怪録テレコマン! hiromixの次に、 永田ソフトの時代が来るか来ないか?! |
第35回 迷子の外国人 JR高田馬場駅の構内に駆け込み、 やや急ぎ気味に改札を抜けようと思ったら、 suicaの残金が足りなかったらしく キンコーンという警告音がして 目の前でフリップがバタッと閉じた。 あちゃあ、もうなくなったか、と思いつつ 僕は踵を返して券売機へ向かう。 suicaのチャージは端っこの券売機でしかできないので 人混みをかわしながら左端へ移動。 まごまごしていた先客がようやく買い終わって さあ僕の番だ、というときに背後から声がした。 「スイマセン」 独特のイントネーションに違和感を覚えながら振り向くと、 そこに褐色の肌をした外国人がひとり 不安そうにこっちを見ながら立っていた。 外見から勝手に判断すると彼はアラブ系の人のようで、 歳のほうはまったく予想がつかないけれど、 まあ僕と前後5つ以上違うことはないだろう。 シルエットとしてはかなり丸い部類に入るのだけれど 太っているという印象はなく、 クセのある硬そうな黒い髪と厚い肌が 陽射しの強い国の出身であることを予想させた。 着ているグレーのセーターが真新しいのは みぞれ混じりの東京で慌てて買い揃えたからだろうか。 スイマセン、という声に僕が返事をすると、 彼は少しほっとしたように近寄ってきて、 券売機の上にある路線図を指さしながら何か聞いた。 どうやらどこかの駅に行きたいらしい。 まあその程度のことなら、と僕は軽く考えて 路線図を見ながら彼の行くべき駅を 探してあげることにした。 ところが事態はそれほど容易ではなかった。 どうやら彼は自分の行くべき 駅の名前を忘れているようだった。 彼はカタコトの日本語とある程度の英語で 苦心しながら自分の行きたい場所を伝えようとしていた。 ところで僕はというと、 彼の日本語並みにカタコトの英語しかしゃべれない。 しかしながらこういった場合では けっこうムキになって言葉をつないでいってしまうため、 周囲に助けを求める視線を送ることもなく にっちもさっちもいかないカタカナ会話を ふたりでしばらく交わすこととなった。 僕がなんとか聞き出したところによると、 彼が繰り返す言葉の中で もっとも重要だと思われるものはつぎのようなものであった。 「ロッポンギ、チカイ」 なるほど、六本木に近いわけだ。 僕の深い洞察によると、 彼の探す駅は六本木の近くにあるわけである。 というか、それは聞いたまんまである。 彼は路線図を指さしながら 「ロッポンギ、ドコデスカ?」と尋ねる。 しかしその路線図はJRのものだから六本木はない。 「ノー、ノー、ディス・イズ・ジェーアール」と、 わけのわからん英語を発しながら首を振る僕。 JRの駅名がローマ字で書かれている 料金表を教えてあげたのだけれど、 そこに彼の探す駅はないようだった。 じゃ、地下鉄なのかな。 そういや僕は財布の中に地下鉄の路線図を持っていた。 僕は自分の周到さを少し誇らしく思いながら、 地図を取り出して彼にそれを見せる。 彼はしばらく地図を眺めてつぎのように言った。 「ロッポンギ、ドコデスカ?」 ああ、そりゃそうだ。地図は漢字だ。 まあでも六本木周辺の駅名を読み上げていけば いずれ彼の探す駅にたどり着くだろう。 赤坂見附、溜池山王、国会議事堂前、乃木坂……。 ところが彼は、僕が読み上げるすべての駅名に 「ノー」と言って悲しげに首を振った。 おやおやおや、こりゃまたいったいどうすりゃいいのか。 カタコトのやりとりが煮詰まってしまったので、 僕は彼を連れてJRの窓口に向かった。 地下鉄じゃないとするとやはりJRなのかもしれない。 僕は彼をその場に待たせて窓口の列に並び、 駅員さんに向かって「英語の路線図をください」と言った。 いまにして思えば、 このへんで英語の達者なかたを探してバトンタッチすれば 問題は容易に解決に向かったのだろうけれど、 そのとき僕は必要以上の責任感を強く感じていたので、 というかほとんどムキになっていたので、 そんなことは思いもかけなかった。 我ながら大人げない話である。 ともあれ、駅員さんから英語の路線図をもらって 僕は待ちわびる彼にさっそく手渡した。 彼はうれしそうにそれを受け取り、 じっくりじっくり眺めた。 ところがまたしても「ノー」と言って首を振るのである。 むきー。 じゃあもう地下鉄だ。 僕はとことんつき合うことに決めた。 はっきり言って出社する途中だったけれど、 こりゃもう遅刻ですわ、ということにして、 「オーケー、カモン」かなんか言って、 「ディス・ウェイ、フォロー・ミー」かなんか言って、 彼を連れて地下鉄の駅へ向かった。 いや、「ディス・ウェイ、フォロー・ミー」はウソです。 そんな調子のいいことは言えませんでした。 ところで僕は腹を括ると同時に バッグからテレコを取り出し、 歩きながらこっそりスイッチを入れて ジャケットの胸ポケットに滑り込ませた。 この冬に買ったナイロンジャケットは 胸のところに斜めにポケットがついていて、 そこにテレコを入れるとちょうどマイクの部分だけが 外に出るようになってたいへん具合がよろしい。 みなさんも外での会話を録音したいときなどは ぜひ真似していただきたい。 ともあれ、再生してみると テープはしっかりと駅の雑音を記録している。 JRから地下鉄に向かう僕らの足音が聞こえる。 我ながら場数を踏んだもので、 緊急時の録音操作ももはや手慣れたもんである。 僕らのやり取りは売店のそばを通ったときの 彼の何気ないひと言から始まる。 このとき彼の名前はわからなかったので 便宜上、「迷子」と記すことにする。 あ、でもそれじゃあんまりなので「マイゴ」にしよう。 マイゴは売店を見ながらこうつぶやく。
アイドは改札の向こうで手を振って、 白い歯を見せてニカッと笑った。 気がつくと声をかけられてから30分近く経っていた。 僕は人混みを縫いながらJRの改札へ向かった。 階段を小走りに上がりながら、 ほとんどその存在を忘れていたテレコを取り出して パチンとスイッチを切った。 「シー・ユー」 「じゃあ、またね」 たぶん、この先二度と彼と会うことはないのだろう。 なのにあの挨拶は変だったかな。 そんなことをニヤニヤ思い返しながら やや急ぎ気味に改札を抜けようとすると、 キンコーンという警告音がして 目の前でフリップがバタッと閉じた。 だ、か、ら、 suicaにチャージしなきゃいけないんだってば。 冒頭に戻る。 2001/12/21 高田馬場 |
2001-12-27-THU
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