怪録テレコマン! hiromixの次に、 永田ソフトの時代が来るか来ないか?! |
第16回 虫とり少年がいた
ある日、買い物帰りに自宅の前で 虫取り少年を見つけた。 こんなところで虫がとれるのかしらと僕は思った。 そこはマンションの植え込みといってよく、 わずかな土とわずかな緑しかないように思えた。 虫とり少年はどうやら上の階に住んでる 加藤さんちのお兄ちゃんだった。 ともだちらしき男の子といっしょに、 草むらにうずくまって何かしている。 その横にいるのはおそらく妹のチャコちゃんだろう。 僕はいったん家に戻り、 テレコを持って階段を下りた。 彼らはまだ草むらにいた。 チャコちゃんの姿はなかった。 僕は、魔法のスイッチを 虫とり少年に気づかれないように押しながら こんにちは、と声をかけた。 こんなところでいったいどんな虫がとれるのさ?
多くの男の子がそうであるように、 彼らの返事はそっけない。 以前、加藤さんちにおじゃましたときは、 お兄ちゃんはもっとニコニコと話していたのだけれど、 ともだちの前ではきっと 男の子のプライドがそれを許さないのだろう。 さあて、具体的に行かなくちゃ。
「ここのところで」って 独特の言い回しだなあと僕は愉快になる。 男の子はいつごろからそういう 言い回しをしなくなるのだろう。 で、気まぐれな彼らはなんだか植物をいじっている。
彼らは作った首飾りを自分の頭にかけながら、 決して文字にはできないような声でうれしそうに笑う。 そして、わけのわからない歌を歌う。 へんな歌だなあ。
彼らはときどき僕につき合ってくれる。 もちろんそれは当然の振る舞いだ。 彼らの場所に突然おじゃましている僕は 基本的に非礼なのだから。 もう何年も虫とりはしてないけれど、 そのくらいの男の子精神は僕だって覚えてるぜ。
「空のかなたへ行った」? う〜ん、わかんないことがいっぱいあるなあ。 昔は僕もわかったのだろうか。 さあて、非礼な僕はそろそろ退場することにしよう。
とても楽しかったけど、わかんないことが なんだかいっぱいあったような気がした。 わかんなかったといえば、 昔は昆虫博士の異名をとったこの僕が、 しじみチョウといわれて 咄嗟にその姿が思い浮かばなくてちょっとくやしかった。 たしか小さな橙色のチョウだったと思うんだけど。 そんなことを思いながら マンションの階段のところまで歩いてくると、 後ろから小さな足音がした。 振り向くと加藤さんちのお兄ちゃんが、 ひとり虫かごを手に走ってくる。 とった蝶を僕に見せてくれるのだ。 僕はとってもうれしくなった。 たぶん、ともだちの前でそっけなく振る舞ったぶん、 バランスをとってくれたのだろう。 都合のいい解釈かもしれないけれど、 間違っていない気がする。 だって、すべての男の子には、 プライドと優しさが同居しているものだから。 彼は僕に蝶の種類を教えてくれた。 ちょっとその説明は早口でうわずっていたので、 結局どれがしじみチョウかはわからなかった。 そのときの彼の顔は、 ともだちの前で見せた顔とは ちょっと違っていたように思う。 説明を聞きながら、 僕はこっそりもう一度、魔法のスイッチを押した。
僕は大声で笑った。 笑う僕を見て、今度は彼が不思議そうな顔をした。 まるで「大人はよくわからんなあ」とでもいうように。 2000/06/04 下落合 |
2000-06-18-SUN
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