怪録テレコマン! hiromixの次に、 永田ソフトの時代が来るか来ないか?! |
第33回 秋空に球音高く 例によって夜明けころに仕事を終えて帰り、 数時間寝ると携帯が鳴った。 そういうこともあるだろうと思って、 寝る前に枕元に携帯電話を置いておいたのだ。 たぶんずいぶん呼び出し音が鳴ってからだろう。 寝ぼけながら僕が電話をとると、 相手は挨拶もなくいきなり要件を叫んだ。 「何やってんの! もう1試合終わったよ!」 あちゃあ。 まあ、まともに起きるはずはないとは思っていたけれど、 綺麗に寝過ごしてしまった。 何しろ2時間くらいしか寝ていない。 「ごめん、今日はパス……」となっても ぜんぜんおかしくないコンディションではあるのだが、 僕はガバッと布団をはいで起きあがり、 「ごめんごめんすぐ行く」と言って電話を切る。 ひさびさの野球なのだ。 プロ野球が終わって少し寒くなると グラウンドも空いてくるので、 職場の野球好きが適当に集まって作った 僕らのようなチームでも試合が組みやすくなる。 夏のあいだにも何度か試合はあったのだが、 僕はいつも都合が合わなくて出られずにいた。 だから、ひさびさの野球なのだ。 引き出しを引っかき回してユニホームを探す。 ひさびさだから帽子だけ見つからない。 まあいいや、ということで バッグにグローブとスパイクを詰め込んで 駅までダッシュする。 多摩川の河川敷にあるグランドまでは 電車を乗り継ぎながら30分ほどで着く。 絶好の野球日和というほかないほどの晴天で、 揺られながら僕は少しうとうとする。 下丸子、という駅に到着し、 僕はばたばたと改札を抜ける。 駅前の地図でだいたいの方向だけ確認して バッグを抱えて早足で行く。 たぶん、左のほうにずっと行けば川に突き当たるだろ。 見知らぬ町を斜めに突っ切って、 土手が見えてくると金属バットの音が聞こえてくる。 カイン、カイン、という特有の音だ。 野次や歓声に混じって秋空に鋭く響く、 なんとも心地よい金属音だ。 急がなきゃ。 河川敷には何面か野球場があって、 僕は土手のてっぺんから自軍の青いユニホームを探す。 いたいた。 マウンドでは後輩の杉原が投げている。 ダブルヘッダーの2試合目はまさに終盤で、 1点を争う好ゲームのようだ。 ベンチで着替えていると、 背後でカキンカキンと音がする。 なんだか塁上がずいぶん賑わっている。 こりゃピンチだな、と思いながら僕は ファールグランドでアップする。 大雑把かつ真剣に短く屈伸して、 まだ堅さの残るスパイクで草を蹴る。 相手のベンチがずいぶん盛り上がってる。 「へぇ〜い」とか「よぉ〜し」とか言ってる。 こりゃ勝ち越されたな。 ベンチに戻ってくると 杉原がピッチャー前の小フライを 駆け込みながらキャッチした。 「ナイスキャッチ!」 3点ほど取られたナインが、 やれやれと引き上げてくる。 「遅えよ」などと突っこまれながら 僕は素振りで「準備完了」をアピール。 話によると1試合目はひさびさの圧勝だったらしい。 ポツポツしか試合しないわりに ウチのチームは連敗続きだったから、 本当にひさびさの白星だ。 相手チームのピッチャーはどうやら経験者らしく、 伸びのある速球をテンポよく投げ込んでくる。 あっさりと三者凡退したあと、 僕は一塁の守備につく。 投球練習。 ボール回し。 キャッチャーからセカンドへの送球。 まだ堅いグローブと汚れた軟式ボール。 消えかけた白線、ぼろぼろのファーストキャンバス。 うれしいな、ひさびさの野球だ。 マウンドで杉原が振りかぶり、 スリークォーター気味の中途半端なフォームから第1球。 足を肩幅に開き腰を落として構える僕は、 その瞬間少しだけかかとを浮かせて前傾姿勢になる。 もう20年も前に少年野球で叩き込まれた基本を、 不思議に体は忘れずにいる。 うれしいな、ひさびさの野球だ。 ショートバウンドを含むふたつの一塁送球を無難にさばく。 走者をふたり許したが、 なんとか最終回の表を0点に抑えて 僕らはベンチへ引き上げる。 3点差を追う最後の攻撃だ。 僕の打席はこの回の先頭打者から数えて4人目で、 つまりはひとり出ないと回ってこない。 なんとか1回打ちたいなあ、と思っていたら、 あっという間に2アウトになった。 何しろ寝過ごした自分が悪いのだが、 勝手を言わせてもらうと1回くらいは打席に立ちたい。 左打席には杉原。 高校時代に野球経験のある彼は右投げ左打ちで、 意味もなく僕はそれを少しうらやましく思っている。 いいな、右投げ左打ち。 僕の勝手な願いが通じたのか、 杉原はフォアボールを選んで一塁へ歩く。 ツーアウト一塁。 にしても、ひさびさの打席で最終打者になるなんてごめんだ。 僕はデコボコしたバッターボックスに入る。 ええと、どのへんに立つんだっけな? ちょっと短く持ったほうがいい? まあいいや。 第1球。 振りかぶるモーションに合わせて体重を移動する。 打ちにいって、ぎりぎりブレーキをかける。 高い。 バシッとミットの音がする。 ボールの判定。 危なかった。 第2球。 やはり思いとどまる。 低い、っていうか遠い。 外角低めいっぱい、ストライクの判定。 あれがストライクなんだ。 どの野球中継を見ても いつも解説者は「低めに低めに」と言ってるけど、 あれ、ホントだ。 外角低めは本当に遠い。 ワンストライク、ワンボール。 つぎでなんとかしなきゃ。 カーブが来たら絶対対応できない自信あるし。 第3球。 ストライクだ、と思った瞬間、 カキンという気持ちのいい手応え。 ジャストミートしたバットを捨てながら一瞬打球を目で追う。 一塁へ全力疾走しながら背中に感じるのは、 打球がショートの守備範囲へ飛んだという確信と焦りだ。 瞬時に太股が悲鳴を上げて、目指すは一塁ベース。 一塁手がベースで待っている。 捕球体制だ。 まだ来ないでくれ、と願いながら走る。 ボールは来ない。 なんだかわからない歓声。 駆け抜ける。 ボロボロのファーストキャンバスを蹴りながら ようやく僕は振り返る。 ボールは来なかった。 内野安打だ。 やれやれ。 けっきょく最終回の反撃は無得点だった。 途中、2塁走者の杉原が2、3塁間に挟まれて、 つられて僕も1、2塁間を死ぬほど往復するといった なんとも草野球らしいドタバタの一幕があったあと、 後続があっさり三振したのだ。 敗戦は悔しかったが、 1勝1敗というまずまずの結果を胸に 僕らはだらだらと着替える。 1試合目の勝ち投手である加藤さんと、 2試合目の負け投手である杉原が話している横で、 僕はテレコのスイッチを入れる。 テレコはそのへんで回りっぱなしになっているのだが、 球音の響く広い河川敷の真ん中に置かれた その小さな装置を気にとめる者はあまりない。 着替えながら、僕さえテレコの存在を忘れる。
帰り道、ぞろぞろと土手を歩きながら 僕が考えているのは、 馬鹿馬鹿しいかもしれないけど最後の打席のことだ。 「もうちょっとバットを寝かせて構えてたら ショートの頭を越えたかもしれない」とか、 「芯に当たったと思ったけど ほんの少し根っこ寄りだったかもな」とか、 「2球目を右へ打つにはどうしたらいいんだろう」とか、 そういったことだ。 馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、 そういったことを本気で考えながら 僕は金属音の響く土手を駅へ向かって歩いていくのだ。 楽しいな、野球。 2001/10/20 多摩川河川敷ガス橋緑地野球場 |
2001-11-29-THU
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