NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第56回 
仮装大賞へのエントリーを本気で考える
〜始動編〜


職場で仕事を片づけていると、
天野という男がやってきて傍らに腰掛けた。
そのまま黙っているので目を向けると、
やつはひどく真面目な顔をしてこう言った。
「……ちょっと相談があるんですけど」

見渡すと周囲の編集者は偶然席を外している。
どうやらやつは切り出すタイミングを慎重に計ったようだ。
どこかへ呼び出したりするのも照れくさいし、
かといって周囲に人がいるときでは言い出せない。
そういった種類の相談事なのだろう。

個人的に、僕は年に何度かこういう相談を受ける。
そのささやかな経験からいうと、
こういうふうに切り出される相談は概ねつぎの2種類。
結婚関係か、進退関係か、どちらかである。
しかし、やつが続けた言葉はそのどちらでもなかった。

「仮装大賞に出ようと思うんです」

さすがに驚いたが、メガネの奥のやつの目は真剣である。
協力してもらえませんか、とやつは続けた。

たしかに僕は仮装大賞のファンである。
それについてはやつも同様で、
年に何度かある放送のあと、
僕とやつは披露された仮装に対して
何度か熱っぽく議論を交わしたことがある。
しかし、自分が出るというようなことを
やつは一度たりとも口にしたことがなかった。

なんでまた? と僕は問いかける。
やつは言葉を選び、自分の意志を確かめるようにこう言った。
「……そろそろかな、と思って」
しばしの沈黙。僕は強く短くこう告げた。
「むちゃくちゃ協力するよ」

二日後、やつはひどく慌てた様子でやって来た。
なんでも、エントリー用紙を取り寄せたところ、
最短の締切が今日であることがわかったのだという。
今日? なんとも急な話である。
しかし、こういう話は先延ばしにしないほうがいい。
幸い、書類でのエントリーは、
だいたいの企画を書くだけでいい。
よし、とにかく今日中になんとか考えよう。
むしろ切迫されて我々のテンションは高かった。

僕らはめいめい仕事を片づけたあと、
打ち合わせスペースへ向かおうとした。
そこへ、針生という編集者が「なになに?」と
じつに興味本位な感じで首を突っ込んできた。
僕らは黙って手にしたエントリー用紙を見せた。
そこにはしっかりとつぎのような文字列がある。

「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」

明らかに針生はギョッとした。
救いを求めるように我々を見返すが、
僕と天野の目はひどく真剣である。
行きがかり上、彼は3人目のメンバーとなった。
「勘弁してよ、俺、あんたらほど熱心じゃないよ」と
3人目はわめいたが、それを我々は
「そういうやつの冷静な意見も必要なんだ」と諭し、
うやむやのうちに席に着かせた。

かくして、数時間に渡る長い長い会議が始まった。
メモ代わりと称して僕はテレコを回した。
以下はその記録である。

人は、全日本仮装大賞に出ようと本気で考えるとき、
どのようにアイデアを出し合うのか。
仮装はどのような経緯で形になっていくのか。
あるいは形になっていかないのか。
プロジェクトXばりのドキュメントを、
無意味に長々とお届けする。


針生 そもそも、なんで突然?
天野 いや、あのさ、いっつも俺、
仮装大賞見るたびにブツクサ言ってるじゃん。
「なんでアレが合格なんだ」とか。
永田 「学級モノに甘くないか」とか。
天野 そうそう。
そこで「じゃあおまえはどうなんだ?」と。
針生 はあ。
天野 「おまえはできんのか、やってから言えよ」って
声がね、だんだん自分の中で大きくなってきた。
だから、その、そろそろやるか、と。
ぼちぼちやらなきゃいかんのじゃないか、と。
永田 うんうん、30前後っていうのはそういう歳ですよ。
「じゃあおまえはどうなんだ?」っていう、
そういう声が自分の中に出てくる歳です。
天野 そうそうそう。
針生 ……そういうもんかしら。
天野 それでまあ、永田さんに相談して。
永田 熱意に打たれた俺も協力することになったと。
針生 なんで永田さんに?
天野 やっぱほら、仮装大賞に愛情がないと、
企画を詰めるしても話が通じないと思って。
針生 あんたら好きだもんなあ。
で、出るのは天野さんひとりなの?
永田 理想はね。少人数っていうのがコンセプトだから。
針生 それはなんで?
永田 いや、まあ、それは好みなんだけど。
たとえば、テレビで見てるとき
画面に簡単なプロフィールが出るじゃない。
そのとき、『世田谷区 会社員 31歳 1名』って
出てると──。
針生 ああ、期待しちゃうねえ(笑)。
天野 でしょ?
永田 だからまあ、絶対ひとりってわけじゃないけど、
なるたけ少人数で、企画として、
どうしても必要だったら増やしていく方向で。
針生 じゃあ永田さんは裏方だ。
永田 うん。天野がイッセー尾形だとすると、
俺の役目は森田(雄三)さんだ。
針生 わかるようなわからんような。
永田 まあ、どうしても必要だったら、その、
片手でなんかの尻尾を動かすくらいはやる。
そのくらいの覚悟はあるけど、
出演に関してはそのくらいの覚悟しかない。
顔になんか塗ったりすんのは天野に任せる。
俺は客席から見てる。
針生 じゃあ俺はテレビで見てる。
永田 人手が必要なときは、おまえが3人目だぞ。
針生 えーーー!
永田 うるさいって。
ええと、とりあえず何から始めよう。
天野 とっかかりが難しいですね。
永田 そうなんだよ。俺も一昨日相談されてから
ひとりで考えてみようとしたんだけど、
ひとりじゃぜんぜんダメなの。
だって、なんか、なんでもいいじゃん?
なんでもできそうな気がするし、
なんでもできなさそうな気がしてさ。
天野 そうなんスよねえ。
永田 これほどにゼロから突然
何かを生み出すということもほかにないよ。
なんかこう、存在を問われる気すらする。
天野 ですねえ。
針生 ……そういうもんかしら。
永田 だって、ぶっちゃけ、
どこからどう考えていいんだか
ぜんぜんわかんないんだもん。
一同 (笑)
つまり、会議の幕開けは苦難に満ちていた。
「ぜんぜんわかんないんだもん」という、
30代の大人が口にしたとは思えぬような
あまりにも幼稚な降参宣言とともに、
長い長い会議は始まったのである。

────次回、分析編に続く。



2003/02/21 若林

2003-03-06-THU

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