NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第30回 世にも奇妙な理由で指の靱帯を切った男


たとえば大ざっぱに人間を
ツイてる人とツイてない人の2種類に分けるとすると、
アキという男は明らかに後者である。

わざわざここに公開するほど
どん底の不幸があるというわけではないけれど、
客観的に見てアキという男は度々ツイてない。
まあ、新品のバイクを買ったら3日で盗まれて、
返ってきた保険金で今度は車を買ったら
今度はそれが事故車で
まっすぐ走らなかったという程度のことだけれど、
アキという男は度々ツイてない。
まあ、一晩ずっと麻雀をやって
一晩中見事にひとりだけ負け続けて
明け方みんなで雀荘から雨降る町に出た瞬間
全員の目の前でキレイにひっくりコケて後頭部を打って
持っていた傘が吹き飛ばされて
半ベソをかきながら
ずぶ濡れで追いかけていったという程度のことだけれど、
アキという男は度々ツイてない。

そんなアキがある日、右手に包帯をしている。
とある後輩が僕を呼んだ。
「永田さん、アキさんが指の靱帯切ったんだって!」
「ジンタイ?」
「靱帯。それがさ、何やってて切ったと思う?
 ○○○○で切ったんだって!」

またしても不謹慎な話で恐縮だが、
率直に言って大爆笑である。
諸君、テレコを回そう。


永田 そんなおもしろい話ないぞ。
アキ いや、ないって言われても……。
でもね、タカと西山にも
「今年これを越えるおもしろい話はない」
って言われた。
永田 バカだなあ。
アキ 西山、お腹痛いって泣いてたもん。
永田 そもそもどこでよ?
アキ 高円寺に、4丁目カフェっていう、
おしゃれなカフェがあるんですよ。
でそこでタカと西山とメシ食ってたんだけど、
犬の話になって。
タカが自分ちで飼ってた犬の話をしてたんだけど、
ある日、犬つれて散歩してたら
ハムスターが捨ててあったんだって。
永田 ハムスター? 捨て猫みたいな感じで?
アキ そうそう。
で、タカの犬がそのハムスターを見つけて、
くわえちゃったんだって。
要するに噛んじゃったのね。
永田 はあ。
アキ で、犬がそのハムスターをくわえて放さなくて、
すんごい苦労したんだって話をしたの。
永田 はあ。
アキ で、俺も昔、犬飼ってて。
よく散歩とかしてると
モグラつかまえてたんですよ。
俺んちって田舎だからさ……。
永田 ちょっと待て。
その話、ちゃんとケガの話に行くのか。
アキ 行く。
で、よくそういうことがあったから、
犬の弱点を知ってたんですよ、俺は。
永田 犬の弱点(笑)。
アキ 犬は鼻が弱点なんですよ。
だから(犬が何かをくわえて放さないときは)
鼻にデコピンしてやるとすぐに放すんですよ。
永田 はあはあ。

ええと、ちなみにアキがここで言ってるデコピンとは、
中指を親指で押さえて力を溜め、
気合いとともに親指を解放して
相手の額に全力で中指をブツけるという、アレである。
ところでそもそもデコピンというのは
文字通りデコにブツけるからデコピンであって、
「犬の鼻にデコピンする」というのは
厳密に言うとおかしな話なのであるが、
それはまあこの際どうでもよろしい。
アキ だからタカに向かって、
「そういうときは犬の鼻にデコピンするんだよ」
って、説明してたわけなんですよ。
「俺も昔、犬が
 モグラくわえてたときはそうやってた。
 こうやって犬の鼻を思いっきり、
 バーン! ってやるんだ」
って。
で、その「バーン!」って言ったそのときに
実際に指でこうやってやってみせて、
「バーン!」のところで指が
「ビキッ」ってなって、
そこから俺はしゃべれなくなって
悶絶し始めちゃったの。
永田 え、なになになになに、ちょっと待って、
誰かにデコピンしたわけじゃないのか。
何かに向かってブツけたわけじゃないのか!
アキ ううん、デコピンの
モーションをやっただけなの、俺は!
永田 (爆笑)
アキ こうやって「こんなふうに」ってやったら、
「ビキッ」っていうか、
「ピシッ」っていう音が……。
永田 (まだ笑ってる)
アキ いや、「ピシッ」っていうか、
「パシッ」っていう、
すごく乾いた音がして。
永田 ……大リーグボール3号だ。
アキ そう、そんな音が鳴って。
で俺が突然悶絶し始めたから、
ふたりは「なになに?」ってなって、
「いや、指が……動かない!」って。
永田 バカだなあ。それは……痛かったの?
アキ マジ痛かった! 
ハンっパじゃない痛さだった!
永田 (笑)。そんで、指、動かないんだ。
アキ 動かない。下がったまま、上がらない。
痛くて動かないんじゃなくて、
いや、痛いんだけど、
痛さを我慢して無理矢理上げようとすると、
カコンってなって、今度は上がりっぱなし。
力抜くとガクッってなって、
今度はブラ〜ンって。
永田 デコピンで。しかも素振りで。
アキ 素振りで!
永田 しかし人の体でそういうことが
あり得るもんなのか。
アキ 今日話したら、
田原さんとか信じてくれなくてさあ。
永田 そんで?
アキ そんで、その場は大笑いしてたんだけど、
あんまり痛いし動かないから
救急病院行ったのね。
そしたら靱帯切れてた。手術だって。
永田 すげえ話だなあ(笑)。
アキ んふふふふふふ。
永田 なんで喜んでだよ、しかも。
アキ いや、西山もタカも大笑いしててさ。
しかも誰に話しても大喜びだから、
ちょっとうれしくなっちゃって。
永田 バカだなあ、おまえは。

なんとも凄まじい話である。
しかし、テープの中で僕自身述べているが、
そういうことが
人の体に起こり得るものなんだろうか。

『人間の靱帯はデコピンで裂断し得るものなのか?』

本稿は、それを追った渾身のドキュメント作品である。
例によって、それはやや大げさである。

ともあれドキュメント作品としては
とりあえず周到に取材を重ねるべきであろう。
幸運にも我々は(ていうか僕は)、
その場に偶然居合わせた青年、
“タカ”とコンタクトを取ることに成功した。
(同僚だったので)
諸君、再びテレコを回そう。
永田 音が鳴ったそうだが?
タカ 音が聞こえたわけよ。「パキッ」って。
永田 音、するんだ?
タカ したよ。「パキッ」って。
あのね、堅い音なんだけど、言われてみれば、
ちょっと柔らかさを持った「パキッ」。
永田 わかんねえよ(笑)。
タカ ちょっと軟骨系の。
永田 軟骨系(笑)。
タカ 言われてみると、
なんかちょっと
剥離したような音に聞こえたわ。
永田 ホントかよ。なんかにブツけたような?
タカ と、思ったのよ。最初は。
指、ブツけたのかなって。
でも空中なのよ! なのに「パキッ」って。
わりと賑やかなカフェだったんだけど、
ぜんぜん聞こえる音だったよ。
永田 そおかあ。音、するんだ。
タカ その前のマエフリって聞いた?
永田 犬の話をしてて……。
タカ そうそう。
犬が畦道でモグラつかまえたって話。
そのまえにウチの犬がハムスターを……。
永田 ハムスターの話はもういいよ(笑)。
タカ 「そういうときは犬の鼻の頭に
 デコピン喰らわすんだ」
ってアキが得意げに話し始めて。
なんか気づいたら「痛い痛い」言い始めて。
永田 あははははは。
タカ 最初はなんかちょっとリキんで、
筋ちがえたくらいのもんかと思ったのよ。
永田 ああ、なるほどね。
タカ そんでしばらく「痛い痛い」言っててさ。
突然「ちょっと見て!」って言って指出すのよ。
そしたらね……ここに筋があるじゃない?
永田 ええと、
中指の根元の関節の真上を走ってる筋ね。
タカ そう。それがね、指を下にスッとおろしたら、
筋が関節の脇にズルってズレるのよ。
それ見て「わぁー!」って。
ホント、筋が、
ブラジャーの肩ヒモみたいにズルってなんのよ。
そんで初めて
「ヤバいんじゃない?」ってことになって。
永田 へええ。
タカ いやあ……泣くほど笑ったね。
永田 笑うなよ(笑)。

いかがだろうか。
衝撃的じゃないだろうか。
全米震撼のサイコホラーサスペンスじゃないだろうか。
なんとも生々しい証言に、
まざまざと情景が浮かぶかのようであるが、
それにしても、
痛々しい社会派ドキュメントにしては、
全編に流れるこのバカバカしいムードはなんだろうか。

ともあれ取材を続けよう。

数々の証言は得られたものの、
(ふたつだが)
いまひとつ確信には至らない。

『人間の靱帯はデコピンで断裂し得るものなのか?』

我々は考えた。やはりそこに、
医学的見地からの確固たる裏付けを欠いてはならない。

我々は決断し、被害者であるアキの元を再び訪れた。
幸いにも我々は、すぐにアキと再会することができた。
(同僚なので)

我々は、とある計画をアキに明かした。
すなわち、「ねえ、病院について行っていい?」
という計画である。

ところが彼の反応は鈍かった。
率直に言って「勘弁してくださいよ」であった。
詳しく言うと「そんな雰囲気じゃないんですよ」だった。
しかしそこは先輩の特権。
大丈夫だよ、なんとかなるよ、
家族の付き添いだって言うよ、
そうだおまえの兄貴だってことにしよう、
などと適当にまくしたて、
「全然似てないじゃないですか!」
と正論を述べる彼を
煙に巻いてまるめこんで病院の地図を書かせた。

というわけで翌々日。
朝9時に僕はアキと某病院の待合室にいた。

開院と同時に診察を受けようとの思惑だったが、
やはり病院というのは朝から混雑しているもので、
我々はソファでけっこうな時間を潰すこととなった。

当日の彼の声を拾ってみよう。
やはりいくぶん元気がないが、
それは指の具合が思わしくないからなのか、
無関係な職場の先輩が
非常識な理由で押し掛けているからなのか。
アキ 箸が持てないんですよ。
永田 あ〜。
アキ 箸が持てないイコール、
食い物が限定されてくるんですよ。
永田 はあはあはあ。
アキ 麺類とか食えないし。
永田 右手の中指だもんなあ、そうだよなあ。
アキ けっきょくフォークかスプーンで。
永田 風呂とかは?
アキ 風呂はね、長いブラシを買ってきて、
それを左手で持ってゴシゴシ。
ただね、それだと、左手が洗えないんですよ。
永田 なるほどね(笑)。
アキ あと、世の中が右手用にできてるって
痛感しましたよ。
永田 どういうこと?
アキ 自動改札とか、すっげえやりづらい。
永田 あ〜、なるほどね。

現代日本の構造矛盾を鋭くえぐるような発言に、
本稿もようやく社会派ドキュメントらしくなってきた。
失って初めて知る安易な特権と世の中の歪み。
強者の論理と弱者の悲哀。
光と影の……それにしても、ずいぶん待たせるなあ。
なんだかんだでもう1時間以上になるぞ。

それでも待合室にいる我々にお呼びはかからず、
そのまま1時間半が経過した。
明らかに待ち疲れた我々は、
暇つぶしにテレコを回す。
永田 なあ、ホントに受け付けしたの?
アキ しましたよ。
永田 ずいぶん待つなあ。
アキ 待ちますねえ。
永田 ひどい目に遭うなあ。なんで俺がこんな目に。
アキ 勝手に来たんじゃないですか!
永田 つーか、2時間近く経ってるぜ。
アキ 永田さんが「来たい」って
言ったんじゃないですか!
永田 来たいか来たくないか、つったら、
来たくないよ。
アキ えーーー。

しかしようやく待つ人が徐々に減り始め、
いよいよ我々の診察が近づくようだった。
我々は慎重に計画を確認し合う。
僕がアキの荷物を持ち、
彼の後について心配そうに診察室に付き添っていくのだ。

大丈夫なんですか、とビクビクしているアキに向かって、
だいじょぶだいじょぶ、
と僕は根拠のない楽観を伝える。
けどホント、大丈夫かな? 怒られないかしら。

ついにアキの名前が呼ばれる。
我々は不自然な感じで直立し、
ギクシャクしながら診察室に入る。
もちろんテレコのスイッチはすでに入っている。
そこには看護婦さんがいた。
看護婦さんは、明らかに怪訝な表情で僕を見ている。
看護婦 ……お身内さんですか?

ヤバい!
アキがちらりと僕の顔を見る。
何か言わなくては。
家族? 兄貴? ええと……。
永田 あ…。
アキ あ…。
看護婦 そうですか。

看護婦さんは勝手に解釈して納得したようだ。
どちらかというとそれは
「あんまり関わり合いになりたくないわ」
という感じだったが、
ともあれ我々は、最大の難関を
「あ」の一言で乗り切ったわけである。

看護婦さんはアキの包帯をぐるぐるとほどく。
中指の根元がけっこう腫れてる。
看護婦さんは「お待ちください」と言って去った。
先生が来るのを待つあいだに、
アキが僕のほうへ右手を差し出す。
アキ (小声で)ほら、見て見て、
筋、ずれてる、ずれてる。
永田 (小声で)……静かにしてろよ!

ほどなくして、白衣を着た女の先生が登場。
どうやら前回アキを診察した先生とは
別の先生のようだ。
テープは回り続けている。
先生 はい、どうも。
ええと、
「友人とふざけていて、右手の中指が……」。

先生が突然カルテを音読し始めて、
僕は吹き出しそうになってしまう。
アキは下を向いて、かなり恥ずかしそうである。
カルテを読み終えた先生は
興味深そうにアキに問いかける。
先生 へえええ。ふ〜ん。どう? こうですか?

なんと先生はシャドーボクシングよろしく、
空中にパンチを繰り出している。
やや内側を狙い、えぐるように打っている。
アキ いや。あの……こうです。
アキは恥ずかしそうに空中にデコピンしている。
やや生え際よりのデコを狙い、
えぐるようにデコピンしている。
先生 あ、(デコピンしながら)これ!? 弾いたの?
アキ はい。あの……デコピンを。
先生 で、どうなったんですか。
伸びなくなっちゃった?
アキ あの、真ん中の筋がありますよね。
これが指を下ろすと、ズルッと。
そんで、思いっきり力を入れて上げようとすると、
カコンってなるんです。
先生 小指側にズレるんですよね。
アキ そうです。
先生 なるほど。支えてる部分が切れちゃってるんですね。
ちょっと上げてみて。
アキ え、あ、はい。
……くっ……くっ(力を入れて指を上げようとしてます)。
先生 ふうん、なるほど。やっぱり手術ですね。
手の手術はね、なかなか難しくて。
難しいっていうか、専門的な技術がいるんで。
手の外科の専門の先生を紹介しますね。
そのほうがいいかと思います。
アキ ああ、はい。
先生 そちらに紹介状書きますんで。
アキ わかりました。




というわけで、診察はあっさり終わってしまった。
看護婦さんがアキの右手に包帯を巻き直し始める。
先生は、ペンを取りだし何やら書き始めている。
書きながら、先生は思い出したようにアキに質問する。
先生 すごく強く弾いたんですか?
永田 ……プッ。
アキ ……強く弾いたみたいです。
先生 酔っぱらってたとか?
永田 ……ププッ。
アキ ……シラフでした。
先生 そのくらいで切れるかなあ〜?
永田 あの、すいません、そういうことがあり得るんですか?
先生 う〜ん。初めて聞きましたね。
アキ (笑)
永田 じゃ、めったにあることじゃないんですね?
先生 私はちょっと見たことない。
永田 しかも何かにブツけたわけじゃないんですよ。
先生 これだけですよね
(デコピンの真似をしながら)。
永田 これ、あの、正式な病名というか、
ケガの名前って何になるんですか?
先生 うーーーん。病名? 病名。
シンキンシタイダンゼツ、かな? 
永田 ……はあ。
先生 じゃあお大事に。
アキ ありがとうございました。
永田 ありがとうございました。

というわけで我々は、
ついに医学的見地からの見解を得ることに
成功したわけです。
つまり、
『人間の靱帯はデコピンで、
 めったにないことだけど、
 ごくまれに裂断し得る!』

……ええと、そういうことです。

そして回りっぱなしのテープは、
診察室を出た直後の我々の会話も録音していたのでした。
永田 ……診察しなかったね?
アキ え? そう?
永田 うん。おまえの手をほとんど見てなかったよ。
アキ え? どこ見てた?
永田 カルテ(笑)。
アキ う〜ん(笑)。
永田 カルテ読み上げたとき、笑っちゃったよ。
アキ そうそう(笑)。
永田 「友人とふざけていて……」。
アキ あんなことドイツ語で書いてあんだね。
永田 バカ、日本語だよ。
アキ え? カルテって
ドイツ語で書いてあるんじゃないの?
永田 いや、そうだけど。
「友人とふざけていてデコピンしたら筋が切れた」
って話をなんでドイツ語で書かなきゃなんないんだよ。
アキ ドイツ語で書いてあるんだと思った、カルテだから。
永田 バカだなあ、おまえは(笑)。


以上のバカバカしいやりとりを持って、
このドキュメントを終わりたいと思います。
なお、後日談ですが、彼のケガは
正式に“右中指伸筋肢帯断絶による伸筋腱脱臼”
と診察され、
“右中指伸筋肢帯縫合”の手術を受けました。
術後の経過は良好のようです。

教訓:デコピンするときは渾身の力を込めない。


2000/07若林・中野

2001-07-24-TUE
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