ミーちゃん |
今日はね、私が初めてアメリカに
行ったときのお友だちが来るんですよ。
もう20年以上になるのかな。
そのときはまだお嬢さんで
・・・いまもお嬢さんなんだけど。
その方が叔母さんといっしょに来るんです。
よくいらっしゃるんですけどね。
なんだかいっぱいになっちゃって
ごめんなさいね。 |
永田 |
いえいえいえ。
20年前に行った旅行で知り合った友だち。
なんだかスケールとバイタリティーを感じる話である。
にぎやかな昼食になりそうだ、と思っていると、
台所の奥の扉が開き、女の人が顔を出した。 |
金井 |
こんにちは!
あっ、いいですいいです、
もう、座ったままで。
永田さんは以前にご挨拶だけしましたね。
奥様は、はじめまして!
よくいらっしゃいました。わかりました? |
永田 |
前に一度来た記憶を頼りに。 |
金井 |
すばらしい! |
金井さんは、ミーちゃんとノリコさんの隣人で、
ドイツ菓子の店を営んでいる。
一切のお世辞を抜きにして、
金井さんの作るお菓子はとても美味しい。
金井さんの作るお菓子はとても美味しい、と、
二度書いておいて差し支えがないほど
金井さんの作るお菓子はとても美味しい。
聞くところによると、
金井さんはそこで料理教室なども開いているという。
その金井さんが、ノリコさんといっしょに
今日の昼食のために腕をふるっている。
俄然楽しみになる僕である。
もうすぐ準備できますからね、と言って、
金井さんはばたばたと隣へ帰っていく。
『80代からのインターネット入門』で
たびたび紹介されていたとおり、
金井さんもまたポジティブなオーラを纏っている。
ミーちゃんが暖かさで、ノリコさんが凛々しさだとすると、
金井さんのオーラは明るさであるように思う。
その3人がそろうと、
やはり周囲の者をひとりでに元気づける。
あの家の元気さっていったらちょっと他にないね、と、
以前イトイさんがよく言っていた。
コタツのある部屋には、
ミーちゃんの旅のアルバムがたくさん置いてある。
ちなみに玄関の横の部屋にはもっとたくさん置いてある。
僕はコタツでぱらぱらとそれを眺める。
北の国の写真がある。
雪景色の中に、意外な風景を見つける。
オーロラだ。 |
永田 |
オーロラ。
オーロラですか、これ。 |
ミーちゃん |
そうそう。見られたんですよ、オーロラ。 |
そう言いながらコタツに近づいてくるミーちゃんは
すましているけど少し得意気だ。
ノルウェーの夜空にはためく緑色のカーテン。
本当に見事なオーロラだ。
少しばかり宇宙に興味を持っている僕にとって、
それは憧れのひとつである。 |
永田 |
綺麗だなあ。
なかなか見られないんですよね? |
ミーちゃん |
そうなんですよ。今日来る友だちもね、
オーロラを見に行ったんですって。
でも見られなかったらしいんですよ。
私なんかホテルの前で見たんですけどね。 |
永田 |
うわあ。よく撮れてますねえ。 |
ミーちゃん |
新聞社の人がいっしょに行動しててね。
撮った写真を送ってくれたんですよ。 |
永田 |
いやあ。すごい。見たいなあ、オーロラ。
何時間も待ったりしたんですか? |
ミーちゃん |
そうでもないですね。
あそこはね、北緯68度くらいで、
割合に早く出るんですって。
9時ちょっと過ぎくらいから見られたかな。 |
永田 |
でも、待つ人はずっと待って
それでも見られなかったりするでしょう? |
ミーちゃん |
そうらしいですねえ。
朝まで待つなんて話もよく聞くからね。
運がよかったですよ。 |
永田 |
強運ですねえ。 |
ミーちゃん |
そのときにね、犬ぞりにも乗ったんですよ。
ほら、これ。 |
永田 |
わっ、ホントだ。犬ぞりですか! |
ミーちゃん |
犬ぞりもね、気持ちがいいですよぉ。
丘をねぇ、さあああっと行くの。 |
そう言いながらミーちゃんは、
手のひらを下にして空中にS字を描く。
ぜひ一度乗ってごらんなさいな、とでも言うように。
オーロラに犬ぞりかあ。参った。 |
ミーちゃん |
今度5月に、
またスペインに行くことにしたの。 |
永田 |
前にもいらしたんですか? |
ミーちゃん |
今度で4回目。 |
永田 |
4回目! |
ミーちゃん |
私、エサを鼻先にぶら下げとかないと、
がんばれないもんですから(笑)。 |
永田 |
(笑) |
ミーちゃん |
エサ代が高いんですけどねえ。 |
永田 |
あははははは。
いろいろ行かれてるんですねえ。
僕なんかハワイにも行ったことがない。 |
ミーちゃん |
あ、私はね、ハワイに行くなら
いちばん最後にしようと思ってるんですよ。
だって、楽だから。
遊んでればいいんですもんね。
日本語も全部通じるから、
団体で行かなくても済むし。
私の姪の娘なんか、
ハワイばっかり行ってるの。
もったいないって言うの、私は。 |
永田 |
うーん、なるほどぉ。
・・・ちなみにいま何カ国くらいですか? |
ミーちゃん |
ああ、こないだちょっと
書き出してみたんですけどね。
ちょっと観光したとこを含めたら、
50カ国くらい。 |
永田 |
あははははは、すごいなあ。 |
ミーちゃん |
でも回数から言ったらね、
30回行ってないから。
それもここ20年くらいですね。
60歳くらいから行き始めたから。 |
永田 |
はああああ。 |
ミーちゃん |
はじめのうちは
年に1回くらいだったんですけど、
もう70歳近くなったらね、
「先がないんだから」って感じで、
1回じゃ物足りなくなっちゃってね。
行くときは年に3回くらい。
そしたらこっちが足らなくなっちゃって(笑)。 |
こっちが、と言いながらミーちゃんは
右手の人差し指と親指を丸くつないで
「お金」のマークを作る。
でもそういう問題じゃないよなあ。 |
永田 |
飛行機とかつらくないですか? |
ミーちゃん |
平気なんですよ。体が小さいから、
椅子の窮屈さもみんなより少なくて。
大きい人はたいへんですよね。
私なんか、
椅子の上に平気でお座りしちゃうから。
そうするとね、けっこう平気ですよ。 |
たしかにミーちゃんは小柄だけれど、
でもやっぱりそういう問題じゃないよなあ。 |
ミーちゃん |
旅行でお金遣うもんだからね、
服とか買えないんですよ。
こないだ下駄屋さんに行ってね、
「私は20年同じ服着てるんですよ」って
嘆いたの。そしたらね、
「まあすばらしいことですね」って言うの。
「なんで? 情けないのに」って言ったらね、
「同じ体格を20年間も
維持できるのがすごい」って(笑)。 |
永田 |
そうですよ(笑)。 |
ミーちゃん |
服はね、流行が15年くらい経つと
また戻ってくるんですよね。
丈が長くなったり短くなったり。
だから、しらばっくれて昔のを着ちゃうの。 |
永田 |
あははははは。 |
ミーちゃん |
あとね、一昨年かな?
アフリカに行ってきたんですよ。 |
永田 |
アフリカ! |