怪録テレコマン! hiromixの次に、 永田ソフトの時代が来るか来ないか?! |
第26回 雪と落語家 春に生まれたからというわけではないが 僕は春が大好きで、 冬というのは来るべき春を喜ぶために 堪え忍ぶ季節なのだと思ってさえいる。 そんな冬のなかにあって、 僕が無条件に肯定するのは鍋である。 冬は服がかさばったり、毛糸がチクチクしたり、 オーディオの調子が悪くなったり、 多くのスポーツがオフシーズンだったり、 猫背になったりでろくなことがないけれど、 鍋ができるのはとってもいいことだ。 つけ加えると夜空が綺麗だったり、 行事が多かったり、明け方に寝ても罪悪感がなかったり、 ウインタースポーツを観たりできるのもいいことだ。 ともあれ、土曜日に友人が来て鍋を囲むことになっている。 昼前に目が覚めると雪である。 雪が積もった朝に目が覚めると独特の感覚がある。 空気が凛として冷たくて、 カーテン越しにいつもと違う照り返しを感じる。 布団の中から手を伸ばし、 枕元のカーテンを少し開けてみると 窓は結露して真っ白である。 このあたりでやや興奮して窓を手で拭き丸く視界を開く。 斜向かいの屋根にこんもりと雪が積もっていて、 目の前を大きめの白い結晶が舞う。 どこかで子供たちが騒いでいる声がする。 今年最初の鍋の日に雪が積もるだなんて、 いいんだかわるいんだか。 白菜と葱と豆腐と鶏肉とうどんと その他なんやかやを買いに出る僕は 必要以上に重装備である。 そこまでしなくてもいいようなほど いろんなものを体に重ねて、 外に出る僕はやはり浮き浮きしている。 マンションの階段にはすでにいろんな人が 雪や滴をばらまいていて、 僕は少しせかされるように下りていく。 出遅れてしまった。 向かいの駐車場では雪合戦が始まっている。 そこで子供たちが遊んでいるのはいつものことだが、 ちょっと違うのは大人たちがそこに混じって 白い息を弾ませていることだろう。 坂は滑りやすいから真新しい雪を選んで歩く。 大きなマンションに沿って植えられている さざんかに雪帽子。 おっかなびっくりのトラックが のろのろと坂道を上っていく。 踏切を遮る電車の気配がないのは、 運休しているのかたまたまなのか。 橋から流れる川を覗くといつもと変わらず流れていて、 なんだか不思議な気分になる。 スーパーの自動ドアをくぐり、 手袋と耳当てを取ってポケットに入れる。 今年の冬は野菜が高いと誰かが言っていた。 走り書きを頼りに買い物を済ませ、 意味もなく厳重に袋に詰める。 両手が塞がるのは怖いから、 無理矢理ひとふくろに収まるようにする。 スーパーを出ると雪はまだ止みそうにない。 待っていた新曲が出たのを思い出して 帰り道でCDを一枚買う。 最後の一枚だったので得した気分になった。 子供たちはまだ雪合戦を続けていた。 足場を選びながら角を曲がると、 マンションの前で雪かきする人がいた。 4階に住んでいる京楽さんだ。 京楽さんというのは本名でもないし愛称でもない。 三遊亭京楽さんという落語家さんなのである。 僕が背中越しに挨拶すると、 京楽さんはいつものように快活に笑った。 すべての落語家さんがそうであるということでは ないのだろうけれど、 京楽さんはいつも笑い方のお手本のように見事に笑う。 それははっきりと「あっはっはっは」という笑い方である。 僕は手袋をした手でごそごそとテレコのスイッチを押す。 僕としては当然のことだけれど、 家を出るときにテレコをポケットに放り込んでおいた。 久しぶりの雪の日に、それは当たり前のことだ。
字幕落語だなんて、 ちょっと興味をそそられる話題だったけれど、 何しろ僕らは雪の中だった。 京楽さんはスコップを抱えているし、 僕は白菜や豆腐を持っている。 僕らは雪の中で白い息を吐きながら 「それじゃあ」と挨拶した。 さて、鍋の準備だ。 2001/01/27 下落合 |
2001-02-03-FRI
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