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たとえばこんなスタイリング。[2]

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ぐるぐる巻きに。

かちりとした印象のコートも、
スカーフを巻くと全体が
やさしくやわらかい雰囲気に。
肩にかけるのではなく、
ここではあえて首にぐるぐる巻きに。
視線が上に集まるので、
全体のバランスがいいのです。
足元は黒のタイツと、
コートに合わせてかちりとした黒いひも靴を。
背筋伸ばして、さっそうと。
冬の街を元気よく歩きたくなるコーディネートです。

巻きスカートのように。

スカーフのボタンを留めると、
スカートのようにもなるんです。
黒いタートルに黒いレギンス、黒いスニーカー、
そこに合わせたのは黒のスカーフ。
全身黒のコーディネートですが、
スカーフのもこもこした質感が、
全体をやわらげてニュアンスあるものに仕上げてくれます。
首まわりはもちろん、腰まわりもこんな風にあたためると、
冬がいっそう快適になります。

(伊藤まさこ)

たとえばこんなスタイリング。[1]

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ちょっとずらして。

パチンパチンと上に2カ所ボタンを留め、
横に持ってくるとこんな風。
ふつうに羽織るのとはまた違う雰囲気に。
合わせるのは光沢のあるシャツとグリーンのパンツ。
ダウンだからといって、
スポーツ寄りにならないのが、
このスカーフのいいところなのです。

ヒールに合わせて。

パープルのシャツに黒いパンツ、黒いヒールの靴。
いつもなら、
グレーのカシミヤのストールを合わせるところを、
ダウンのスカーフにしてみました。
カシミヤとはひとあじもふたあじもちがって
かなり新鮮な印象に。
合わせたのはグレー。
肌の馴染みがよく、パープルとの相性もいいのです。

(伊藤まさこ)

再入荷のおしらせ

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完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
12月12日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。

ちいさな革のトートバッグ シルバー


▶︎商品詳細ページへ

販売するたびに、
あっという間に完売するバッグです。
このシルバーバッグが放つ光は、
不思議と冬の空気にぴったり。
いろいろなところへ連れていきたくなります。

「ファスナーがないので、
『中に入れるものが見えてしまうのでは?』
と思われる方もいるかもしれませんが、
そこは腕の見せどころ。
スカーフなどを目隠しにして、
コーディネートをたのしんでみてください」
(伊藤まさこさん)

GLASTONBURY大倉大介さんインタビュー

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──
PHDは、ピー・エイチ・ディー、と読めばいいんですか?
大倉
はい。「ピー・エイチ・デザイン」とも言いますね。
──
ダウンの品質をあらわすフィルパワーという表示を
はじめて使ったブランドだと知って、おどろきました。
大倉
これが計測する機械の画像です。
羽毛1オンスがどれくらいふくらむか、
立方インチであらわした数字を、
フィルパワーっていうんです。
大倉
しかも、PHDのダウンは、
800フィルパワーという、
とても高い数値なんですよ。
──
ええと、1オンスが約28.3グラム‥‥。
大倉
800立方インチは、
13リットル以上に相当しますから、
それだけふくらむっていうことですね。
──
かんたんに言えば「すごくいいダウン素材」
ということですよね。
大倉
そのとおりです(笑)。
──
PHは、
ピーター・ハッチンソンさんのことだと伺いましたが、
このかたは、有名なMOUNTAIN EQUIPMENTの
創業者のひとりなんですね。
大倉
彼は登山家でもあって、その経験から、
MOUNTAIN EQUIPMENTで
冬山登山用のダウンウェアをつくり、
それがエベレスト探検隊に採用されました。
さまざまな登山家が、彼のつくったウェアを愛用し、
いのちを預けてきたんです。
──
ほんとうのほんものだ。
MOUNTAIN EQUIPMENTをやめて
PHDを立ち上げたのには
どういう経緯があったんでしょうか。
大倉
MOUNTAIN EQUIPMENTは1970年の創業で、
英国のアウトドア用品の草分けであり、
90年代までの黄金期を支えたブランドです。
けれども外国投資が増え、ビジネスが大きくなり、
国外の安い工場での製造を行なうようになり、
コストを抑えたものづくりがはじまりました。
そういうなかで、ピーター・ハッチンソンは、
ビジネスマンであることよりも、
ひとりの登山家であることを選んだのだと言われています。
もともと、過剰な広告をこのまず、
口コミを信頼するタイプの人だったようですね。
最高のものだけを追求し、
自分が好まないものは決してつくらなかった。
しかも大きい会社にしたいということは望まず、
小さな会社でも、シンプルでクオリティーの良いものを
つくり続けたいと考えていたんです。
それで会社を売却し、
自身の納得のいくものをつくるために
98年にPHDを立ち上げるんですが、
工場では地元の人を雇い、
ヨーロッパの素材を使ったものづくりを始めたんです。
──
ロゴの下に英語で
BESPOKE MOUNTAIN CLOTHING
と書かれていますね。
大倉
はい。
エベレストやアンナプルナなどを登る
有名な登山家たちのために
ビスポークギアをつくってきました。
──
BESPOKE(ビスポーク)は注文靴のことだと
思っていましたが、
「be spoke」(話してある)が語源だそうなので、
注文服、のニュアンスでしょうか。
大倉
そうなんです。今も、基本は、そうなんですよ。
PHDのウェアは登山家や探検隊のために暖を提供する、
生命の危機から守るということが仕事なので、
使う目的と環境はもちろん、体型や体質も考えて
整備をする必要があるんですね。
でもぜんぶがビスポークというわけではなくて、
一般の方も購入できる既製品をつくっていますよ。
──
今回のスカーフやダウンジャケット類がそうなんですね。
でも、いまも大規模なことはしてない?
大倉
はい。マンチェスター近郊のちいさな工場で、
ピーター・ハッチンソンさん亡きあとも、
彼の息子さんを中心に、
15人ほどの熟練スタッフによって
ていねいに生産されています。
それゆえに日本ではあまり見かけないと思います。
──
あの、つまり「手づくり」ですか?
大倉
とくにそう謳ってはいませんが、
そういうことになりますね。
──
PHDは、いつからグラストンベリーでの
扱いがあるんでしょう。
大倉
10年近くになります。
──
販売は、スポーツ専門店で?
それともアパレル系のセレクトショップに?
大倉
基本的に洋服屋さんです。
ファッションの世界に
ほかの分野のカテゴリーのものを
上手に取り入れましょうという
スタイリングの提案をしてきましたから。
じつは、今回のスカーフ、
オリジナルのものから、ぼくらが提案をして、
アレンジをお願いしたものなんです。
もともとは、探検、冒険、登山で
寝泊まりする時間に使う、もっと大判の、
お布団的な感じ‥‥これの3倍ぐらいのものがあるんです。
──
シングルの掛け布団みたいな。
大倉
そうです。まさしくシングルサイズのダウンキルトです。
それを山に持っていき、敷いたり、掛けたりする。
それをスカーフとして使えるように
カットしてもらったのが、これです。
だいたい1/3ぐらいになっています。
もとのアイテムですと、
テントにつけるためのループがついていたり、
袋状のポケットみたいなもの──、
それは眠るときに足を入れるスペースなんですが、
そういうアウトドア的な部分があったので、
省いてもらいました。
──
「本気」のものを、ファッションとして。
大倉
そうなんです。
──
1970年代だったと思うのですが、
雑誌『POPEYE』で
「ヘビーデューティー」という言葉をつかって、
ダウンジャケットを街で着ようという提案がありました。
それは見たこともないカッコいいものとして映り、
ものすごく驚いたのを覚えています。
それまで「綿入れ」みたいなものしか知らなかったので。
大倉
まさしくその提案を、弊社でもしてきました!
ファッション性の高さだけでなく、
ルーツをたどればそういうところに行きつく、
っていうところも、すごく面白いかなと思っています。
──
じゃあ、PHDを知っているという人は、
かたやファッションに敏感な人、
かたやアウトドアの本気の人、みたいに、
分かれるかもしれませんね。
大倉
そうですね。
──
このスカーフも、やはりマンチェスターの
小さな工場でつくられているんですね。
大倉
アウトドアギアをつくるのと、
まったく同じ工場で、
同じ熟練の職人さんの手でつくられています。
Made in Englandです。
──
羽織ってみると、ほんとうに軽くてあたたかい。
やはり800フィルパワーゆえ、でしょうか。
大倉
そうですね。さらに言うと、
空気を含むダウンのパーセンテージが多い(90%)のも
あたたかさの理由です。
素材自体は、昨年まではマットな質感だったんですが、
今年から、日本製の素材を使っています。
日本製ですが、世界的なハイファッションのブランドも
使っている素材で、光沢があってしなやかで軽い。
ファッション性を高めるために、採用しました。
高密度の生地なので、ダウンが抜けづらく、
「本気すぎない」ニュアンスも
この生地で出ているんじゃないかなって思います。
──
くしゅくしゅとしたときのかわいらしさもありますね。
大倉
はい、やっぱりすごく表情もいいなと思ったので。
──
この「しわ感」は出るのがデフォルトですか。
大倉
日本に入ってくる際、うんと小さく畳まれているので、
最初はしわ感があると思います。
でも、出してポイって置いておけば、
空気を含んで膨らんでいきますよ。
それでもしわ感が気になるということでしたら、
当て布をしてスチームをかけてくださいね。
──
わかりました。
このスカーフ、男性にも使いやすそうですよね。
教えていただいた由来をきくと、
ますますそう感じました。
ありがとうございました!

PHDのダウンのキルトスカーフ

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ケープのように。

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軽くてあたたか。
ダウンを着ると、
冬の寒さを忘れるくらい快適。
‥‥なのですが、
ショーウィンドウに映った自分を見ると、
ちょっと大げさに感じる時があります。
私の持っているダウンコートは、
真冬の北欧旅行のために買った体全体をおおうもの、
というのもあるのですけれどね。

いつもの服にしっくりきて、
でも軽くて、
それからあったかくて。
そんなコートとダウンのいいところをとった、
冬のアウターがあったらなと思うものの、
なかなか「これ」というものには
出会えないでいました。

今週のweeksdaysは、
ダウンでできたスカーフをご紹介します。
名前は「スカーフ」ですが、
ケープのようでもあり、ストールのようでもあり。
首に巻いたり、肩にかけたり、
時には腰に巻いたりしても、
いつものおしゃれに馴染むのは、
シンプルなデザインだからこそ。

ずっと抱えていた「冬のあったか問題」は、
このダウンのスカーフのおかげで解決しそうです。

天板の上にアルミホイルを置いて。

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私が気仙沼で住んでいる家は
通気性の良すぎる
昭和の日本家屋の借家です。

リビングというよりは「和室の茶の間」があり、
その茶の間には、コタツが年中置きっ放しにしてあって、
さすがに夏は電源を抜いて「座卓」として使いますが、
春や秋でも寒い日があれば、コタツ布団をかけて、
パチッと電源をつけます。
でも、コタツの暖かさだけで満足できたのなら、
寒さはまだ序の口。
そのうち、コタツから出るのが億劫になってきたら、
「もうストーブを出してこなくちゃならないなぁ」と、
ようやく重い腰をあげます。
物置にしまっていた石油ストーブを出してきて、
シュポシュポするポンプで灯油を入れる‥‥。
それがだいたい私にとっての
「冬のはじまり」である気がします。

古い家は、エアコンだけでは寒く、
(夏がそこまで暑くないので、
私の住んでいる地域は、そもそも
エアコンのない家が多いのです!)
重い灯油を運んだり、
灯油をタンクに注いだり、と、
面倒なことはたくさんあるんですが、
やはり力強く周囲を暖めてくれる
石油ストーブは手放せません。
でも、石油ストーブを使う魅力は、
暖かさだけではないのです。

それは石油ストーブが
「調理器具にもなる」ということ。
ちなみに灯油を使うストーブには
「暖風が吹きだすファンヒータータイプ」もありますが、
今回は「上部が天板になって熱くなるタイプ」の
石油ストーブについて語りたいと思います。

最近はあまり見かけることが
なくなってきた気がするのですが、
幼少期も東北の古い家に住んでいた私は、
石油ストーブの天板の上に
アルミホイルを置いて、
その日のおやつを焼いて食べたものでした。

石油ストーブをご存知ない方のために解説すると、
天板が熱くなって「熱源」となり、
ヤカンを置けば湯が沸き、
芋を焼いたり、おでんを煮たり、
あんこを煮たりといった、
調理器具としても利用できるのが特長なのです。

「ストーブおやつ」は焼き芋や干し芋が多かったけれど、
パンや餅を焼いたり、
せんべいやクッキーを温めて食べたりするのも
おいしかったなぁと思い出します。
そのおいしさの半分は「楽しさ」でもあったのでしょう。
おままごとのキッチンを使っているような感覚があって、
茶の間で遊んでいる横で
「調理が行われていること」そのものが
楽しかったのだと思います。

ですが、時が経ち、
小さなこどもがいる現在の我が家では、
安全性を優先し、
昨年からはファンヒータータイプのストーブを
使うようになってしまいました‥‥。
確かにファンヒータータイプは、
温度も設定できるし、
タイマーも付いているし、
長時間運転をおしらせしてくれる機能もあるし、
それはそれで便利ですが、
なんだか味気ないのです。
「ストーブで調理すること」は
私にとって、冬の情景の一つでも
あったのかもしれません。

東北の長い長い冬の時期を
少しだけ楽しく彩ってくれるあの石油ストーブは、
今シーズンも、物置の片隅にあります。
こどもが大きくなったら、
またあの石油ストーブに登場してもらって、
一緒に茶の間で料理をしたいなぁと
思っているこの頃です。

カムイミンタラの白い山

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ついに、私の住む町に初雪が舞い降りた。
いよいよ冬シーズンの到来だ!
私のいう冬シーズンとは、「雪山シーズン」のことだ。
神様の粋な計らいにより、
今年の春から北海道にも
居を構えるようになった私にとって、
この季節の到来は待ちに待ったもの。
悦びのあまり庭を駆け回るほど、
実際にそうはしないけれど、
でもそのくらいの胸の高まりと興奮状態にあり、
私にとっては、得意ではない夏を頑張って過ごした後の
とびきりのご褒美なのだ。

九州の山あいの町で育ち、
遊び場が裏山といったワイルドな幼少時代を経て数十年、
登山には全く興味なく過ごしてきた私だったが、
あの日の、石川直樹さんの「K2」の写真展をきっかけに
ガラリと価値観が変わった。

数々の大きな雪山写真の、
怖いくらいの美しさに引き込まれ、
同時に、流れていた映像から聞こえる息遣い、
風の音に心が震えて、
しばらくその場を離れられなかった。
完全に心を奪われてしまった。
『こんな世界があるなんて!』
私の中に潜んでいた何かが刺激され、
いてもたってもいられず
「雪山が見たい! この音聞いてみたい!」
という想いに心が占領された。
ただただ見たかった。そこで呼吸してみたかった。

それから一週間後。
私は一人、初冬の北海道の山の麓にいた。
「雪のある山」への想いはおさまらなかったのだ。

今思えば、無謀の一言に尽きるし、
知らないって怖いことだなと思うけれど、
その時は雪山に行けることにとにかく興奮していた。
体力にはすこーしばかり自信はあったけど、
冬山登山に必要な、
知識も経験も装備も持ち合わせていなかった。
高尾山くらいしか登ったことない人が、いきなり冬山登山。
まぁ、できるわけないのです。

結局、私の初の「ワクワク雪山大冒険」はたったの一時間、
山の入り口から少し上の方まで登って(歩いて)終わった。
もちろん無念さが大半を占めたのだが、
どこか清々しくもあった。
少しだけでも雪山の美しさと風の怖さを感じられて、
簡単にはいけないということが明確になった、
貴重な、いい経験だったのだと思う。
(実は追い討ちをかけるように十年に一度という、
爆弾低気圧が来ていて、風がすごかった!)

あれから六年。
仕事の合間に細々と夏山に登り、雪山も経験した。
大好きな北海道で雪中キャンプもしたし、
厳冬期の登山もした。
山に夢中になり、
ロッククライミンングも始めてしまったし、
アイスクライミングも経験させてもらった。
そうするとわかってきたことがたくさんある。
その一つは「準備」の大切さ。
好奇心と情熱だけに任せていた、
六年前の私に教えてあげたい。
そして、「その装備では無理だよ。危険だよ」って
止めてくれた宿のお兄さんに心からお礼を言おう。

今、私は北海道の真ん中の豪雪エリアの町にいて
これを書いている。
窓から見える歩道も白くなり、昨晩は除雪車も出ていたし、
時折屋根に積もった雪が落ちてきて
慣れない音にびっくりする。
山はもうしっかりと雪をつけている。
ああ、これが冬の山! 
遠い将来、いつか住んでみたいと憧れていた北海道の山々が
こんなに近くにあるなんて! 
と眺めるだけでも嬉しい気持ちになる。

さあ、いよいよ待ちに待った冬が始まる! 

夏の間、じっと出番を待っていた
アイゼンやピッケルなどを触りながら、
今年もよろしくお願いしますね! と心の中で声をかけ、
抑えきれない喜びに顔の筋肉を緩ませて、
冬山装備への衣替えが終了。
私の二〇一九年の冬支度がひとつ終わった。
そして、長い長い、北海道の美しくも厳しい冬が始まった。

冬の「神々の遊ぶ庭」(カムイミンタラ/註)の白い雪と、
青い空の奇跡的に美しい世界に酔いしれながら、
その懐をおかりできることに、心から感謝と敬意を。

今年は何回行けるのだろうと、窓から見えるカムイミンタラの白い山とスケジュール帳を穴があくほどに見ている。

(註)
「神々の遊ぶ庭」
一般的には大雪山連峰から十勝連峰を含む
大雪山国立公園のこと。
古くから北海道に暮らすアイヌ民族によって
「カムイ(神の)・ミンタラ(庭)」と呼ばれ、
崇敬と畏敬の対象とされてきた。
アイヌ文化では神=ヒグマの化身とすることから
「ヒグマのよく出るところ」という解釈もされる。

デザイナー・惠谷太香子さんにきく 一年中穿ける、毛糸のぱんつ。

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惠谷太香子さんのプロフィール

えたに・たかこ
女子美術短期大学卒業後、
ブライダルファッションデザイナーの
桂由美さんに師事。
その後フランス・パリのオペラ座衣裳室に勤務、
帰国後、肌着・下着デザイナーとして独立しました。
キャリアを通して身に付けた
徹底した立体裁断の高い技術をいかし、
2003年には、大手ファストファッションメーカーの
下着部門が立ち上がるときの中心メンバーを務めました。
現在は、自身でオートクチュールを発表するかたわら、
日本の「オーガニック素材」の先端を走る
名古屋の豊島株式会社と組み、
今回の「cohan」、また、
「ほぼ日」の「白いシャツをめぐる旅。」で紹介した
シルクの肌着ブランド
「ma・to・wa」(マ・ト・ワ)などの
デザイン・開発にも携わっています。
日本の企業のみならず、香港やフランス、アメリカなど、
世界をまたにかけ活躍しています。

今回のウールパンツは、
はらまきと同じ糸である
スーパーエクストラファインウールを使っています。
これは糸が16.5μ(ミクロン)という、
カシミアに匹敵する細さの糸で、
通称「わたあめ」と呼ばれています。

オーストラリアのナチュラルで
やわらかな毛並みの羊から刈りとったウールを厳選し、
紡ぎ、糸をつくり、ホールガーメントという
吊り編みの機械を使い、日本で編んでいます。
この機械は、ハイブランドでも使われている
有名な編み機で、一針も縫わずに、
編み機だけで立体をつくることができるんです。

ウールパンツは、いわゆる「毛糸のぱんつ」ですから、
そのままだと、いちばん動きのある
股のところがすれて、ほころびやすいので、
「力布」(ちからぬの=生地がほつれないように、
裏からあてる補強のための布)を、綿100%で、
穿いて目立たない程度に入れています。
ちょっと見た目がごつく感じるかもしれませんけど、
穿くとほとんど気になりません。

サイズは、ワンサイズですが、
このインタビューのわたしの写真を見たら
安心していただけるかな、
「わたしでも穿けますよ」というサイズ感です。
JIS規格では、ウエストはМサイズで
横幅47センチ(ぐるり94センチ)、
Lサイズで53センチ(ぐるり106センチ)まで
伸びなきゃいけないんですけど、
これは60センチ(120センチ)以上伸びるんです。

伸縮性を出すために、ウエストには細いゴムを
一緒に編み込んでいるんですけれど、
脚のところにはゴムを入れていません。
これは鼠径部、リンパを圧迫しないための設計です。

そしてホールガーメントのいいところで、
縫い目がまったくないので、
ストレスになる所がまったくありません。

ウール、そしてはらまき付きということで、
「さぞや、秋冬にいいでしょうね」と思われるでしょう。
でも、これ、一年中快適なんですよ。
スーパーエクストラファインウールは、
呼吸をするウールなので、
夏も続けて穿いていただけます。
夏も冷えは大敵ですし。

ウエストのところが、
はらまきを合体したようなかたちになっています。
これは「丹田」(たんでん)を温めるためです。
丹田は、昔から東洋医学でよく言われる、
「へそ下三寸」のところですね、
気力の気、そのパワーを入れる場所で、
冷やしちゃいけないって言われているところ。
そこを中心にお腹周りをしっかり温める。
邪魔にならないようにフィット感を出して、
少しお腹を押さえるよう、
──グッと押さえはしないですけれど、
スッキリ見せられるように、リブ編みにしています。
足口部分も、ずり上がってこないように、
ちょっとだけリブ編みにしています。

つけるときは、ショーツを穿いて、
その上からこのウールパンツを穿いてもらえれば。
薄手のセーターを着るような感覚で、
大人のブルマ、
大人の重ね履きっていう感じですね。

立体でつくっていますから、
おしりの方がたっぷりしています。
昔の毛糸のぱんつは平面で、
前・後ろなく穿けましたけれど、
これは立体なので逆さまに穿くと気持ちが悪いかも。
見ていただければ前・後ろはわかりますが、
手に取って内側を見て、
左側にタグがついているのを確認して
脚を入れてくださいね。

おそらく「穿いてないみたい」という
感想をお持ちになるんじゃないでしょうか。
柔らかくて軽くて、本当に穿いてないみたいなんだけど、
しっかりあたたかくなりますよ。

cohanの毛糸のぱんつ

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出番です。

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「おばあちゃんがね、
女の子なんだから体を冷やしちゃだめって」

夏の暑いある日、白湯を飲む友人に、
どうして? 
冷たいもの飲みたくならない? とたずねると、
こんな答えが返ってきました。

でもね、
と話は続きます。

「そのおかげで大人になった今はとても健康。
おばあちゃんには感謝してるのよ」

そんなことを言っていました。
ふだんから自分の体温以下のものは、
口にしないんですって!

それから私も、時おりその友人の言葉を思い出しては、
冷たいものを摂りすぎないように、
と心がけるようになりました。

もともとあまり冷えない体質の私ですが、
これからの季節に欠かせないものがあります。

それはこの毛糸のぱんつ。
今日は寒そうだなぁとか、
足の先が冷たく感じるな、なんて時には
このぱんつの出番。
一枚穿くだけで、
じっくり、体の芯から温まってくるから不思議。
こんな小さなものなのに、
その効果は絶大なのです。

温かいものを口にすること。
それから毛糸のぱんつを履くこと。

今年の冬は、このふたつを守っていれば、
きっと風邪知らずですよ。

HarrissとHARRISS GRACE、 轟木節子さんのコーディネート解説。

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轟木節子さんのプロフィール

とどろき・せつこ
スタイリスト。
1972年、熊本生まれ。
ファッション誌、カルチャー誌、広告などで幅広く活躍。
シンプルな中にスパイスの効いた、
独自の空気感が漂うスタイリングが人気。
ナチュラル志向なライフスタイルも注目されている。
ほぼ日では「轟木節子がつくる、気持ちのいい服。」
のコンテンツも。
著作に日々のスタイリングのヒントがつまった
『毎日のナチュラルおしゃれ 着こなし手帖』
『毎日のナチュラルおしゃれ 着こなし手帖 2』
などがある。

HARRISS GRACEの
カシミヤリバーシブルノーカラーコート

私がもしもこのコートを着るとしたら?
まずはワンピースとヒールの靴かな‥‥
なんて思っていたら、
なんと轟木さん、
チェックのパンツと厚底のまっ白な靴をコーディネート。

「エレガントな要素があるコートですが、
ここは日常的に着られるイメージに」

マニッシュでかっこよく、
さっと羽織るように。

太いパンツは履くのには、
勇気がいるなぁ‥‥と思っていましたが、
「この機会にぜひトライしてみて。
ヒールの靴とも合いますし、思っているよりずっとバランスよく着こなせるはず」と。

中に着たのはベージュのフィッシャーマンズニット。

「コートがフラットなので、
リブのニットを合わせました」

ニュアンスの違うもの同士を合わせると、
着こなしに奥行きがでるんですって。


黒い面にするとこんなかんじ。

「黒と黄色の組み合わせは
ちょっとモードっぽいかんじになりますね」

ほんとだ、襟元からちらりとのぞく
黄色が効いていてすてきです。

リボンをしめずに首元にスヌードをくるり。
中に着るものが同じでも、
ちょっとした着こなしで
イメージががらりと変わるからおもしろい。

Harrissのミラノリブニット
ロングワンピース(アッシュコーヒー)

さらり、一枚で着るとこんな風。
足元はグリーンのブーツにネイビーのタイツを。

「少し明るめのタイツのネイビーが、
ニットワンピースと相性ぴったり」

耳元には、
別珍素材の丸いイヤリングを。

「茶色とビリジアングリーンがいいでしょう?」

この色合わせ、轟木さんの今の気分なんですって。

ワンピースの下に、
アイボリーのロングTシャツを。
足元はグリーンのタイツと
紫のブーツをコーディネート。
そうか、上に羽織ることばかり考えていたけれど、
薄手だったら下に着るのもありなんだ!

「このカットソー、黄味を帯びていて、
ブラウンのワンピースにもしっくり」

引いてみてると全身の色合わせがシックで
なんとも大人っぽい。

Harrissのミラノリブニット
ロングワンピース(ミディアムグレー)

白いシャツにチェックのタイツ、白い靴。
シャツカラーを合わせたのが新鮮。
このシャツ、
よーく見ると袖と前立てがライトグレー、
襟もアシンメトリー。
「シンプルなニットのワンピースが引き立つ、
ちょっと凝ったデザインのシャツを」
ボタンを上までしっかりしめるのがポイントなのだとか。

ワンピースと靴の色を合わせたコーディネート。
タイツはネイビーに。
シャツを脱ぐだけで雰囲気がガラリと変わって新鮮です。

Harrissのミラノリブニット
ロングワンピース(マラカイトブルー)

鮮やかなブルーに
同系色のネイビーのタイツと茶色のブーツを。
ニットワンピースもコートもブーツも。
今週のコンテンツに登場したアイテム同士を
たくさん使ってくれた轟木さん。

「どれもシンプルだからこそ
コーディネートのしがいがあります!」

今回、とってもたのしかったと言ってもらえて
うれしいかぎり。

タイツの色えらびや、ちらりと見える中の服の分量など、
シンプルながらに工夫がたくさん散りばめられた、
轟木さんのコーディネートでした。

余り革を使って、 オリジナルのブーツをつくりました。

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trippenのデザイナーであり
代表のミヒャエルさんは、
伊藤さんからオファーが来たときのことを、
こう語っています。

「これは、随分昔に、
イタリアのレザーフェアで見つけた素材なんです。
trippenが大好きな古風なイメージがあり、
ずっと強く興味を持っていて、
ウッドソールの靴に
今まで沢山使用してきました。
けれども最近は、この革を使っていなかったので、
今回、伊藤さんからお声掛けいただいたことを、
とても嬉しく思いました。
ただ、この革は、あたらしく手配をすることができません。
ですから、みなさんがほしいと思うだけの
じゅうぶんな数が用意できないかもしれませんが、
残っている革を使って、いろんな色をつくってみますよ、
って、提案をしたんです」

おお、余り革!
牛革を多用するtrippenでは、
このような「残反」ならぬ
「残革」が出るのは仕方がないことです。
それをなるべく無駄にしないよう、
ベルリンに「Lederresteladen」という
ショップを持っているほどで、
直訳すると「レザースクラップストア」の意味をもつ
この店では、靴づくりで余った革を販売しています。
サンプル、あるいは余分に発注してしまったものなど、
いろいろな革を並べ、
一般の方がちょっとした革小物づくりをする
サポートをしているんです。

また、trippenには
「Made 4 You」というカスタムオーダー部門があり、
日本では直営店での不定期イベントとして、
ドイツではインターネットで
パーソナルオーダーを受けており、
ここでも、そういった余り革は使われています。
革という貴重な素材を無駄にしないよう、
せいいっぱいの努力をしているのですね。

「そのなかから、毛をつけたまま鞣した牛革の、
いくらかのストックが見つかりました。
靴にできそうな量が確保できたのは、13色。
今回の依頼で、わたしたちの大好きなこの革の
活用法を見つけられて、とても嬉しいです」

そう語るのは、デザイナーで、
ミヒャエルさんのパートナーでもあるクラウディアさん。
こうしてはじまったとくべつな靴づくりは、
「何足、できるかわからないけれど」という
但し書きがついてのスタートでした。

この素材ゆえに、デザインを変更。

以前「weeksdays」でも販売をした「SWIFT」は、
アッパーが一枚革でつくられていましたが、
今回の仕様では、センターシームが入っています。
(ドイツ語では“Mittelscheotel”というそうです。)
革をひっぱって、3Dにしていくのは、
毛がついている革の場合、部分的に毛並みが荒くなるため、
まんなかで切り替えることで、
髪形のセンター分けのような流れができました。

trippenの靴づくりは、手仕事。
この素材ゆえの苦労は? というと、
「全生産工程で、毛だらけになること!」
と笑うミヒャエルさんとクラウディアさん。
逆に楽しかったのは
表の色と、インナーカラーを
マッチさせる工程だったそうです。
「足にとってもっとも良い履き心地を提供したく、
まず初めに、最高のベジタブルなめしの
ライニングを選びました」
履いてしまうとわからないのですけれど、
持ち主だけが知っている
ちいさなひみつのような色づかい。
ぜひ注目してくださいね。

13色のバリエーション

今回、「weeksdays」での
インターネットでの販売は
BLK(ブラック)のみですが、
2019年11月21日(木)から24日(日)までの
4日間、trippen代官山店で開催されるイベントでは、
プラス12色の「SWIFT」がならびます。
それぞれアッパーカラー/インナーカラー/ソールカラーを紹介しますと‥‥(アルファベットはtrippenの色名です)。
[1]青 BLUE/AZUR/NAVY
[2]オレンジ ORANGE/ORANGE/BRW
[3]ダークグリーン FOREST/FOREST/PETL
[4]ライラック LILAC/NOTTE/GRAY
[5]ミリタリーカーキ MILT/SMG/SMG
[6]ライトブラウン CUOI/CUOI/TAB
[7]ピンク ROSA/ROSA/PERL
[8]ホワイト WHT/WHT/WHT
[9]スプリンググリーン SPRING/LIME/GRY
[10]グレー GRY/STONE/GRY
[11]エスプレッソ ESP/ESP/MR
[12]ナチュラル NAT/CHAMPAGNE/TAB
[13]ブラック BLK/BLK/BLK
ちなみに、ミヒャエルさんはピンク、
クラウディアさんはブラックがお気に入りだそうです。

完成した靴の数は、ぜんぶで199足。
そのうち、BLK50足を「weeksdays」のウェブサイトで、
そのほかの149足を、trippen代官山店で販売します。

trippen代官山店 × weeksdays
13色のtrippenと
HARRISSのカシミヤ&ニットのお店

2019年11月21日(木)から24日(日)の4日間、
trippen代官山店にて
今回ご紹介したSWIFT-ORIGINAL、
全13色の販売会を行ないます。
なにぶんにも余り革を使いつくっていますので、
できる数には限りがあります。
サイズの変更や、再生産はできませんので、
あらかじめご了承くださいね。
自分の思っていた色と違う意外な色との
「出会い」もあるかもしれませんよ。

そしてすぐ隣にはHARRISSのお店がありますので、
同時に販売を開始するHARRISS GRACEの
カシミヤリバーシブルノーカラーコート、
HARRISSのミラノリブニット
ロングワンピースも並びます。

会期中は、「weeksdays」チームのものが常駐。
初日は、伊藤まさこさんも遊びにいらっしゃいますよ!

trippen代官山店
〒150-0022 東京都渋谷区恵比寿南3-7-7 アピス代官山
[TEL] 03-3716-2935
[OPEN] 11:00 ~ 20:00
[お支払] クレジットカードのみとさせていただきます。

金万 金子誠光さんインタビュー

未分類

──
このあたり(渋谷区神宮前3丁目)は、
原宿からも青山からもちょっと距離があって、
静かだけれど、
あたらしいファッションが生まれる場所だなぁと、
そんなふうにずっと思っていました。
trippenのお店もあるこの地区に、
金万のショールームもあるんですね。
金子
そうなんですよ。
元々大家さん、昔からの地元の方で、
よく存じ上げているものですから、
「空いたら声かけて」ってお願いをしていたんです。
──
今回、「weeksdays」で
Harrissを販売することになりました。
伊藤まさこさんが「いい!」と思ったということが
いちばんのポイントではあるのですが、
はじめて紹介をすることになるので、
どんなブランドなのかも
お伝えしようと思っています。
それでウェブサイトを見たのですが、
あまりくわしく来歴を説明なさっていないんですね。
Anything with value takes time and effort.
(価値あることは時間も手間もかかること。)
ということばと、ペルーやアフリカの女性たちの
写真が掲載されているのみで。
金子
エスニック的なイメージをちょっと出してみようかなと。
僕の知り合いの写真家が、
世界中をまわって撮影をしているのを使ったんですよ。
──
でも、Harrissにそこまで
エスニックな感じはしない‥‥。
金子
今は、そうですね。
──
昔は、そういう感じがあったんですか?
金子
そもそもHarrissはメンズがスタートなんですが、
1980年、パリのレ・アール地区にオープンした
ショップをルーツに持っています。
今はもうないんですけど、
この方がオーナーだったマダム・ハリスです。
こういうお店を出していたんですね。
──
セレクトショップですか?
金子
そう、セレクトですね。
──
そこと金万さんの接点っていうのは。
金子
もともと、ここのお店に
トラディショナル バイ トランザットっていう
メンズの卸用の商材がありましてね、
ウチがその日本の代理店になるさい、
マダム・ハリスのお店も一緒にやれば、
ここに置いてある商品と合致するから、
お店を一緒にやりませんかと提案されたんです。
──
日本でいっしょに展開しませんかと。
マダム・ハリスの審美眼に基づいたお店を
日本につくりましょうと。
金子
ここに85年かな、オープンしたころの
日本のお店の写真もあります。
こんな感じでした。
──
場所はどこだったんですか。
金子
神宮前3丁目の交差点からすぐ、
角から2軒目のビルの1階でした。
いまは建て替えられましたが、
古いマンションがあったんです。
だから、血統はフランスです。
フランスのHarrissのオリジナルのウェアも、
そこで扱っていました。
ほとんどがメンズでしたけれども。
──
フレンチトラディショナルな印象ですね。
金子
まさに、フレンチトラッド、
フレンチアイビーの走りです。
──
いまはレディース中心になっています。
どういう経緯だったんでしょう?
金子
少しずつ、こうやって、
雑誌‥‥これは当時の「an・an」だと思いますが、
メンズウェアを女の子が着よう、
というような流れもあって、
女性のお客様が増えてきたんです。
じゃあレディースもつくってみよう、
となっていった、というのが経緯です。
──
さっき仰ったエスニックっていうのは?
金子
お店にね、例えば、バリのバティック地のシャツだとか、
まだみんながあまり見たことがないような
エスニックなものを、いっしょに置いていたんです。
いちばん分かりやすいのが、バッグ。
スペインのエルカバーロっていう。
あるいは、チマヨのインディアンの
オルテガベストがあったり、
アメリカのヴィンテージのジーンズもありました。
──
フランスのものじゃなくて、
ヨーロッパだけでもなくて、
当時爆発的に流行していたアメリカのものだけでもなくて、
世界各地からのオシャレなものを置く店として、
Harrissが神宮前にあったんですね。
マダム・ハリスの息は
どのくらいまでかかっていたんですか?
どこから金子さんたちの主導になったのでしょう。
金子
私自身がもともとアメリカにいましたから、
そのコネクションの中から
服や靴を輸入したりしていくなかで、
少しずつ、パリのHarrissの色から、より日本独自の
展開になっていきました。
──
「神宮前のHarriss」になっていった。
金子
当時、港町シリーズと言って、
小倉や函館、神戸にお店を出したりしたんですよ。
いわゆる主要都市ではない場所に。
──
港町に出店する。なんだか粋ですね。
当時の神宮前は、いまとはまたちょっと違う、
独特なオシャレな雰囲気がありましたね。
知る人ぞ知る、という感じの。
金子
はい。だから、当時から地元の原宿幼稚園に頼まれて、
このへんでハロウィンの催しをしたりね。
いろんなことが早かったですよ。
──
そういうふうにしてHarrissが根付いてったんですね。
金子
そう、まさしく、根付いていきましたね。
──
今のHarrissの印象は、
シックな大人の女性のための服だと感じます。
金子
コレクションによっては、
カジュアルな展開もしています。
オリジナルの「Harriss」、
それから、もっとカジュアルな、
男性のデザイナーによる
「le ciel de HARRISS」があるんです。
Harrissの青い空ってイメージなんですけど。
それからあともう一つは、もうちょっとクオリティが
全体的にハイレベルな、Harrissのお姉さんバージョンで
「HARRISS GRACE」。
その3つですね。
──
すべてレディースですか?
金子
メンズもありますよ。
トータルでコレクションをつくってます。
それは直営店というよりも、卸を中心に全国展開してます。
それは80年代からの、
いわゆるちょっとコンサバなアイビーです。
去年からはハワイの工場とコラボレーションして、
ハワイアンスタイルのシャツもつくっています。
──
フランス生まれだけど、今はフランスに限らず、
いろんな場所でつくったり、
いろんな由来のものを集めて、
オリジナルウェアも展開している、
ということなんですね。
金子
もともとウチはインポートが強かったものですから、
インポートの商材が多いんです。
日本の企画で、世界中でいろんなものをつくって、
それをHarrissというブランドを通して
展開しています。
──
今回のカシミヤのコートは、
モンゴルの工場でつくられていますね。
金子
お付き合いが20年以上ある工場があるんです。
民主化したことで、
モンゴル人の方が国営工場を買いまして、
そのかたがとても優秀で、
国費で日本の電気通信大学に留学していたほどなんです。
そして日本でモンゴルのカシミヤの製品の営業をしていた。
そんなことで私もつながりがありまして、
カシミヤも、ニットだけではなく、
こういう布帛のものもあるから、
ぜひ日本でもアイディアがあったら
つくってくれということがスタートでした。
カシミヤの毛をつむいで、
織るところまではモンゴルでやり、
その布帛をきれいに仕上げする工程は、
いちど日本に運んで、
大阪にある工場に託します。
それでまた仕上がったものをモンゴルに送って、
縫製をする。手間がかかってるんですよ。
──
デザインは東京で。
金子
そうですね。Harrissのテーマが、
「価値あることは時間も手間もかかること。」
ですから、時間をかけてものづくりをしています。
各生産の背景をキチッともってて、
もともといいものがつくられてるところに、
日本のアイディアを入れて、かたちにして
日本に出していこうと。
──
金子さんは
「Harrissらしさ」って、何だと思われますか?
金子
そうだな‥‥、
Harrissを神宮前で立ち上げたのと同時期に、
同じくフランスにあった
「HEMISPHERES(エミスフェール)」
っていう店をやっていたんです。
これがパリの16区にある
パッシーっていう通りのところにあったお店なんですけど、
当時のセレクトショップの走りです。
ここはメンズとレディースを半々で展開していました。
いま、Harrissのデザインを担当している
今入(今入幸江さん)が
その当時、HEMISPHERESのレディースの
デザインをやってましたんで、
その影響はかなりあると思います。
そちらはとくにエスニックを感じるラインナップでした。
その匂いを、クオリティを含めて引き継いでいるのが
今のHarriss、とくにHARRISS GRACEだと思います。
──
HEMISPHERES、今は‥‥。
金子
お店がなくなっちゃったんです。
パリでも、
HEMISPHERESもHarrissもなくなってしまった。
HEMISPHERESは日本店も閉めたけれど、
Harrissはそのテイストを引き継いで
今もある、ということですね。
そのなかに、HARRISS GRACEは
素材的にもグレードをちょっと高めのものをもってきて、
Harrissはどちらかというとリーズナブルな展開です。
妹バージョンですからね。
──
金万としては、さらに新しい展開を
考えてらっしゃるんでしょうか。
金子
新しいブランドということですか。
こういう時代ですから、
新しいことを立ち上げるよりも、
中身を濃くしていくことに注力していますね。
オンリーワンのものづくりをしたい。
──
ありがとうございました。お話をきけてよかったです。
ところで今、マダム・ハリスはどうなさってるんですか?
金子
引退されて悠々自適にやられてるはずですよ。
──
おもしろいでしょうね。
自分が考えたことが日本にこうやって残ってるって。
金子
そう。
Harrissは、タグにずっと
PARISの文字を入れているんです。
パリで生まれたという、
血統書のようなつもりで。
──
あの、もうちょっとお聞きしてもいいでしょうか。
金子社長は、どういう来歴の方なんですか?
金子
来歴?(笑)
僕はもともと青山うまれで、
小学校は青小、青中。
そのあと鎌倉で育ちました。
大学は東京です。
卒業するとき、就職が決まっていたんですが、
兄がやっていたSTOCKMANっていう会社から
「アメリカに行かないか」と。
「どうすんの?!」と訊いたら、
「アメリカから商品を買い付けて、
ウチの会社に送ってくれないか」と言われました。
学生時代、僕はアメリカが好きで、
グレーハウンドバスに乗って、
『真夜中のカウボーイ』みたいに、
貧乏旅行をしていたんですよ。
──
それは‥‥ちょっと危険な時代ですね。
金子
そう、危険なこともいっぱいありました。
でね、決まっていた就職をお断りして、
アメリカに行くことにしたんです。
STOCKMAN USAっていう会社を向こうでつくりました。
──
いきなり!
金子
若いからできたんですけどね。
6年間、向こうで会社やってました。
──
洋服の買い付けですね。
金子
カウボーイブーツから、洋服から。
当時だとやっぱり一番多かったのが
リーバイスのジーンズ。
──
いい時代ですよね。
飛ぶように売れたでしょうね。
金子
一番売れたのが、渋谷にお店を出したとき、
第一次サーファーブームで、
女の子のサーファーガールのウェアがあるんですよ、
それがロサンゼルスの問屋街に売っていた。
それを輸入したのが、爆発的に売れました。
だから僕はずっと洋服屋一本で、きているんです。
──
金万を立ち上げたのは。
金子
76年から82年までアメリカにいまして、帰ってきて、
ウチの兄の会社で一緒にやろうかって言われたんですけど、
そのときウチの兄の会社は
ヨーロッパのものの輸入をしてまして、
今までの流れでアメリカものを
やっといたほうがいいっていうことで、
別の会社をつくったんです。
83年で2月に金万っていう会社を立ち上げ、
以来、こんにちまで、ですね。
そこで最初に扱ったブランドが
Harrissだった、ということになりますね。
──
なるほど‥‥。
金子さんという方がいたから、
いま、こうしていろんなブランドが
世界中から集められて、
手に取ることができていると、
よくわかりました。
なんか元気になりました、お話しして。
気持ちのいい場所ですし。
金子
ここ、いい気が流れてるでしょう?
またぜひ、遊びに来てください。
──
ありがとうございました!

冬の服。冬の靴。

未分類

好きなものを、まっすぐに。

未分類

ものがたくさんある中で、
自分にしっくりくるものとめぐりあうのは、
なかなかむずかしい。

それでも、
あ、これなんだかいいな。
欲しいなぁ。
さりげなく目に飛び込んでくるブランドは
いくつかあるもので、
それをたどりたどっていくと、
金万という会社に行きつくことが多いのです。
(trippen、CI-VAなど、
weeksdaysでもおなじみのブランドも
金万が輸入を手がけられています。)

それはなぜかと思っていたのですが、
おつきあいが少しずつ深まるうちに、
わかったことがあります。
それは、金万の皆さんが、
あつかうブランドを愛しているということ。
話していると、
「好きで好きで」という気持ちが、
ひしひしと伝わってくるのです。

私がいつもたのしみにしているのは、
皆さんの着こなし。
毎日(そして長年)身につけているからこその、
よさや気づきを見たりうかがうたびに、
勉強になるなぁと思うのです。

今週のweeksdaysは、
Harrissのカシミヤコートとニットワンピース、
そしてtrippenのブーツをご紹介します。

「価値あることは時間も手間もかかること」

そうおっしゃる金万代表の金子誠光さんのインタビュー、
スタイリスト・轟木節子さんのコーディネート解説、
そして代官山のtrippenにてPOPUPも開催と、
盛りだくさん。
どうぞおたのしみに。

冬の愉しみ

未分類

氷点下の寒さは
10月末の冬時間とともにいきなりやってきた。
今年は晴天が少なめの雨の多い秋だった。
スウェーデンでは、日中の平均最高気温が
0度を超えない日が5日つづくと冬が来たとみなされ、
大体11月から3月にかけてが「冬の期間」とされている。

先日、ストックホルム郊外の島で
1800年代の家に暮らす友人家族の家に
フィーカ(スウェーデンのお茶の時間)に
お呼ばれしてきた時のこと。
日没はすでに15時台。
ここから12月に向けて昼間の時間がさらに短くなる。
まだ冬の初めのこの時期は雪も降らないので、
日照時間も極端に短く街中が本当に暗い。
そのため11月の暗さは
「Novembermörkret(11月の暗闇)」と呼ばれ、
この時期になるとどんな風にこれを乗り越えるのか
雑誌で特集が組まれるほどだ。

寒く暗い冬を避けて太陽が燦々とふりそそぐ
南の国に行ってしまう人もいる。
「光のセラピー」と呼ばれる、
人工的な光で照らされた部屋で定期的に過ごし
体調を整える人もいる。
生活庁からは
「ビタミンDを多く含む魚や野生のキノコを
たくさん食べるように」というお達しが出る。

「私はなるべくキャンドルに火を灯したり、
友人を自宅に呼んだり
mysigに(心地よく)過ごせるようにしているわ」

と、この時期を楽しくすごせる秘密を友人が教えてくれた。
窓は3重のガラスで、
リビングルームには大きな暖炉もあり、
家の中はとてもあたたかくおだやかな空気が満ちている。
フィーカが終わって玄関の扉をあけると、
外はコートの縫い目からも染み込んでくるような、
染み入るような寒さにつつまれていた。
午後4時とは思えない暗闇のなか、
もやもやとした湯気が湖から上がってきて
白い霧が立ち込めている。
馬に乗った親子が森の中からあらわれ、
厩に帰っていくのが見える。
気温がもう少し下がれば雨が雪に変わり、
もうすぐ本格的な冬がやってくる。

この時期には、一つだけ手仕事好きが楽しみにしている
冬ならではのイベントがある。
「編み物カフェ」だ。
これは週の真ん中あたりの、
「友人との約束」や「家族で過ごす」金曜を
避けて計画され、
街にある居心地の良いカフェや図書館、美術館などで、
コーヒーを片手におしゃべりに花を咲かせながら
編み物をするという
編み物好きのための集まりだ。
たくさんの人が集まる場だと「アイスランドの伝統柄」や
「スウェーデン西海岸の漁師のセーター」など
編み物好きの心をくすぐるミニ講座なんかもついたりする。

「Tvåändsstickning(二重編み)に
挑戦したいと思っているの」

「夏に生まれた孫用に、
小さな小さなくつしたを編んでいるのよ」

「この柄とっても素敵でしょう?
今度編み図を持ってきてあげるわ」

スウェーデンは1800年代前半は9割以上の人が
農業に従事していたそう。
一瞬で過ぎ去ってしまう北欧の夏は、
農作物の収穫や、採れたベリーや野菜を保存食にしたり、
冬の間食べられるように家畜をしめて塩漬けにしたりと、
大忙し。
農業の閑散期になると、今度は冬の準備。
民族衣装の綻びを直したり、
木っ端で子どものおもちゃを作ったり、
自分や家族が使う冬の暖かい衣服や靴下、
ミトンなどを羊毛を紡いで編んだそう。
手先の器用な人はそれにより身を立てることも可能で、
冬の間の大切な収入にもなったのだとか。

秋に色づいた木々も葉っぱを落とし、外は灰色の世界。
そんな中、あたたかい家の暖炉の前で
ランプの明かりのもと途方もない時間をかけられた
美しい手しごとは
「暮らしの中で美しいものを使いたい」という
無意識の願いと喜びに満ちていると思う。
そして日々の仕事からはなれて、
黙々と手しごとに向き合える時間は、
自分の内の秘めた創造の花を、
ゆっくりとひらかせる大切な時間なのかもかもしれない。

「あたまを空っぽにして手を動かす時間は至福の時間。
瞑想をしているような感じね。
些細な悩みごとなんかも、どこかへ行ってしまうのよ」

編み物カフェにきていた、
編み物この道50年の素敵な女性が教えてくれた。
その手を動かす喜びは今も昔も変わらず、
心もととのえてくれるかもしれない。
そして長く厳しい冬を
愉しい素敵なものにしてくれる違いない。

ストーブの上はいつも。

未分類

お菓子を作る仕事をするようになって、
冬が好きになった。
空気が乾燥して焼菓子がいちばんおいしく焼ける季節。
クッキーはカリっと香ばしく、
パウンドはゆっくり熟成していく。
一年でいちばんたくさんお菓子を作る時期なので、
パウンドケーキ用のドライフルーツを
たっぷりお酒に漬け込んだり、
長野の果樹園から届いた真っ赤なりんごは
砂糖漬けにしてシロップに。
栗はえいっと覚悟を決めて一日中鬼皮を剥く。
お菓子の冬支度はなかなかハードスケジュールだ。

一方自分のための冬支度はかなりのんびりとしたもので、
寝具や衣類を少しずつ足していくだけでほぼ終了。
唯一他の季節と違うのは、
この時期だけストーブが登場すること。
我が家は山の中にある古い木造家屋なので、
冬はとても冷える。
なんとなくタイミングをはかりながら
じわじわ我慢していたのを、
そろそろじゃないと家族と話をして、
今年もストーブを物置から出した。
大小合わせて3台のガスストーブ。
あたたかいのはもちろんだけど、
炎の色が見えるとなんだか心まで落ち着いてくる。
常に家族はストーブのまわりに集まり、
犬もぺったりと前に張り付いているので、
うっかり毛が焦げないようときどきチェックする。
そしてストーブは調理道具としても活躍する。
朝は淹れたコーヒーを保温して、
そばでホイルにつつんだパンをあたためる。
おやつの時間にはさつまいもを焼き、銀杏を炒る。
こねたパン生地をちょっと離しておいて、発酵を促したり、
ストーブの上はいつも忙しい。
冬の暮らしに欠かせない存在となっている。

こうしてあっという間に終わってしまう我が家の冬支度。
ちなみに自分のお店では、オーブンがストーブがわり。
早朝お店に来て、寒いねーとまずはオーブンを余熱する。
材料の計量を終えた頃にはじんわりと部屋があたたまり、
きょうもたくさんのお菓子作りがスタートする。

阿寒湖の冬。

未分類

北海道・阿寒湖の冬は、長く、厳しい。
マイナス30度にもなる猛烈な寒さ、
トータル数メートルに及ぶ積雪の片付けを思い、
やや憂鬱な気分になる人も少なくないけど、
ぼくは、阿寒湖の冬が大好きだ。

赤や黄色に色づいた木々の葉が落葉する頃、
森のあちこちで、もこもこした白いものが、
風になびくように、ふわりと宙を舞う。
冬の使者、いわゆる、雪虫だ。

道東地方でよく目にするのは、
アブラムシの仲間で、トドノネオオワタムシ。
この虫が姿を現すとまもなく雪が降ると言われている。
(平均21日という統計があるらしい)

そして、時期を同じくして、
阿寒湖西部あたりがにぎやかになる。
南へ渡る途中のオオハクチョウたちが、
湖面でしばし羽を休めるのだ。
それにしても、まあ、鳴き交わすこと。

最低気温がいつの間にか氷点下になり、
そろそろ秋も終わりだなあ、と思っていると、
ある朝、外へ出た瞬間に、冬の匂いに気づく。
春とは対照的な、無機的で乾いた感じの香りだ。

とはいえ、
阿寒湖の冬は、思いっきり寒いけど、
どちらかと言えば晴天の日が多いので、
気分的にはけっこう爽やかだ。

年が明ける頃になると、
雪が根雪となり、阿寒湖が全面結氷し、
あたりは白と濃い緑色のツートーンになる。

12月の下旬に冬至を迎えているので、
寒さは徐々に厳しくなっていくが、
1日がどんどん長くなっていく。
北国の住人にとって、これは、すごく重要だ。
寒くなるわ、暗くなるわじゃ、やりきれない。

厚手で暖かい靴下や手袋や帽子、
お気に入りの防寒ジャケットを引っ張り出し、
北国の冬を思いっきり満喫しよう。
新しいアイテムを購入するのもいい。

食べものはおいしい季節だし、
部屋の中は暖房が効いてぽかぽかと暖かいし、
(北海道の人は寒さに弱いので暑すぎる傾向がある)
くまさんが冬眠しているので森は歩き放題だし、
(もちろんスノーシューやスキーをはいて)
楽しいこともたくさんある。

そして、そして、重大な冬支度、と言えば、
15歳の老域に差し掛かった、柴犬のはなさんだ。

その全身を覆う茶色い毛が、夏用から冬用に、
増強されるだけかと思ったら大間違い。
とにかく、毛が、抜ける、抜ける、抜ける‥‥。

ふと気がつけば、
目の前で眠っているはなさんを、
がしがし、と、くしけずる。
ダマになった、ややけもの臭い毛玉をつまむと、
ああ、今年も、冬が来るのだなあ、と実感する。

完全にして無欠の冬支度。
自然はすごいなあ。

気温が上がり、雪が溶けはじめ、
山野では草花が一気に花を咲かせる。
白と緑の世界が、いきなり、総天然色に。
北国の春は、爆発だ!

冬が厳しければ厳しいほど、
春が訪れたときの喜びもひとしおである。

そして、春が訪れると同時に、
正真正銘、地獄の柴犬換毛期もやってくる。

結局、柴犬って、一年中毛が抜けるのね。

trippen代官山店 × weeksdays イベントのお知らせ

未分類

11月21日(木)11時から
weeksdaysサイトにて発売となる、
trippenのブーツ、
Harrissのワンピース、HARRISS GRACEのコート。
そのタイミングにあわせて
2019年11月21日(木)から24日(日)の4日間、
trippen代官山店にて
「13色のtrippenと
Harrissのカシミヤ&ニットのお店」
をオープンします。

weeksdaysオリジナル仕様のブーツ
「SWIFT-ORIGINAL」は、
なんと13色のカラーバリエーションで登場。
インターネットでの販売は
BLK(ブラック)のみですが、
会場では、冬服の差し色にもなる
カラフルな色もご用意しています。
お好きな色とご自身のサイズがあえば、
ぜひその出会いを楽しんでくださいね。

驚くほど歩きやすく、
見た目もスマート。
私の冬の足元に欠かせないSWIFTを
ファーで作りました。
色はぜんぶで13色。
お気に入りを見つけに来てくださいね。
(伊藤まさこ)

trippen代官山店のすぐ隣には、
Harrissのお店があります。
同時に販売を開始する
Harrissのミラノリブニットロングワンピース、
HARRISS GRACEの
カシミヤリバーシブルノーカラーコートも並びます。
ニットワンピースのきれいな形をご覧いただいたり、
カシミヤコートの軽さやあたたかさも、
どうぞおためしください。

会期中は、「weeksdays」チームのものが常駐。
初日は、伊藤まさこさんも遊びにいらっしゃいますよ!
また、会期中に
trippen × weeksdaysのブーツをお買い上げの方には
ドイツのtrippenの工房でつくられているブレスレットを、
Harrissのワンピース、
HARRISS GRACEのカシミヤコートをお買い上げの方には
Harrissオリジナルのハンドタオルを、
各先着30名様にプレゼントいたします。

みなさまのご来場、心よりお待ちしています。

trippen代官山店

〒150-0022 東京都渋谷区恵比寿南3-7-7 アピス代官山
[TEL] 03-3716-2935
[OPEN] 11:00 ~ 20:00
[お支払] クレジットカードのみとさせていただきます。
以下のカードをご使用いただけます。

—————————————
VISA、MasterCard、JCB
AMERICAN EXPRESS
Diners、DISCOVER
—————————————

現金や電子マネーなどのお取り扱いはございません。
ご了承いただけますよう、お願いいたします。

サイズの変更も含め、交換や返品はお受けできません。
ご試着してからの購入をお願いいたします。

イベント終了後の修理のご相談はtrippen,Harrissへ、
その他のご相談はほぼ日へお寄せください。

ROROS TWEEDのブランケットと湯たんぽ

未分類

ことしの冬支度。

未分類

ああ今、冬になった。

鼻のてっぺんをツンと冷たい風がなでた時が、
秋から冬に変わった瞬間。
季節の変わり目は、
いつもこんな風にとつぜんやってきます。

さてと、
冬仕度をはじめよう。
ちょっとぽってりしたマグカップ、
毛糸のティーコゼ、
フカフカ羊のルームシューズ‥‥。

そうそう、
忘れてはならないのが、
ロロスのブランケットと湯たんぽです。

りんごのようなかわいらしい色合いの、
アップルレッドと、
冬の森を思わせるフォレストグリーンにくわえて、
今年あたらしくくわわったのは、
あたたかそうなミルクティー。

ブランケットは、
寒い毎日に大活躍間違いなしの、
小さなサイズも作りました。

冬仕度にぜひどうぞ。

暦帖レポート

未分類

我が家のダイニングの一角には、
その時々で読みたい、または眺めたい本を置いています。
すぐ横のテーブルでは食事をしたり、
仕事をしたり。

本の一番隅っこ、
手に取りやすいところに暦帖を置いて
いつでもすぐに予定を確認できるように。

背表紙や、ちょこんと出た栞もいいかんじでしょう?

暦帖は、
一年通して飽きがこず、
男性にも女性にも受け止めてもらえる、
おだやかなグレー。
はじめてサンプルの仕上がりを見た時は
本当にうれしかった。
水色からグレーにかけての
微妙な色合いが大好きなものですから!

ここは、仕事しかけのものを
一時的に置いているカウンター。
好きな色を集めたら、
仕事の途中でもいい風景ではありませんか。

パタンと開くと、こんなかんじ。
さて一番最初は何を書こう?
このちょっとした緊張感が好きなのです。
「一年のはじまり」背筋がのびるかんじがして。

パソコンと暦帖を開けば、仕事のはじまり。
とじたら、今日はもうおしまい、の合図。
こうして自分の中で1日の区切りをつけるのです。
暦帖のグレー、パソコンとの相性もいいでしょう?

書き損じても鉛筆ならば安心。
先が丸くなったら、
シャリッ、シャリッと音を立てて削る。
ちょっと忘れかけていた懐かしい記憶がよみがえります。

(伊藤まさこ)

「暦帖」ができるまで。

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▲こちらが美篶堂の工場。田園のなかに建っています。


▲上島明子さんと、上島真一さん。ふたりはいとこ同士です。明子さんのお父さんが、美篶堂の創設者であり会長の松男さんですが、この日はご不在でした。松男さんは「親方」と呼ばれているそうです。


▲「親方、言っていました。この暦帖を見て、『こういうものが、つくりたかったんだよ』って」と、明子さん。わぁ、うれしいです!


▲印刷したものが折った状態で積まれています。


▲1折ずつ順番に重ねて、丁合いをとります。「手丁合い」といいます。大きな工場ではこれもオートメーションですが、美篶堂は手作業です。


▲重ねた折の束を、計量します。1折は15g。間違えていると目方が変わるので、そのチェックです。


▲重ねて順番を確認します。通常の製本だと「背丁」といい、折った部分に印刷されるのですが、手施工の場合はそこに入れられないので、「地」の部分に入っています。


▲折りの束をかためるのに使う糊。製本用のボンドをそのまま使うので、「生(き)ボンド」と呼んでいます。見た目は木工ボンドのようですが、性質がまったく異なり、粘度が高く、柔軟性があるので、なんども開け閉めしても、割れにくいんですって。


▲たっぷり塗ります。でもこれはまだ「仮がため」。


▲表紙と裏表紙の裏側にあたる「見返し」をつけます。このまま半日置いて、絵本製本特有の、「小口の糊入れ」をします。その次が「本がため」です。


▲半日ほどおいたもの。ここから「小口の糊入れ」です。印刷がされていない面どうしをくっつけるために、小口の端にすっと、細く、糊入れします。これもかなり高度な技術! ちなみに一般的な絵本では、全面に糊をつけて機械で圧力をかけて完全に貼り付けますが、暦帖は、小口だけ。そうすることで、軟らかいまま仕立てることができるんです。


▲次に「三方紗化粧裁ち」といい、天・地・小口の三方をきれいにカットします。これは機械を使います。機械の名前は「断裁機」と言うそうです。


▲この「三方紗化粧裁ち」で2ミリカットしますから、糊は、それよりもやや広めに塗っているわけです。


▲ここから「本がため」です。壊れないように、さらに寒冷紗を貼ったり、しおりや花布(はなぎれ)をつけたりする作業が始まります。


▲天にあたる部分にしおりをつけます。


▲背に寒冷紗を貼ります。束を丈夫にする作業です。
しっかり張り付くように、タワシでさっとこすって密着させます。


▲天地に花布をつけます。


▲強度を増すために薄い「背紙」を貼ります。手製本の作業って、紙が手のあぶらを持っていくので、冬は指先がカサカサになってしまうんですって。


▲表紙をつけます。開いたときに隙間が出て、背が浮くように、左右の溝に糊付けします。ここでは生ボンドではなく、水を混ぜた和糊(わのり)を使います。


▲機械で圧力をかけて圧着させます。


▲1ページ目と表紙をつけるため、こんどは見返し全体に糊入れ。うすーく、うすーく、のばしていきます。


▲最後に全体をプレス。このあと、1日ほど乾かせば、暦帖のできあがりです。

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