NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第32回 テロのあった翌朝に

テロのあった翌朝に。
台風が通り過ぎたつぎの日に。

僕は駅に向かって歩いている。
朝まで原稿を書いていたのだ。
仕事柄、それはとくに珍しいことではないのだけれど、
ひどいニュースが流れていたから
ぜんぜん仕事ははかどらなかった。

朝の8時。
出勤する人混みの中、
僕は徹夜明けの体を抱えて歩いている。

東京を台風が去って、
今日はとてもいい天気だ。
道のそこここに不自然に散った街路樹の葉っぱだけが、
昨日ここに嵐があったことを伝えている。

当たり前の話だけれど、
駅に向かう人の足並みはいつも通りだ。
みんな黙々と駅に向かって歩いていて、
あまりにもそれはいつも通りだ。

スーツを着た会社員と、
制服の女の子と、
普段着の大学生と、
徹夜明けの僕と。

三軒茶屋の駅のスロープを進む。
誰かが小脇に抱えた新聞の見出しに、
大きな“壊滅”の二文字が見てとれる。
ここまで葉っぱが吹き込んでいる。
すごい風だったから、
こんなところにまで葉っぱが吹き込んでいる。

僕はテレコを持っていない。
前日、家に置き忘れてしまったのだ。
持っていたところで
録音するべきことなんて何もないのだけれど、
こんな日に限って僕はテレコを持っていないのだ。

切符売り場で切符を買う。
小銭を切符販売機に入れる。
160円だから、
千円札を入れたあとに10円玉を入れる。
こうするとお釣りに50円玉が含まれるから。
何をやっているんだろう、僕は。

いつも通りの駅は当たり前に混雑していて、
ホームでは若い駅員さんが
列車に人を押し込むために待機している。
到着した列車はいつものように満員だ。

高くそびえていたふたつのビルには
当時2万人の人が働いていたそうだ。
この電車には何人の人が乗っているのだろう。
こんなに大勢の人がぎゅうぎゅうに乗っているけれど、
2万人よりはぜんぜん少ないのだろう。

列車に乗る直前、突然に怖くなる。
わけもなく、「この車両に乗り合わせたばっかりに」という
フレーズが頭をよぎる。
馬鹿げた恐怖はすぐに頭から振り払うことができる。
僕は満員電車に乗り込む。

人混みの中で身をよじり、
つり革をひとつキープして目を閉じる。
なかなかドアが閉まらない。
半年くらいまえに、
小競り合いの果てにサラリーマンが殴り殺された電車だ。
ほんの少し前に、
商店街で刃物を振り回す男に警察官が刺殺された駅だ。
ぐらり、と揺れて列車は駅を出る。
列車は地下を進む。

みんなは会社に向かっている。
僕は家へ向かっている。
ひどいニュースが流れていたけれど、
ぜんぜん仕事ははかどらなかったけれど、
締め切りの日だったから朝まで原稿を書いていたのだ。

渋谷で山手線に乗り換える。
いい天気だ。とてもいい天気だ。
少し汗ばむくらいの暑さだ。

いくぶん空いている山手線の車両は、
朝の陽射しで満ちている。
水着のアイドルが笑う週刊誌の吊り広告は
日本の経済について憂えている。
みんな無口だ。

駅から家までの道のりは、
途中にいくつか専門学校があるのでとても混雑する。
赤信号で立ち止まっている人たちは
いったい全部で何人くらいだろうか。

3階まで階段を上り、
ポケットから鍵を出してドアを開ける。
鍵はドアの上下にふたつついている。
ピッキング対策とかで、
先月マンションの管理会社が
全部の部屋の鍵をつけ替えたのだ。

朝まで仕事をしていた日は、
家に帰ってもすぐには眠れない。
僕はテレビを観ていた。
何度も何度も繰り返し観た映像を、
チャンネルを切り替えながら、
何度も何度も繰り返しまた観ている。

けっきょく昼まで僕はテレビを観ていた。
それでいまキーボードを叩いている。

僕は何をやっているんだろう。
大事件をモチーフに、
ちょっとした読み物を仕立てようというのだろうか。
無力な男を気取ろうというのだろうか。
よくわからない。

朝まで仕事をしていた日は、
家に帰ってもすぐには眠れない。
けっきょく僕はテレビを観ていた。
昼までテレビを観ていた。

テロのあった翌朝に。
台風が通り過ぎたつぎの日に。

思ったとおり、
置き忘れたテレコは机の上にあった。
けれども、
録音すべきことは何もない。
録音すべきことは何もない。


2001/09/12 三軒茶屋・高田馬場

2001-09-14-FRI

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