(これまでの「はじめての中沢新一」連載はこちらです)




第36回 都市と国家の成立

(中沢新一さんの、イベントでの
 ひとり語りをおとどけしています)

カイエ・ソバージュの第二巻は
「熊から王へ」というものです。
これは都市と国家がどうやってできてきたか。
根源状態を探りたいと思ったからですね。

神話の思考方法は、
先ほども言いましたように
コンピューターが使うのと同じように
とても論理的なシステムを使いながら
矛盾したものを
結合しようとするところがあります。
これは第一巻で明らかにしました。

神話はつまり何を表現したかというと
人間と動物の世界の一体性ということを
表現しようとしたのではないでしょうか。

古い時代の神話になればなるほど
このことを強調しています。
人間と熊はかつて友達であった。
あるいは兄弟であった、
夫婦どうしであった、というふうに語る神話は
ユーラシア全域、アメリカ大陸など
広範な範囲に見いだされています。

そして人間が動物に変わっていく状況、
あるいは動物が誘惑者となって森の中に現れて、
人間の娘を誘惑して、
自分たちの世界に連れていって
そこで結婚が行われ、
山羊や熊との子供が生まれたりする、
こういうありさまを神話は描きます。

そしてそれによって
神話は何を描こうかとしているかと言うと、
人間と動物のように、論理的な思考方法では
これを二つに分けるわけですが
この二つの間に実は通路が作られていて、
この二つをつなぐものがある、
ということを考えているんですね。

つまりこの通路に入ると
人間だったものが
そのうちすっと動物に変わってしまうんです。
動物だったものも、この通路に入ると
すっと人間に変わってしまう。

人間と動物というのは非対称的ですよね。
人間と動物が顔を見合わせてみると、
二人は違う格好をしていますから
決して対称的なものではないんですけれども、
この神話が実現する通路の中に入ると
この二人が入れ替わることが可能なんです。
つまり、こっちから出発したものが
むこうにいくと別のものになる。
これが自在にできるようになる。

つまり、
神話的思考の通路に関しては
対称性というものが
実現されているというふうに
考えることができます。

そしてこの対称性という考え方を
拡大していくと、先ほど言った人類の、
わたしたちホモサピエンス・サピエンスが
誕生した時の心の
飛躍的な発達が見えてきます。

つまり象徴的な思考方法なのです。

二つの異なる存在領域を
ことばの中で一つにまとめあわせたり、
イメージとして
一つに結合したりできる能力を
獲得しましたが、
この能力を、フルに活用して
人間と動物の世界の間の対称性を
表現することを行っているのです。

この考え方を拡大していくと
わたしたち新人の思考能力の
もっとも重要な部分である、
かつてのネアンデルタールにはなかったものが
はっきりわかるのではないかと思いました。

そして十万年ほど前、この地球上に
はじめて知的能力を持った生物が生まれ
それ以来数万年の間、
スペックも構造も変わっていない、
このわたしたちの思考構造の根本的なあり方、
自然な状態で発生する根本的なあり方を
わたしたちははっきりと
つかみだすことができるだろうと
考えたわけですね。

それが対称性の考え方の
第一歩の表現でした。

神話の世界では
人間と動物が入れ替わることができて、
他の存在領域の中でツイストを通じて
他の存在領域の中に
簡単に入りこむことができる、
こういう考え方の世界の社会では、
国家が生まれなかったのです。

それはなぜなんだろうということですが、
さきほども言いましたように、
国家と都市というのは
同時期に発生しています。

そしてこの同時期に発生した
都市と国家というのを
バックアップしている思考方法というのは
「生と死」や
「人間と動物」のようなものを
ツイストさせないで分離していくものです。

ツイストして
ひとつながりにしていくのではなくて
分離していく思考方法。
ある言い方をすれば左脳を
肥大させていって、
右脳の思考方法を無意識の中に
包みこんでしまうような
心の構造になった時に、はじめて
都市が成立するようになっています。

ところが、都市も国家も
神話的な思考方法を行う人々の間には
発生しないんですね。

もちろん神話の世界にも
人間の能力をはるかに超えて
世界の根源に
触れているような存在はあります。
つまり世界の根源を司っている
グレートスピリットですが、
そういうものは存在しています。

しかしそれは、あくまでも
自然の奥に隠されているもの、
と考えられています。
そして人間と自然との間には
一つの通路が作られていますから、
わたしたちは自然の奥底にある力と
いつ何時でも触れることが
可能なような構造に
できあがっていました。

こういう神話の世界では
王様や権力者というのが
出現していないんです。

(明日に、つづきます)

2006-01-24-TUE


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