい木の実や草の根でうずまって
いたんですって!
87『食卓一期一会』長田弘
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1251.jpg)
「人生を、急がずに、たっぷり味わいたい。」
言葉のダシのとりかた
絶望のスパゲッティ
パエリャ讃
食べもののなかには
テーブルの上にある、
詩人、長田弘さんの66の詩。
「人生とは──誰と食卓を共にするかということだ。」
88『貧乏だけど贅沢』沢木耕太郎
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1166.jpg)
噂によると、沢木さんはとてももてる人らしい。
阿川弘之さん、
井上陽水さん、
高倉健さん、
群ようこさん‥‥。
対談相手の顔がほころんでいるのが
文章から読み取れる。
そうか、もてるのは女の人だけにあらず。
男の人の心もつかんじゃう。
読んでる人の心もつかむ、
対談集です。
89『木』白洲正子
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1150.jpg)
いつだったか、
車を運転していると、どこからか
えもいえないかぐわしい匂いがただよってきたので、
思わず停めてあたりを見回したことがありました。
「ああ、これは朴の花だね」
一緒にいた人の指の先に目をやると、
そこには立派な一本の木がありました。
それから、5月になると、
その一本の木を思い出すのです。
檜、松、栃、楠、朴‥‥。
「木」そのものを愛し、
木から作られる木工を日常で使った白洲さんの、
「木」。
90『もしも僕らの言葉がウィスキーであったなら』村上春樹
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1133.jpg)
「ウィスキーの匂いのする、
小さな旅の本を作ることにした。」
読んでいると、
おだやかな照明の下、
氷が琥珀色の液体にゆっくりと
溶け出す様子が思い浮かんでくる。
一気に読むのはもったいないから、
ちびちびと、
すこぉしずつ、味わいたい。
「──そこにはアイルランドの夏の光があふれ、
食堂には熱いコーヒーと、温かなアイリッシュ・
ブレックファストが用意されていた。
そして僕は旅の新しい1日へと、足を踏み入れていった。」
じつはウィスキーだけでなく、
熱いコーヒーも、黒ビールも飲みたくなる本なんです。
91『私の食べ歩き』獅子文六
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1200.jpg)
頼りない味。
雅味。
珍しいだけの味。
濃尾の味。
甚だデリケートな味。
つならぬ味。
生き甲斐を感ぜしめる味。
「生来、私は胃が丈夫なうえに、
欲望崇拝家であるから──」
日本、中国、フランス‥‥。
美味を求めるエピキュリアン、
獅子文六さんのさまざまな味との出会い。
92『檀流クッキング』檀一雄
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_2290.jpg)
小さな頃、お母さんが
突然いなくなってしまったことから、
やむなく始まった料理人生。
けれども、
「アンカケ風に片栗粉で
トロミをつけることを覚えた時の
嬉しさといったらなかった。」
「ジャムをつくる事を覚えたのも、
愉快な思い出の一つである。」と
その当時を語る文からは、
つらさやさみしさは感じられない。
それどころか、
なにやらたのしそうではありませんか。
おふくろの味ではなく、
自分の味が自分の還る味。
サバ、イワシの煮付け、
小魚の姿寿司、
からしレンコン、
アンコウ鍋!?
「買い出しが大好き」という檀さん。
素材を見つけ出し、
料理に向かう。
その料理はまさに「俺流」なのです。
93『季節のかたみ』幸田文
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1026.jpg)
63歳から、75歳までに書かれた随筆が54編。
暮らしや毎日食べるもの、
気の持ちよう、
いろいろなものが削ぎ落とされ、
研ぎ澄まされていく。
「どんなに気の合う人でも、
自分ひとりより以上に、気の合うことはない、
というそうですが、
確かにそういう節もあります。
軽快です。強がりでなく、
ほんとにひとりはいい‥‥」
さて私は、この年齢にさしかかった時、
どんなことを思うのでしょうか?
94『贅沢貧乏』森茉莉
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1064-1-1400x1400.jpg)
ずいぶん前、
パリのアパルトマンの屋根裏に住む、
バレリーナの卵の食事風景を
(映画だったか、テレビのドキュメンタリーだったか、
そこのところははっきりしないのだけれど)
観たことがあります。
それはけして「ごちそう」とはいえない、
つましい料理でしたが、
気に入りの皿に盛り、
ナイフとフォークを器用に操り、
背筋を伸ばして食べるその姿が、
とても気高くて美しいのでした。
この本を読むと、
いつもその光景が思い浮かぶのです。
贅沢に見えても、
貧しい人はいるし、
貧乏だからって、みじめなわけじゃない。
どう生きるかは、
つまりその人の心も持ちようってこと。
95『酒肴酒』吉田健一
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_2292.jpg)
粋なタイトルだなぁって思う。
酒、肴、酒、だもん。
この三文字に興味を持って
手に取ってみれば、
そこにはぎっしり420ページ、
(しかもとても小さな文字で)
吉田健一の世界が詰まっています。
420ページ制覇したら、
中の「文学に出てくる食べもの」
の本を読んでみてはどうでしょう?
こんな風にして読書の道幅が広がるのが、
本のおもしろいところです。
96『人は成熟するにつれて若くなる』ヘルマン・ヘッセ/フォルカー・ミヒェルス(編)
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1106.jpg)
ここのところ、「老いる」ということに興味があります。
老いのその先には、「死」があって、
それを不安に思う人も多いと思うのだけれど、
私のまわりにいる、
人生の大先輩たち(おそらく私より死に近い)は、
不安を通り抜けて、
どこか達観したような表情をしているし、
どこかたのしげでもある。
「老いた人々にとってすばらしいものは
暖炉とブルゴーニュの赤ワインと
そして最後におだやかな死だ──。
しかし、もっとあとで、今日ではなく!」
そういったのは、ドイツ生まれの詩人、ヘルマン・ヘッセ。
この「老年」をテーマにした本は、
43歳のヘッセが記録した観察からはじまります。
年をとるってどんなことなんだろう。
ずっと先のことかもしれないけれど、
あっという間に訪れそうなこのテーマを、
この本を機会に考えてみよう、
そう思うのでした。
97『おいしいおはなし 台所のエッセイ集』高峰秀子編
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1216.jpg)
「料理という作業はそんなにむずかしいことではなく、
ちょっとした工夫、ちょっとした心使い、
つまり相手に対する愛情の有無が、
味のよしあしを決めるのだ。」
という高峰さんによって編まれた、
アンソロジー。
安野光雅、池部良、宇野千代、
それから夫の松山善三‥‥。
「食べものに情熱をかたむける人は、
仕事に対しても猛然と情熱を燃やす人だ、と信じている。」
という高峰さん。
おいしい話は尽きることがなさそう。
98『散歩の時、何か食べたくなって』池波正太郎
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1131.jpg)
散歩をするから、おいしいものに出会えるのか、
おいしいものに巡り会いたいから、
散歩をするのか?
どちらかと聞かれたら、
「どちらも」。
食べ歩きのエッセイは世の中にたくさんあれど、
やはり「散歩」と聞いて思い浮かぶのは、
池波正太郎さんの、この本。
中で「横浜あちらこちら」という
エッセイが出てくるのですが、
浜っ子としては、
地元を褒めてもらえたようで、鼻高々になる。
あなたの見知った街が、
載っているかもしれませんよ。
99『貧乏サヴァラン』森茉莉
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1144.jpg)
森茉莉さんのエッセイを読んでいると、
上等な「バタ」をたくさん使った、
焼き菓子を少しずつ味わっているような気分になる。
「だいたい贅沢というのは
高価なものを持っていることではなくて、
贅沢な精神を持っていることである。」
P34からはじまる「ほんものの贅沢」では、
偽物の贅沢に触れていて興味深い。
さて、ほんものの「贅沢」とは、
どんなものと書かれているでしょうか。
100『遊覧日記』武田百合子
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2019/07/MG_1194.jpg)
「夫が他界し、娘は成人し、独り者に戻った私は、
会社づとめをしないつれづれに、
ゴムそこの靴を履き、行きたい場所へ出かけて行く。」
青山、浅草、上野、世田谷‥‥。
気の向くままに歩いて、
気の向くまま文を書く。
「私、思うのだが
(素人の私が言うのは、はばかり多いことだが)
剥製は口の中がもっとも難しいのではないかしらん。
粘膜や歯ぐきや舌の色つやとか形が、
なかなか難しいのではないかしらん。」
これは、浅草の蚤の市で見つけた
ライオンの剥製を見た時の一文。
心のつぶやきがそのまま文となってあらわれていて、
おもしろい。
(伊藤まさこ)