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第45回 マルセル・モース

糸井 現実世界の中に
数学というものはあり得ないわけで
頭の中で「ないもの」を
組みたてていくわけですよね。
それは、もうアートですよね。
中沢 あんなことができるのは、
現実の世界と対応しない領域というのを
心の中に作らなければならないからなんです。

しかもその中に
ものすごい精密な論理を持ちこんで、
それで操作できるわけでしょ。
ところがその世界というのは、
現実世界とは、何の対応もないんですよ。
ある程度の対応はしますけれど。

ということは、
論理で動いている部分と
そうじゃない部分があって、
この部分が数学というのを
興味深いものにしているし、
美しいものにしていると。
 
タモリ 燃焼ですよね。
 
糸井 燃焼ですよね。
 
タモリ 岡本太郎は縄文的なところもあるし。
 
糸井 岡本太郎という人について、
いろんな言い方はあるんですけれど、
ぼくら、タモリさんも
お会いになってますよね。
 
タモリ なんども会いましたけども。
 
糸井 一般的には、ほとんど
アニマル浜口のような扱いで……。
 
タモリ そうですね。
 
糸井 晩年ね。
 
タモリ そうなんです。
日本の文化についてを読むと、
すごく論理的で
すごいよく見ているし、
正当な評価で、
こんなに論理的な人かと思うんですが
実際会ったら、岡本太郎という人は
むちゃくちゃな人で。
 
糸井 えぇ。
 
タモリ 『今夜は最高』
の時に出てくださいと
いったんですけれども、
何人かで
いろいろ話していたんです。
何をやってもらいたいかを。

「時代劇をやってくれませんか」
といったんですけれども、
岡本太郎は、
一時間くらいなんの答えもないんですよ。
それで、あ、これはイヤなんだなと。

それで俺たちは反省して、
「また打ちあわせにきますから」
と玄関でならんで靴の紐を結びながら
帰ろうかなと思ったら、
後ろから新聞紙を丸めて
「イェイ」って斬るんですよ。
 
糸井 斬られちゃった!
 
中沢 (笑)
 
タモリ あぁっと思って……。
岡本太郎はよろこんでいたんですよ。
「イェイ」とか言って。乗ってたんですね。
 
糸井 (笑)爆発ですね。
 
タモリ 日常では非論理的な行動をとって、
自分の中では
すごい論理的なことがあって、
本も冷徹なものの見方で、
審美眼もあるし、
かえってすごいなこの人は、と……。
ふつうは人前で
えらい論理的なことでしょ?
逆をいくのはすごいなと。
 
中沢 あの人ちゃんと勉強してるんですよ。
 
糸井 もともと、
贈与論の親方の
モースっていう人の弟子ですからね。
 
中沢 そうなんですよ。
 
タモリ ほぉ、そうなんですか。
 
糸井 モースは、
レヴィ=ストロースの先生ですね。
岡本太郎はモースの直の弟子ですからね。
 
中沢 直の弟子で。
 
糸井 だからレヴィとは兄弟?
 
中沢 兄弟弟子です。
 
タモリ ほぉ。レヴィちゃんと。
 
糸井 (笑)「レヴィちゃん」とは。
 
中沢 岡潔が
フランスに行っていた時のことで、
パリには彼の親友がいたんだけれども、
モースの講義を聞きに行ってるんですね。
だからモースのところには
いっぱい日本人が聞きに行ってるんです。
 
タモリ モースっていう人もすごいですね。
 
中沢 すごい人ですよ、あれは。
 
糸井 どんどん取り入れちゃうんだね。
 
中沢 考えている発想法が常に豊かなのね。
弟子をつれて町を歩いていても、
フランスパンの形にふと目をとめて、
「お、これはケルト模様だ」
とか言って
そこで講義をはじめちゃったりとかね。
 
タモリ へぇ〜。
 
中沢 変わった人だったみたいですね。
 
糸井 そんなに昔の人じゃないわけですよね。
 
中沢 1930年代です。
 
糸井 アルカポネの時代ですね。
 
中沢 フランスに
ナチが入ってくる前の
すごくいい時期。
 
タモリ はぁ。
 
中沢 岡本太郎さんもその時期に
フランスに行っているんです。
かなり若い頃からフランスに行って、
合理的な思考方法というのを
イヤっていうほど
叩きこまれているんですね。
しかし、救いを求めるように
マルセル・モース先生のところに行って、
民族学の勉強をしているんですね。
 
糸井 つまり、フランス語文化圏ていうのは
すごく合理的で、つまりパスカルですよね。
 
中沢 はい。
 
糸井 そこで足りないものを
モースという人が
持っていったわけですよね。
 
中沢 そうなんです。
モースという人は、
不思議な能力を持っていた人で、
一度もフィールドワークなんて
しないんですよ。
アフリカ行ったり、
インドネシアに行ったわけでもない。
 
糸井 アームチェアー文化人類学だ。
 
中沢 ところが彼が書いた本を見ると、
彼はいろんな報告を読んで
書いているわけですが
その社会の人々のもの考え方そのものが
いきいきと生きているわけですね。
 
タモリ これはある意味、
吉本隆明さんと同じじゃないですか。
「わたしは、修行しないぞ」という。
 
糸井 吉本さんは修行しないどころか、
まだ飛行機に乗って
外国に行ったことがないはずですよ。
 
中沢 そうなんですよお。
 
糸井 絶対に行かないですね。
 
中沢 すごいな。
 
タモリ すごいですね。
「水戸黄門は
 鎌倉しか行ったことない」
と同じじゃないですか。
 
糸井 モースも、詩人だ、ようするに。
 
中沢 詩人なんです。

(明日に、つづきます)
 
2006-02-02-THU


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