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(中沢新一さんの、イベントでの
ひとり語りをおとどけしています) |
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ヨーロッパは
野生的な世界が、
都市の中に入ってこないように、
城壁で囲んでいるわけですから、
都市の中には
石畳が敷いてあって、
均質に作ってあります。
ヨーロッパにおける最初の都市は
そういう形だったわけですけれども、
時代がだんだんたつにつれて、
都市のまわりに城壁ができ、
そのまわりに
庶民の住まいができたりします。
だんだん都市は
拡大してくるんですけれども、
やはり、
都市の中心部を作っているものは
「まったいらで、
なにか余計な要素がない」
というものなんです。
つまり、都市というのは、
ヨーロッパだと
「自然が
ストレートな形では入ってこない」
というものなんです。
ところが、東京の場合だと、
アップダウンもあるんだけども、
まず「城壁」っていうことが
考えられていなかった。
農村部と都市部は、江戸幕府ができて、
江戸城を中心にして
街が作られたはじめのころから、
あんまり境界がないんですね。
ですから田舎の影響力っていうのは
都市部に入ってきますし、
都市部のものは、
外の田舎にもつたわっていく。
非常になだらかなつながりを
持っているんです。
さらに、東京の真ん中の地帯には、
野生的な地帯が
いっぱい残されているんですね。
その多くの場所は、湿地帯です。
たいがい湿地帯ってのは、
江戸時代から近世になるにつれて
だんだん埋め立てられていきましたから、
そこに建物ができたり、
商店街ができたりするようになりました。
しかしいちばん深かった、
大きな池や湿地帯を
作っていた場所というのは、
なかなかその状態が消えなくて
そのままで残った。
たとえば、上野の大きな池ですね。
私たちが見る
上野の大きな不忍池というのは、
いまも大きいですけれども、
でも、かつてはもっと大きなサイズで
あの3倍くらいの
大きな池だったようなんですね。
上野と本郷を結んでいる地帯、
ふたつの高台の間に
湿地帯がずっと広がっていたんです。
その名残りを、ぼくらは、
不忍池として見ています。
そこには、夏になると、
ものすごい蓮の花が咲きだします。
ぼくはあの
上野の不忍池の蓮の花を見ると、
何か心がいつも
ドキドキしてくるんですね。
おそろしく
野生的でエロチックで、
生命力にあふれています。
そういう場所が
東京にはいくつか残されていました。
赤坂見附のあたりも
大きな湿地帯として
残されていましたし、
そういう都市の中心部に、
決して都市化されない、
人間の手が入りこめない
野生的に、こうウワーッという、
お手入れしていない
女の人のわきの下みたいに
なにかがはみだしている、
そういう都市が東京なんですね。
東京というのはヘンな都市だな、
ということは
最初から思っていましたけども、
その意味が、
だんだんはっきりしてきました。
つまり、東京の町というのが、
「均質なヨーロッパの都市の思想」に
基づいて
作られていないということですね。
「ヨーロッパの都市の
原理でできているところ」と、
「ヨーロッパの都市の原理には
入っていない部分」というのが、まるで、
パッチワークのように入れ子状になっていて、
非常に複雑に作られている、
おもしろい空間を作っていると思います。
ですから、東京っていうのは、
ごちゃごちゃして、
建物の形も
きたなかったりしてつまらないな、
と言っている人がいますけれども、
とんでもないとんでもない。
ここは世界中で
いちばんおもしろい都市だと思います。
その理由が知りたくて
しょうがなかったんですね。
その理由が知りたいと思っていました。
(明日に、つづきます)
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2005-12-23-FRI
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