長田 |
ほい、どうぞ。 |
永田 |
(ささやき声で)すいませーん。夜分遅くに。 |
ひとみ |
いえいえいえ。 |
永田 |
(ささやき声で)こんな非常識な時間に。
あの、ちゃちゃっと済ませて、
ちゃちゃっと帰りますんで。 |
ひとみ |
いえいえいえいえ(笑)。 |
深夜にも関わらず笑顔で迎えてくれるひとみさん。
ところでもしあなたがひとみさんだったら、
4歳の愛娘がスヤスヤと眠る深夜の12時に
夫の同僚がテレコを回しながら押し掛けてきて
「強盗について聞かせてくれ」などと言ったら
どう感じるだろうか?
非常識なり、テレコマン。 |
ひとみ |
ええと、何か飲み物を。 |
永田 |
いやいや、おかまいなく。ほんとに。 |
意外と律儀なり、テレコマン。 |
長田 |
コーヒーくらいは出さないと。 |
永田 |
あ、そう? |
ひとみ |
暖かいの? 冷たいの? |
永田 |
あ、じゃあ、暖かいので。 |
けっきょく飲むのか、テレコマン。 |
ひとみ |
でもお役に立てるのかどうか。 |
永田 |
いえいえ。 |
ひとみ |
でもニュース見てみたんだけどね、
ぜんぜんやってないんだよね(笑) |
永田 |
そもそもなんなんです? 強盗なの? |
ひとみ |
強盗だったみたいです。 |
永田 |
強盗だった、みたい? |
ひとみ |
強盗だったって言ってましたから。 |
永田 |
ええっと? 郵便局で? |
ひとみ |
郵便局。 |
永田 |
に? |
ひとみ |
に。
刃物を持った男が入ったらしい。 |
永田 |
行ったときは? |
ひとみ |
行ったときはもういなかったの。 |
永田 |
強盗が出ていった直後に入ったってこと? |
ひとみ |
でも3分くらいは経ってたと思うんですけど。 |
永田 |
3分は直後ですよ。 |
ひとみ |
ああ、そうですか(笑)。 |
永田 |
ええと、入ったら、どうなってたんですか。 |
ひとみ |
まず、入って、通帳記入をして。 |
永田 |
通帳記入を(笑)。 |
ひとみ |
そう(笑)。通帳記入をしていたら、
いきなり、警察が入ってきて。
「ここから出ないでください!」って。 |
永田 |
おお。 |
ひとみ |
で、郵便局の人に、
「なんかあったんですか?」って聞いたら、
郵便局の人じゃなくオジサンが、
「いや、それがね!」って(笑)。 |
永田 |
(笑)。お客さんが? |
ひとみ |
お客さんが。農家の人らしいんですけど。 |
永田 |
あははははは。 |
ひとみ |
そのオジサンが、
「いや怖かったよ!
刃物を突きつけられてね!」って。 |
永田 |
へええええ。
それはなんスか、現金奪って逃げたんですか? |
ひとみ |
お金は渡したらしいですよ。 |
永田 |
ふーん。 |
ひとみ |
それで、オバチャンが、
オレンジの球を投げたんだけど当たらなくて。 |
永田 |
あ、あのペンキが入ってるやつだ。 |
ひとみ |
そうそうそう。
で、3つあったらしいんですけど、
オバチャン、
1個しか投げなかったらしくて(笑)。 |
永田 |
だいたいオバチャンが投げたんじゃ
当たんないだろう。 |
ひとみ |
こんなちっちゃいオバチャンで(笑)。
警備の意味あるのかなあって。 |
永田 |
え! 警備員なんですか? |
ひとみ |
警備員なんですよ。 |
永田 |
それはだめだろう(笑)。 |
ひとみ |
だからそういう場所を
狙ったんじゃないですかね。 |
永田 |
なるほどお。
居合わせた人はどれくらいいたんですか。 |
ひとみ |
いや、そのオジサンしかいなかったらしくて、
客は。 |
永田 |
へええ。 |
ひとみ |
警備のオバサンがいて、そのそばを通って、
オジサンをつかまえて、ナイフを突きつけながら。 |
永田 |
人質だ。 |
ひとみ |
人質。
そのまま「金出せ!」とか言ったらしくて。 |
永田 |
へええ。そのオジサンはどんな感じなんですか。
もう、怖がってる感じ? |
ひとみ |
いや、もう、誇らしげに!
「オレ、オレ!」って(笑)。 |
永田 |
ガハハハハハハ。 |
ひとみ |
「大変だったんだよお!」とかって。 |
永田 |
(笑)。で、けっきょく
いくらぐらい盗ったんですか。 |
ひとみ |
いくらぐらい、だったんだろう。
あ、聞いてくればよかったですね。 |
永田 |
いやいやいやそんな(笑)。 |
ひとみ |
なんか「もっと出せ!」
とは言ったらしいですよ。 |
永田 |
オジサン情報だ(笑)。
で、客がそのオジサンだけで、
後から入ってきたのが? |
ひとみ |
私と、カホ。 |
永田 |
だけ? |
ひとみ |
そう。 |
永田 |
割と、小規模(笑)。
やって来た警察は何やってたんですか? |
ひとみ |
警察は、なんか、
「ビデオカメラを止めて見てみよう」
とか言って、
脇のほうでいろいろやってたみたいなんですけど、
会話を聞いていると、ビデオを操作しながら、
「いまいちコレ
やりかたよくわかんないんだよなあ」
とかって言ってて。 |
永田 |
わはははははは。 |
ひとみ |
「だいじょうぶかあ?」って思って(笑)。
で、ひとりの人が、
「いちおう住所と電話番号を」って言ってきて。
でもぜんぜん何も知らないからね。
「これから用事があるんで出ていいですか?」
って言ったりしたんだけど、
「もうちょっと待ってください」ってことで。
で、15分くらいしたら
「もうけっこうですよ」って。 |
永田 |
「もうけっこうですよ」なんだ(笑)。 |
ひとみ |
「何かあったらまた連絡行きますから」って。 |
永田 |
軽いなあ(笑)。 |
というわけで、まあ、
終わってしまったからということもあるのだろうけど、
聞いてみると強盗というわりに
小さな事件であったようである。
メールのチェックなどしていた長田もテーブルに加わる。 |
長田 |
でもカホの生年月日まで聞かれたんでしょ? |
ひとみ |
そう。私のと、カホのと。 |
永田 |
なんで生年月日聞くんだろう(笑)? |
長田 |
カホのねえ? |
永田 |
意味わかんない(笑)。 |
長田 |
4歳だっつーの。 |
永田 |
あははははは。 |
長田 |
カホ、なんつってた? |
ひとみ |
「こわいね、こわいね!」って。
で、警察の人が「白いセダンの車で逃げた」って
何度も言ってたから、帰り自転車に乗ってたら、
白い車指さして、
「かあかん(かあさんのこと)、あれじゃない?
わるいひと、のってるんじゃない?」
って(笑)。 |
永田 |
かわいい(笑)。 |
長田 |
でもあんな狭いとこ、金あるのかな? |
永田 |
そんなに狭いとこなの? |
ひとみ |
ちっちゃい! すごいちっちゃい。 |
永田 |
局員が何人くらい? |
ひとみ |
3人。 |
長田 |
窓口3つ。 |
永田 |
3人! じゃあ局員が3人、客がオジサンひとり、
警備員がオバチャンひとり。 |
ひとみ |
(笑)。 |
永田 |
それはちょっと狙いたくなるかもね(笑)。 |
長田 |
うん(笑)。 |
ひとみ |
警備員のオバチャンこれくらいだもん。 |
永田 |
150センチくらい? |
長田 |
あ、ちょっと小太りのオバチャンじゃない? |
ひとみ |
そうそう。 |
長田 |
知ってる知ってる。 |
ひとみ |
いつも立ってるだけだもんね。
たまに掃除とかしてて。 |
永田 |
掃除すんなっつーの。 |
長田 |
暇なんだよな(笑)。 |
永田 |
なんのニュースにもなってなかったの? |
ひとみ |
ぜんぜん! |
長田 |
でもよくパチンコ店に強盗とかさ、
ニュースになってんじゃん? |
永田 |
やっぱそれは盗られた額によるんじゃないの? |
長田 |
やっぱ金額かな。 |
ひとみ |
いくらくらい盗られたのかな。
5万円とかなのかな! |
永田 |
さあ(笑)。 |
ひとみ |
でも5万円とかで罪になっちゃうのもねえ。 |
永田 |
いや、それは罪です。 |
ひとみ |
(笑)。 |
長田 |
でも、オレンジの球って、
オレ、初めて存在を知ったんだけど。 |
永田 |
コンビニとかにあるじゃん。 |
ひとみ |
蛍光色のやつよ。 |
長田 |
どこに? 見えるようなとこにあんの? |
永田 |
見えるとこあるよ。これ見よがしに。 |
ひとみ |
こんぐらいで。 |
永田 |
ガチャガチャのカプセルみたいなやつに入って。 |
長田 |
ホント? へえええ。 |
ひとみ |
オバチャンが警察の人に、
「当たんなかったんですっ! すいませんっ!」
って言ってたよ。 |
永田・長田 |
わはははははは。 |
永田 |
責任感感じてたんだ(笑)。 |
ひとみ |
みたい(笑)。なんか、近所から
中華料理屋のオバチャンとかが出てきて、
「当たんなかったの!?」って聞いてたり。 |
長田 |
すげー庶民的(笑)。 |
永田 |
当たんねーっつーの(笑)。
150センチのオバチャンが逃げる車に球投げても。 |
長田 |
すっげえ女投げなんだろうね。 |
永田 |
うん。 |
長田 |
もう、こうだね(笑)。 |
永田 |
絶対、こうだね(笑)。 |
長田 |
警察はどうだったの? どんな人? 刑事? |
ひとみ |
制服着た人がふたりくらいと、
私服着た(刑事のようなマネをしながら)
「刑事!」みたいな人が3人くらい。 |
長田 |
手袋とかしてた? |
永田 |
白い手袋だ。 |
長田 |
そうそう。鑑識みたいにポンポンポンポン。 |
ひとみ |
ぜんぜん。やってなかったよ。 |
永田 |
指紋ベタベタじゃん(笑)。 |
ひとみ |
そうそう。あんなんでいいのかなあ。
捕まんのかな? |
永田
長田 |
捕まんないだろお!
|
そんな感じでゆっくりとコーヒーを飲んでしまって、
気がつくとけっきょく30分くらい経ってしまっていた。
引き際だ。
テレコマンは非常識ではあるが、
いちおう最低限の礼儀はわきまえている男である。 |
永田 |
よし! ありがとうございました。 |
ひとみ |
えええ、こんなんでいいんですか。 |
永田 |
ばっちりです。おいとまします! |
ひとみ |
じゃあ明日行って、
いろいろ調べときましょうか? |
永田 |
いいですいいです(笑)。
ごちそうさまでした。
ありがとうございましたホント。 |
ひとみ |
いえいえ。 |
長田 |
駅まで送ってくよ。 |
そんなこんなで僕らはゆっくりと
廊下を進みながら挨拶する。
しかしその物音に、天使は目を覚ましてしまったようだ。 |
ひとみ |
(小声で)あ、起きた。 |
長田 |
(小声で)カホ、起きた? |
永田 |
(小声で)あああああ、ごめんね、カホちゃん。 |
ひとみ |
(小声で)いま来るからね、ちょっと待ってて。
じゃ、気をつけて。 |
永田 |
(小声で)はい。どうもすいませんでした。 |
ひとみ |
(小声で)いえいえいえ。 |
玄関を出たところで深々とお辞儀をするテレコマン。
終わりよければすべてよしなり、テレコマン。
しかし、お辞儀をした拍子に肩が何か突起物に触れた。
『ピンポーン!』 |
永田 |
ああああっ! 鳴らしちゃった! |
ひとみ |
あはははははは! |
……非常識なり、テレコマン。