NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第29回 すごい映画の宣伝担当に会う


僕が純粋に次作を待ち望んでいる人のひとりに、
宮崎駿さんがいる。
説明の必要をあまり感じないけれど、
宮崎駿さんは『風の谷のナウシカ』や
『となりのトトロ』や『もののけ姫』など、
数々の名作アニメを生み出した方である。

僕が最初に宮崎作品に触れたのは
小学校のときのことで、
僕はもう名前も覚えていない友だちと
いっしょに映画館に行って
『ルパン三世 カリオストロの城』を観た。
もちろんそれは偶然に過ぎなくて、
白状するとじつは当時なぜか同時上映されていた
『Mr.BOO! ギャンブル大将』のほうを
観に行ったのだ。
なんでまた小学生がふたりして
わざわざ『Mr.BOO! ギャンブル大将』を
映画館に観に行ったのか、
いまとなっては非常に不可解ではあるが、
それはまあこの際どうでもよろしい。
(たしか彼がカンフー映画の大ファンで、
 その流れだったように記憶しているんだけれど)

ともあれ、当時僕が
「『ルパン』のほうがおもしろかった!」
と興奮したその映画が
宮崎駿という人の作品だと知るのは
それから何年か後のことである。
「『コナン』もあの人だったんだ!」とか知るのは
いろんな知識を吸収するようになってからである。
「ところで滅びの言葉が“バルス”というのは
 短すぎて危険じゃないのか?」てなことを
誰かと話したのは会社に入ってからのことである。

そんなわけで僕は長い間、
宮崎駿さんの新作が公開されると聞くたびに
わくわくわくわくしてきたわけだけれど、
そろそろそのときが近づいてきたようだ。

『千と千尋の神隠し』である。

ある日、映画関係の仕事をしている知人が
僕にこんなことを教えてくれた。
「『千と千尋』の宣伝担当の人が
 絵コンテとラッシュを観たらしいんだけど、
 すごい! って騒いでたよ」

うわあ。

「しかもその人が言うには、
 すごいんだけど、映画の宣伝担当が
 自分の担当する映画をすごいって言っても
 あんまり本気にしてもらえないから困ってるって」

うわあ。
それはすごそうだ。
ホントにすごそうだ。
僕はその宣伝担当の人に会ってみたくなった。

どうしようかとしばらく悩んだのだけど、
けっきょく僕はその人の連絡先を聞いてアポを取り、
テレコを抱えて出かけることにした。

ところで僕がなぜ悩んだかというと、
僕が性分として
「楽しみに待っているものに関しては
 一切の前情報をシャットアウトする」
というやっかいな性質を持っているからなのである。
それで僕は、
宣伝担当である小柳さん(女性です)に会うなり
こんな無茶なことを言ったわけです。

永田 あのですね、僕、もちろん『千と千尋』を
すごく楽しみにしてるんですけど、
前情報を一切入れてなくて、
あの、宣伝担当の人にこんなこと言うのは
失礼だと思うんですけど、
コマーシャルとか一切観ないようにしてるんですよ。
小柳 あははははは。
永田 なので、あの、大変恐縮なんですけど、
今回は具体的な情報以外のことを
なるべくお聞きしたいなというか、
「前情報は要らない!」っていう人にも
読めるような読み物にしたいなって
思ってるんですよ。
小柳 なるほど(笑)。
映画の宣伝担当者に取材しながら
「情報は要りません」とは、
これまたどういう了見であろうか。

非常識なり、テレコマン。
失礼千万なり、テレコマン。

ともあれそういうわけですから、
ここから先には具体的な情報はほとんどありません。
僕みたいな人でも安心して読むことができますよ、
とか言ってみたりして。
永田 ええと、小柳さんが観られたのは
絵コンテとラッシュだとお聞きしたんですけど。
小柳 はい。
永田 ラッシュっていうと、
僕は漠然と“だいたい出来上がったフィルム”くらいに
思ってるんですけど、
小柳さんが観たのはどんな感じのものだったんですか?
小柳 ええと、あの、これはアニメの制作の仕組み上
しょうがないことなんですけど、
全部絵が仕上がってからアフレコ(台詞を入れる作業)に
入るっていうことがすごく少ないんですよ。
永田 うんうんうん。
小柳 こう台本持って実際にアフレコしてるときでも、
絵が三分の一くらいしか出来上がってない、
なんてことはざらなんですね。
で、声優さんは出来上がってないフィルムを観て、
吹き出しが画面にポコンって出てきて
その瞬間にしゃべるとか、
赤い線がピーッって出てきてそのときだけしゃべるとか、
そういう感じなんですよ。
永田 はあはあはあ。
小柳 だからまあ、出来上がってないけれど、
少しでもアフレコしやすくするために、
完成した絵と、完成していない、
線だけの絵とか背景だけの絵とかをつなげて、
仮のフィルムを作るわけなんです。
要するに、いまあるだけの絵を
順序よくつなげてあるフィルム。
それをラッシュって呼んだりするわけなんですよ。
永田 なるほど。それをご覧になったと。
小柳 ええ。なので、観たのは出来上がりから考えると
たぶん半分程度なものなんですよ。
永田 完成度としては、っていうことですよね。
小柳 そうそうそう。
できてないところもいっぱいあるし、
声も入ってるところと入ってないところがあって。
声優さんじゃない人が仮に声を入れてあるところとか。
だから、完全に出来上がったものを
観たわけではないんです。
永田 はい。
小柳 あとですね、これはラッシュを観る前なんですけど、
宣伝という立場上、
絵コンテをわりと早くに読むことができてまして。
とくに宮崎さんの絵コンテというのは
完成度がすごく高くて、なんていうか、
ふつうにマンガとして読めるくらいなんですよ。
永田 あ、そうですよね。いくつか読んだことあります。
小柳 だから話の流れみたいなものは
ラッシュを観る前につかんでいたんです。
そのほかにも予告編とか、
短いプロモーション映像なんかも観てまして。
つまり、ありとあらゆる予備知識を
仕入れていたわけなんです。ラッシュを観るまえに。
永田 そうなりますね。
なんたって筋を知っちゃってるわけですもんね。
小柳 それは、もう。
プロデューサーが熱く語るところとかも全部聞いてますし、
ホントになんでもかんでも情報が入ってたわけです。
だからありとあらゆる予備知識を頭に入れて、
それで、50パーセントくらい出来た
ラッシュを観たわけなんですよ。
絵もできてません、声も半分くらいしか入ってません、
っていう状態のものを観たわけなんです。
永田 ……で?
小柳 で!
永田 で!?
小柳 「すっげーーー!」
永田 ああ、そうなんだあ! やっべえ。
小柳 っていう感じで。
永田 はあ〜。いや、もうそれだけ聞けたらいいや。
ええと、帰ろうかな(笑)。
小柳 (笑)
なんだか、ここまで書いてて思ったのだけれど、
あれですね、ホントに宣伝みたいですね。
試写会のあとの客の声を集めたコマーシャルみたいですね。
こういうのを読むと、
「新手の宣伝方式か!?」とか勘ぐる人がいそうですけど、
ぜんぜんそんなことないんですよ。
念のため。
永田 それはその、すごいっすね(笑)。
小柳 うん。もう「すげっ!」っていう。
永田 すげえんだあ。
でもその……どう、すげえんですか?
小柳 う〜んとですねえ。
永田 ああ、でもその、
あんまり情報を出さないように説明してください。
小柳 (笑)
永田 すんません(笑)。
小柳 ええと、なんていうんでしょうねえ。
……魂、入っちゃってますねえ。
永田 ああ〜。いいっすねえ(うっとり)。
小柳 「こんなに入れちゃって大丈夫?」って
心配になるくらい(笑)。
永田 はあ〜。でも『もののけ姫』も、
割とそういう感じというか、魂でしたよね。
ああいう入り方とも違うんですか?
小柳 まああれも入ってるんですけど、
あれは、宮崎さんの
体力的な部分が入ってると思うんですよ。
永田 はああ、なるほど。魂というよりは情熱というか。
小柳 そうですね。
実際『もののけ姫』のときは宮崎さん、
終わったあとに
肉体的にボロボロになってましたし。
プロモーション活動の合間に
針治療に通ったりしてましたし(笑)。
だからそれに比べると、
今回はどうも魂の部分が入っちゃってるかな、と。
永田 なるほど。
小柳 ていうか、これじゃ説明になってないですよね(笑)。
う〜ん、困ったなあ。
「すごーい」とか言ってるだけですもんねえ(笑)。
永田 いやいや! 
十分伝わってますというか、いや、
伝わってはないのかもしれませんけど(笑)、
あの、なんていうか、満足です。
小柳 あははははは。
でも知ってる人に説明するのも
難しいくらいなんですよ。
たとえばアニメ雑誌の方とかは、
かなり情報を入れてらっしゃるんですけど、
その人にさえ、観たもののすごさを伝えるのが難しくて。
永田 へええ。
小柳 細かいところとか、
「ああなってこうなってこうなるのよ」っていうのを
説明してもたぶんしょうがないんですよね。
永田 うんうんうん。
小柳 だからもう……「いいから観とけ!」って
いうことになっちゃうんですよ。
永田 いや、もう、僕はそれでいいです。
小柳 でも本当はそれじゃいけないじゃないですか。
永田 ああ、はい(笑)。宣伝担当としては。
小柳 あんまり煽っちゃって、
すんごい期待させちゃって、
観て「なあんだ」ってなっちゃうのもいやだし。
かといって、
小出し小出しにしていくようなものでもないし。
永田 なるほどなるほど。
小柳 だからたとえば雑誌の方のために、
ひとことでこの映画を表したり
しなきゃいけないんですけど、
何言っても違うような気がしてきちゃうんですよね。
言えば言うほど……。
永田 離れていく。
小柳 でも言わなきゃいけない。
永田 つらいですね(笑)。
小柳 そう。雑誌の校正とかをチェックしてても、
「これ違うよな〜」っていう表現があるんですよ。
でもうまく直せないっていう。
永田 ああ、違うのはわかるんだけど、
どう直せばいいのかわからないんだ。
小柳 そうなんですよ!
永田 そうかそうか。あ、じゃあこうしましょう。
最後にですね、
「この映画はこういう映画だ!」
っていうんじゃなくて、
「この映画はこうじゃないぞ!」
っていうのを教えてください。
小柳 ああ〜、なるほど。
永田 そうすると僕もいろんなこと知らなくて済むし(笑)。
小柳 そうかそうか(笑)。
「こうじゃないぞ」っていうところですね。
永田 「こうじゃないぞ」っていうところを、
3つ教えてください。
小柳 えっ、3つ!?
永田 あ、いや、その、3つだと、
なんか、まとまりもいいし(笑)。
小柳 ああ、そうですね(笑)。
じゃあ、まず、う〜ん、
「この映画は和風ファンタジーではない!」。
永田 おお! 和風ファンタジーではない!
小柳 ええ。
ポスターで着物とか着ちゃってますけど、
そういうのとはちょっと違います。
永田 なんだかわからないけどわかりました。
じゃあ、ふたつ目!
小柳 ……なんだろう?
永田 あははははは。
急に言われても困りますよねえ。
小柳 すいません(笑)。
永田 あの、今日お話をうかがった中で、
僕の個人的な誤解だったなと思うところがあって。
ていうのは、僕はそれこそ、
タイトルとポスターくらいしか
見てなかったものですから、なんというか、
それほどの入魂作品だとは考えてなかったんですよ。
小柳 ああ〜。
永田 『もののけ姫』のあとに
「もう引退する」みたいな話もあったし、
最初に公開された絵も、あの、
車の後部座席に小学生の女の子が
寝そべってるやつだったし。
だからひょっとしたら『耳をすませば』みたいな、
ちょっと小さめの良質作品なのかなあとか……。
小柳 ああ、違います違います。
入魂の一作です。
原作、脚本、監督、宮崎駿です。
永田 じゃあそれがふたつ目。みっつ目は……。
小柳 みっつ目は……
あっ、『千尋』は「ちひろ」と読みます!
永田 それ重要だ(笑)。
小柳 「せんじゅ」とか「せんじん」とか言う人が
たまにいるんですけど、違います。
「ちひろ」です。
永田 ありがとうございました。
小柳 いいえ(笑)。


てなわけで無礼なテレコマンは、
わけもわからず満足して帰っていったのでした。
映画の具体的な情報が伝わらずとも、
小柳さんの苦悩がみなさんに伝われば
僕としては満足です。自分勝手ですいません。

そういえば、
宮崎さんの関わるジブリ作品のコピーは
ずっとイトイさんが書いてますけど、
想像するに、宣伝担当がこれだけ悩んでいる映画に
コピーをつけるとなると
大変だったんじゃないでしょうか。
いらん心配などしつつ、
僕は僕で勝手に満足しながら情報を絶ち、
公開を指折り数えることにしましょう。
おちこんだりもしたけれど、
私はげんきです。


2001/06/06 銀座

2001-06-15-FRI

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