糸井重里:広告、トマト、そしてTシャツ
Category: 国内, イベント&展示会, 特集2 Jun 2006
コピーライター、糸井重里。日本の広告業界で、その名を知らない人はいないだろう。いつまでも人々の記憶に残る名コピーを生み出して続ける糸井氏だが、この8年間休むことなく毎日、インターネットホームページ「ほぼ日刊イトイ新聞」を発行しながら、ゲームの開発から野菜作り、そしてPingMagと共に国際的なTシャツ・プロジェクト「T-1ワールドカップ」までを手がけるマルチ・クリエイターでもある。本日はPingMagが、東京・青山にある糸井重里事務所にて、糸井氏に直接お話をうかがった。
インタビュー:チエミ
まずは、自己紹介からお願いします。
職業としては、今でもたぶんコピーライターだと思います。一番長くやっているのは、広告のコピーですね。コピーライターというキャリアの後半の方では、クリエイティブ・ディレクターをしています。最近では、プロデューサーだったり、プランナーだったり、オーガナイザーだったりもしています。今現在は、8年間「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトを運営していて、そこが中心になっています。
広告業界で常にトップを走り続けている糸井さんが、自分のメディアを持ったり、ゲームを開発したりすることになったきっかけは何ですか?
簡単に言うと「決裁」でしょうか。最終的なジャッジを自分以外の人間にされ続けていると、自分が何をしていいのか分からなくなるんですよね。説得も、プレゼンも、交渉もするけれど、他人のジャッジを認められないという状況になった時に、俺の人生はおしまいだ!という気持ちになってしまうんですよ。それは、お互いに良くないので、自分が考えたことは自分でジャッジして、ミスした時はそこから新たな何かを学びたかったんです。
糸井氏が開発した「 MOTHER3」のソフトと 特別仕様のゲームボーイミクロ。「MOTHER2」は、アメリカでは「EarthBound」という名で知られている
“奇妙で、おもしろい。そして、せつない。” ロールプレイング・ゲーム「MOTHER3」
そうすると、今は自分でジャッジできる分、責任は以前よりも重くなったのではないでしょうか?
以前の責任も決して軽かった訳ではないですよ。広告って代理でクリエイティブを作るっていう仕事じゃないですか。僕は引き受けませんでしたが、以前、政治のキャンペーンの依頼などもありました。でも、僕がどちらかの党派の広告に携わることで勝ち負けが左右されたら、政治的な責任を問われる可能性もありますよね。そうやって考えると、今は負っている“責任”の種類が違うのかもしれませんね。今は責任取れますよ。取れることしかやらないので。責任は軽くなったとは言わないですけど、昔の方が嫌な責任は多かったですね。
糸井さんはジブリ・アニメのコピーや、矢沢永吉さんとのお仕事など、“書く”という仕事だけでもかなり幅広く手がけていらっしゃいますが、「受ける仕事」と「受けない仕事」の境界線は何でしょうか?
自分が頼んだ仕事とイコールになればいいんです。例えば、誰かに仕事を頼まれたとしますよね、すると「この仕事を俺が思いついたら、彼に頼むだろうか」と、逆に考える訳です。そこで「そんなの頼まないや」と思ったら、やらないんです。
例えば、“この頃魅力的な女”について800字書いてください、みたいな仕事がよく来るんですが… だいたいやらないですけどね(笑)。そういうのが来た時には、自分が「“この頃魅力的な女”について800字書かせてください」と言うかどうか、ということなんです。それは言わないし、だからやらない。それが全てですね。
でも、こんなことが言えるのってとても贅沢で、他の人には「あんただから言えるんだ」って言われちゃうんですよ。でも、僕は今自分がやれるサイズで言うことしかできない。だけど逆に言えば、タダの仕事をするのもへっちゃらですよ。
実際にタダの仕事を本当に受けるとしたら、会社としては一大決心ですよね。その場合の正確なジャッジは何ですか?
僕が一生懸命やることに対して、社内で直接その仕事に関わっていない人間も拍手してくれるかってところですね。だから、僕自身の意思ではあるけれど、会社の仲間の意思でもある。相談もしますよ。「やだな」と思っている人が一人でもいたら、あまり良いことじゃないですよね。でも、そういうのはなんとなく分かりますので、初めから断ることが多いです。ただ、みんなのジャッジが僕に似すぎてくると、これもマズイですよ。全然儲かりませんから。
でも、仲間意識が強いと、色々似てくるのでは?
そうなんです。だから、こんなに働いてるわりには、うちの会社は儲かっていない(笑)。それはでも…仕方ないですよ。会社として、若いんだから!
そういえば、最近、野菜プロジェクトも行われていますね。どんなきっかけだったのですか?
糸井氏が足しげく通う静岡県の永田ファミリーのトマト
“食べること”が好きだったんでしょうね(笑)。あと、びっくりするほど美味しい野菜に出会ったんですよ。それはある人が考えた作り方で作られているんだ、ってことを知って「だったら日本中の野菜がみんなそうなればいいじゃないか!」と思ったんです。その人は、野菜に対する徹底的な管理教育を行っていたんです。
野菜の管理教育…ですか?
つまり“放っておくこと”も管理しているんですよ。例えば、子供は山で育てた方がいいと思ったとする。でも、現実にウサギを追いかけられるような場所にやろうと思ったら、大変なコストがかかりますし、それは実は“管理”ですよね。本当の自由って勝手にやらせることですよ。天然とか自然を意識することは、管理だと思っています。
ちなみに、そのきっかけとなった野菜はどちらのものだったのでしょう?
知人のところで飲ませてもらったトマト・ジュースなんですよ。
これがそのトマト・ジュース。無添加なのに、とても甘い。衝撃の味。
社内には若い方が多いですけど、入社してから「野菜の仕事…?」と思う方はいないのですか?
そんなこと言い出したら、うちの仕事はみんなそんな感じだと思いますよ。「これをするつもりだ」っていうのは前の経験からくるものであって、後で活かしてくれればいい。仕事には“今乗るべき輝き”みたいなものがあるんですよ。その時が来たら、泥まみれになってものるべきなんですよね。最後に利益につながらなかったとしても、後で「助かりました」とか「勇気が出ました」と言われるだけで嬉しいですからね。それはお金じゃ買えないでしょう。
農業の仕事でも儲け方は色々だけど、僕らは一番得意なところから始めようと思って、これがあれば誰でも野菜が作れるというDVDの教材を作ったんです。制作には1年もかかりましたが。うちはそれを売る事で利益を上げていますが、正確に計算すると、赤字だと思いますよ。人件費とか、かかってる時間とか。昔はこんなことで悩まなくてよかったけど、これほど面白くはなかった。今は悩んでる分だけ、面白いですね。
そういう風に思える仕事ができるって、幸せなことですね。
本当にそう思います。ただ休みがないんですよ!コンピューターの影響もあると思います。昔はシングル・タスクだったのに、今はダウンロードしながら他のことができて、なおかつ人の話を聞いたりできてしまう、マルチ・タスクなんです。それがみんな当たり前だと思っていますけど、それは……うそだ!だから、皆にはそうしなくていいようにしてあげたい。元の職場の関係でこの人はこれが出来ると分かっていると、マルチ・タスクを背負わされる。だから、編集の仕事ってどんよりする可能性が高いですよね。
えぇ……。では、糸井さんにとって「仕事」とは、一言で何でしょうか?
半分はやりたくて仕方のないこと。ゲームを開発できるなんて…お金を出して買えることじゃないですよね。あと、緊張感やスリルもあります。こんなことは、そんなに沢山はできないですよ。
デザインを見ながら、T-1ワールドカップの話をする糸井重里氏
では、現在手がけていらっしゃる、国内外のデザイナーがTシャツをデザインするというプロジェクト「T-1ワールドカップ」について。まず、「T-1」とは何でしょう?
定義は簡単にできないですが、アート作品と大量生産の商品の間にあるものを生み出したかったんですよね。日本だと工芸品がその例です。名人が作った漆塗りのお盆っていうのは、祖末に扱うと作った人に失礼ですけど、美術館の展示品としては成り立たない。でも、そのジャンルを増やしていかないと、人は“捨ててもいい物”と、“絶対手に入らない物”の二種類の物しか味わえないんじゃないかと思ったんです。面白い物は、本当はその真ん中にあるんですよ。捨てる時に惜しくないものなんて、面白くないと思うんです。だから、Tシャツっていう一番なんでもないものが、展覧会で飾られる訳でもなく、安売り屋に置かれる訳でもなく、大事にされる。そして、その仕組みを作る人、デザインする人、買う人、こういう人達の場所が出来るってことが、社会の在り方の見本になるものだと思っているんです。
T-1とは何か、という短い言葉で言うと、大事にされるべきものを生み出す現場、ってことでしょうね。
前回の「T-1」は、国内のアーティストだけで行っていましたが、今回はステファン・サグマイスター氏や、ナンド・コスタ氏など様々な方が参加して、かなりワールドワイドですよね。その理由は何でしょうか?
第1回目からそのような“欲”はあったんです。でも方法が思いつかなかったんです。1回目って、0回目だと思うんですよね。今回は2回目ですけど、事実上は第1回ですよね。それで、こんなにワールドワイドに出来たのは本当に運が良かったし、僕たちがそっちを目指してたから出来たことだと思っています。
「T-1ワールドカップ」に出場するのは、全24組。参加アーティスト達のTシャツが随時アップしていきます!
では、前回の国内だけのものと比べて、規模が大きくなった今回はどうなると思いますか?
僕たちは、話せば分かるということをいつもやっちゃうんですよ。共通の知識があるんで。例えば、ある時代に流行ったキャラクターを使って「これ今いいよねー」と適当に言える。でもそれをオランダの人に見せても、分からないでしょ。そういうことができなかった時に、主語、述語、目的語が重要になってくるんですよ。
英文法の構造が日本語の曖昧さを学ぶべき時代なんじゃないかと思いますよ。そして、同時に日本人も主語、述語、目的語を意識するべきだと思うんですよね。その場として、T-1を活かせるといいですよね。今、実現しかけてるのが、渡辺謙さんですよ。あの人がやってる芝居とかコンセプトの伝え方って、日本人しか分からないことも含めて、海外の人にも分かるように作ってるんです。翻訳する時も、映画を作る時も、国際的に上映するってことを意識してシナリオを作ってますよ。それって、僕らがこうやっていくことで分かる事ですよね。
例えば、ビートルズが「Let It Be」となぜ付けたか。「Let It Be」って変な言葉でしょう。Beだけでいいの?なにそれ?って話ですよ。つまり、あれだけ大勢の西洋人が「Let It Be」と歌ったんだから、お前らもわかるだろう?(スタッフの皆さん、爆笑)「Let It Be」のアクティブ版が「Just Do It」ですよ。それだって主語とか述語とかなくて、ある“行為”があるってことでしょう。「Just Do It」っていうのはあれだけみんなに伝わってるけど、「誰が何したの?」なんて誰も聞かないでしょう?
例えば、「SAYURI」を見た時に、日本人は「嘘だろう!?」って思うけど、日本人も出演しているとなれば嘘とは言えない。この間、渡辺謙さんが芸者も忍者も出ない日本映画を輸出したいって言ったんです。サラリーマンが出てくるんですよ。僕らもそんな気持ちがありますよね。ことさらに、禅だの俳句だの言わなくても「Let It Be」があるじゃないかと。
同じく「T-1ワールドカップ」より。
全く関係ないかもしれませんが、初めて買ったTシャツはどんな物でしたか?
はっきりとこれがいいなと思って買った初めてのTシャツは、法政大学の生協で買ったTシャツなんですよ。俺はいいと思うんだけど、これをいいと思う俺はいいのか?と思いながら着てたんですよ。ちょっとアブストラクトなイラストでしたね。
法政大学、って書いてあるものじゃなかったんですね。
それはダメでしょう!でも690円ぐらいの安いTシャツでしたよ。当時タバコは120円ぐらいだった時代ですよ。それを着てる自分は嬉しかったというか、誰も褒めてはくれませんでしたけど。不思議なのが、その後そんなに覚えてるTシャツはないんですよ。自分がいいのか悪いのか分かっていない時期っていうのがあるんですよね。その時って面白かったですね。Tシャツを染めたり、ジーンズを履いてわざと壁に擦ってみたり。分かってない時期をもっと大切にしておけば良かったと思いますよ。
では、PingMagはバイリンガル・マガジンですので、日本から世界に向けてメッセージをお願いします。
なんだろう。「愛」ですかね。この間、マイケル・クライトンが長いインタビューに答えていたんです。アメリカが京都議定書にサインしなかった理由は、京都議定書に書かれている二酸化炭素の問題が証明出来ないからだ、っていう小説を書いてる人なんですが、それにまつわる長いインタビューの後で、メッセージは?と聞かれて、躊躇なく「LOVE」って書いてあったんです。これは、分かりますよ。今、分かる「LOVE」の面白さ。
愛といっても、いろんな愛の形がありますが…
そうなんですよ。それがね、「肯定」。肯定する力。最近って、逆が多いですよね。「告発」に関しての本なんか、いっぱい出てるでしょう。どっちがより良く告発できるか、みたいな話ばっかりですよね。その中に愛なんてないですよ。
では、最後にお聞きします。サッカーの方のワールドカップでは、ズバリどこが優勝すると思いますか?
ブラジルでしょう!ロナウジーニョが今きてるんですよ。時代を象徴するのは、ロナウジーニョですよ。彼があの笑顔で世界の頂点で立たないと、ワールドカップの完成品ができないですよね。でも、違う人が出てきた時には、その人はものすごい輝きでしょうね。そして、ものすごい大物になると思いまよ。今、ロナウジーニョの子供の頃の映像が、日本のテレビで流れてるじゃないですか。あれは…すごいですよ。選ばれた人の顔ですよ。同じですもん、笑顔が。
糸井さん、今日はお会いできて本当に良かったです。ありがとうございました! |