(これまでの「はじめての中沢新一」連載はこちらです)




第47回 これからやりたいこと

糸井 岡本太郎の話につながるんだけど、
地域通貨を作ろうと思ってるのよ。
「岡本太郎地域通貨」という。
中沢 「1太郎」「2太郎」
じゃないですよね。
 
糸井 そう!

たとえば、人が
なにか太郎な行いをした時にね。
「中沢くん! 今のよかったよ」
それで、10太郎あげるという。
 
中沢 贈与だ。
 
糸井 アクセサリーでお金の形をしたものを
買ってもらって、その利益が
「明日の神話」という壁画の
修復費用にあてられる、
という仕組みを考えたんです。

誰も損しない。
みんなが「明日の神話」を見られる。
それから市民社会に
もうひとつの
別の価値を持った通貨ができる。
「タモリさん、
 今の芸はおもしろかったです。
 5太郎あげます。
 あったかいもんでも
 食べるわけにはいかないか」
みたいな。
 
タモリ もうちょっと欲しい。
 
糸井 (笑)足りなかったんですか。

中沢くんは、
これからどうしたいというのを
話してもらえますかね。
 
中沢 ぼくは何年も前から
サンタフェ研究所みたいなものを
作りたかったんです。
 
糸井 はい。
 
中沢 アメリカに
サンタフェ研究所というのがありまして。
いちばんの核になる部分は
複雑系という科学理論でした。

それを科学者だけじゃなくて
詩人やらアートをやる連中やら
パフォーマンスやる連中なんかも
飲みこみながら、
複雑系という考えを
多方面的に展開していくシステムとして
作ったわけです。

それでこういうものが
日本にも必要じゃないかと
考えていたんです。
そのアイディアを持って
何年もやっていたんだけれども、
うまくいきそうになって失敗したり。
しょうがないからそういうものは
独力で立ち上げなきゃいけない、
と思っていたらタモリさんが
「サンタフェいいね。
 ぼくもサンタフェ目指していた」と。
はじめは
宮沢りえの写真集かと思ったけど(笑)。
 
タモリ いやいやちがうちがう。
たしかに好きですけれども。
 
中沢 よく聞いてみたら
そうではないらしくて。
 
糸井 格子のドアですよね。
 
中沢 中洲産業大学のかなたに
サンタフェ研究所みたいなものがあるらしい、
と知った時、これは自分が考えてきたことは
勝手な思いつきじゃなかったな、
時代が求めるものだということを
実感したんですね。
 
糸井 それはぼくも求めていますよ。
タモリさんは中洲産業大学を
でかい飲み屋でもあるものとして
考えていたわけですよね。
 
タモリ そうそう。
 
糸井 サンタフェ研究所っていうのを。
 
中沢 あれも飲み屋です。
 
糸井 朝メシを食ったあとで講義を。
 
タモリ 本当に
何か食っているんですよね。
酒を飲んでいるんですよね。
 
糸井 で、場所なんかどこでもいいから
違うジャンルの人が話しあっていると。
 
中沢 いろんなジャンルの人間がいて、
一緒に話をするから
頭の中がたしかにごちゃごちゃになるけれど
いったんそれを通過するとね、
いろんなアイディアがでてきますからね。
 
タモリ これ多方面にいくとおもうんですよ。
もちろん経済活動にもいくし。
いろんなところに、いくと思うんで。

(明日に、つづきます)
 
2006-02-04-SAT


もどる