怪録テレコマン! hiromixの次に、 永田ソフトの時代が来るか来ないか?! |
第46回 陶器市に降る雨 ゴールデンウィークというと、 佐賀の実家に帰り有田の陶器市に出掛ける。 もう今年で3回目になる。 連休中の予定を聞かれて 「陶器市に行くのだ」とうれしそうに言うと、 不当な扱いを受けることが多い。 もう30をとっくに過ぎているのにも関わらず、 なんだか妙に年寄りぶって風流を気取ってるやつだ、 というふうに怪訝な顔をされてしまうのだ。 僕としては 野球や宇宙や『風来のシレン』やハイチュウと同じように、 ふつうに、陶器市で陶器を買うことを 楽しみにしているのだけれど、 困ったことにこういうことって 簡単なやり取りではうまく伝わらない。 同様に、ビートルズが本当に好きだということも うまく伝わらないことが多い。 さて、うまく伝わらないといえば 有田の陶器市のスケールを伝えることは難しい。 たいてい駅前広場の古本市とか、 ちょっとしたフリーマーケットくらいに認識されてしまう。 しかし、そんなものではないのだ。 わかりやすくいうと、 ひとつの駅から隣の駅くらいまでの規模で、 陶器の店がずーっと連なっている。 誇張なく言うと、通りは見渡す限りに陶器が続く。 何千何万という数の陶器の中から、 自分好みのものを探して歩いていく。 一軒一軒見て回っていたのではとても時間が足りない。 目当ての店を指針として目指し、 目にとまる店やものがあれば足を止める。 陶器市における僕にとっての醍醐味は、 やはりそこにある量に起因する。 何しろ種類も質も価格も千差万別だ。 何十万もする湯飲みがあるかと思えば 数百円の立派な大皿があったりする。 あるいは、何万もする角皿の色が ほんの少し褪せているというだけで数千円になっていたり、 何万もする角皿に諦めのため息をついたあと 数件先に半値以下でほとんど同じ角皿を見つけたりする。 夕方ともなってくると、膨大な陶器の山を前にして 「どれでも千円!」なんて声もする。 大げさに言ってしまうと、 その膨大な陶器が並べられる特殊な場所では ものの一般的な価値観がよくわからなくなってしまう。 つまり、有田の陶器市では、 自分にしっかりとした価値観があるかどうかを試される。 と、いうふうに、僕はなんとなく感じている。 だから僕はひどく真剣だ。 気に入ると、手に取り、形や色や使い勝手をたしかめ、 そもそも日々の生活において 本当にそれが必要なのか自問し、 値段を吟味し、その品のB級品が安く出てないか調べる。 断っておくけど僕は陶器に詳しいわけではない。 柿右衛門も源右衛門も、正直言って、 良さがまだよくわからない。 僕はあくまで自分が日常に使う食器として陶器を探す。 窯元の伝統も銘の意味もほとんどわからない。 だからこそ、星の数ほどある中から自分の意志だけで 会心の一品を見つけたときのうれしさは格別だ。 ついでに言うと、買うときに、申し訳程度に値切ってみて 数百円でも安くなるとさらにうれしいんだけど。 ともあれ、 今年も僕は気合を入れて当日を迎えたわけだが、 惜しむらくは雨模様である。 午前中はなんとか持ったが、 昼頃から降ったり止んだりし始めた。 傘は嫌いなので小降りになるのを待って移動する。 同じようにしている人も多くて、 雨足が激しくなると店内が混み合ってくる。 売り物を遮らないように店先で雨の気配をうかがう。 軒先で雨の勢いがおさまるのを待つのは、 なんだか久しぶりのことのような気がする。 通りに面した軒で、僕は雨を見ている。 本格的なレインコートで完璧に雨を防いでいる人もいれば、 開き直って濡れながら歩いている人もいる。 去年、一昨年とくらべて、 ずいぶん若い人が増えたような気がする。 通りに面した軒で、僕は雨を見ている。 カゴに積まれた安売りの陶器に雨が溜まっている。 不思議に不衛生な感じはまったくしない。 そろそろ小止みになってきたかな。 雨足を計るときは、 風景の中の影になった部分を利用する。 僕は黒い背景の一部分を凝視する。 そこを斜めに横切っていた雨の線が、 やがて垂直になっていく。 線がだんだん細くなっていくにつれて僕は移動に備える。 影の中を走る線が弱まり、 ついには線に混じって雨の粒が細かい飛沫として 黒をバックにふわりと舞う瞬間がある。 それが合図だ。 機会を逃さず僕は軒を出る。 たまに屋根を伝い落ちる大きな雨粒が 首の後ろを直撃する。 メダカの柄の茶器を買った。 中国茶を飲むときに使う、小さな器のセットだ。 とても気に入っている。 いよいよ雨が激しくなってきて移動に窮するほどになった。 どうしようかと迷っていたら、 うまい具合にお腹も空いてきた。 うどん、と書かれたのぼりが目にとまり店に入る。 とはいっても正式なうどん屋ではなく、 陶器を売る傍ら、奥のスペースを使って 急ごしらえに食事を出している店だ。 もちろんきちんとした郷土料理を出す店もあるけれど、 雨の中で選択肢は狭い。 いらっしゃいませ、と威勢のいい茶髪のお兄ちゃん。 陶器市に来てからずっと感じていたことだが、 アルバイトとおぼしき若い店員がみんなとても熱心だ。 連休中の短期アルバイトだからかもしれないけど、 集中力があって、サービスに徹底していて、 ある種、祭りのように労働を楽しんでいるように見える。 ふだんは車でも止めているような場所に 机が並べられていて、 僕は壁に貼られた手書きのメニューから 卵うどんを注文する。 見上げると天井は半透明のトタンで、 外に面した部分はビニールカーテンで仕切られている。 雨降りだけれど真昼の基本的な明るさが店内に届く。 ときおり風であおられてカーテンが波打ち、 湿った空気を店の中にひゅうっと送り込んでくる。 急ごしらえの場所はところどころ雨漏りがしていて、 茶髪の店員がしきりに客に謝っている。 僕もひとつ席を横に移る。 雨はどんどん強くなっている。 何しろ屋根はトタンだから、痛快な音をたてる。 ぱららららららら、という特有な反響音だ。 素朴な味のするうどんを食べていると、 いよいよ土砂降りという雰囲気になってきた。 もはや雨は轟々と打っている。 客も僕も思わず屋根を見上げる。 雨はとても日常的なものだけれど、 あまりに強く打つと 鑑賞すべき自然現象のように感じられる。 これはすごいな、と思いながら僕は箸を止める。 あちこちを激しく打つ雨は飛沫を散らし、 それが風に乗って僕の腕や首にまで届く。 湿度はあるが、瞬時ひんやりとする。 トタンを打つ強烈な雨音は、 臨席の会話すら途絶えさせる。 僕は、それに聞き入りながら、思い立ってテレコを回す。 雨がトタンを打っているだけだ。 見事な雨音を、ただそれだけの連続音を、 意味もなく僕はしばらく録音する。 再生すると、そこにあるのはやはり雨音だ。 ただトタンを強く打つ、らーーーーーっという雨音だ。 観念した僕は傘を買った。 傘は好きじゃないけど、 深川製磁のマークの入った傘が売っていたから 記念にいいかなと思って買った。 その雨は4時間後に止むことになる。 今年の陶器市で買ったのは、 メダカの茶器がひとそろいと、 岩永浩さんの皿が2枚と、 カササギの描かれた薬味皿が3枚と、 深川製磁の傘が1本。 悪くないと思う。 2002/05/03 有田 |
2002-05-08-WED
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