ほぼにちわ、ほぼ日・スガノです。
詩人の谷川俊太郎さんが
読者のみなさんの質問に答える
人気連載の「谷川俊太郎質問箱」が
一冊の本になったのは、2007年の夏のこと。
その本を新宿の書店で発見した、
ひとりの男の人がいました。
韓国の出版社「イレ出版」の社長さんです。
そして、「ぜひ、韓国でこれを本にしたい」と
「ほぼ日」あてに連絡をくださいました。
著者の谷川俊太郎さんに訊ねてみたところ、
「これまで自分の詩の本が翻訳されることはあったけど
この『質問箱』が海を渡るって、おもしろそう!」
とおっしゃいました。
それから数ヶ月後、イレ出版によって
韓国語版『谷川俊太郎質問箱』ができあがりました。
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韓国語でタイトルが書かれた
『谷川俊太郎質問箱』の現物を手にしても、
なんとなく実感がわきません。
この出版にあたって
コーディネートをしてくださった方からは
「ちゃんと本屋さんに並んでますよ」
と連絡があったものの、
ほんとかな? と思った私は、
韓国語版『谷川俊太郎質問箱』進行担当の
キノシタといっしょに、思い切って
韓国まで確かめに行くことしました。
勢いで計画を組んだものの、出発日が
ふたりとも忙しい時期に重なり、
下調べ不足で向かうことになってしまいました。
「通貨って何か知ってる?」
「わかりません。
ホテルまでの行き方もわかりません」
「では、空港からタクシーに乗る?」
「タクシーに乗っちゃったら
仮払いで会社に申請したお金を
使いきっちゃうと思います」
「経費、全部でいくら申請した?」
「1万円」
というような会話を飛行機の中で交わしながら
ソウルに降り立ちました。
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キノシタは、かなり楽天的な性格の持ち主です。
「わたし、韓国には来たことあるんですよ。
ソウルじゃなくてプサンですけどね」
などと言い、どのポイントで何を安心したらいいのか
わからないような発言をくり返します。
そういえば、糸井重里から
本のPOP(ミニ広告)を持っていくように
指示されたのですが、
まったく忘れていたことに気づきました。
キノシタは持っているでしょうか。
問いかけると、当然のように
「持ってません」
という答えです。
じゃ、『谷川俊太郎質問箱』の本は?
「持ってません」
日本語版も、韓国語版も?
「残念ながら」
ということは、一冊も手元に本がなく、
資料もありません。
つまり、韓国で
「この本を置いていますか?」
と訊けるネタが、何ひとつありません。
あああああああ‥‥と頭を抱えていると
キノシタは「あ!」と言ってカバンをさぐり
フォトアルバムをおもむろに取り出しました。
「わたし、谷川さんの写真、持ち歩いてるんですよ
ほら!」
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どうして谷川さんの写真を持ち歩いてるのだろう‥‥と
思いましたが、キノシタは、
営業で本屋さんに伺うとき、
この写真を店員さんに見せたり
ときどき自分の心の励みにしたりしているんだそうです。
もはや我々はキノシタ愛蔵の「谷川さんの写真」に
頼るしかないようです。
韓国の方に「詩人」と通じなければ
わりとこう、元気なおじいさんのような写真を頼りに、
韓国語版『谷川俊太郎質問箱』を置いている本屋さんを
広いソウルで探すのです!
「これで、余裕ですね」
と笑顔のキノシタに、
もはや私は、じりじりした気持ちは抱きません。
かえってすがすがしい気分です。
しかし、我々が降り立ったソウルは、
巨大なオフィスビルが建ち並ぶ巨大な街でした。
本屋さんがどこにあるのか、見当もつきません。
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考えてみれば、ガイドブックには
「本屋さん」って、載ってないのですよね。
「本、本」
とうなされたように歩いていると、
目の前に突然、多量の本が現れました。これは驚きました。
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しかし、どうやらこれは古本市のようです。
古本市には『谷川俊太郎質問箱』は
ないだろう、と我々は一瞬にして肩を落としました。
言葉のわからぬ見知らぬ地で
一冊の本を探すのは、むずかしいことです。
足取りも重くなってきたころ、
英語だけはちょっと理解できる我々は、
すがりつくようにある文字を発見しました。
両者目を細めて読み取ったのは
「Book Centre」。
まぼろしかと思いましたが、本屋さんのようです。
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入口から地下に下りると、そこには
巨大書店スペースが広がっていました。
しかし今度は売り場が広すぎて、
どの種類の本がどのコーナーにあるのかがわかりません。
まずはとりあえず、ベストセラーのコーナーに
足を運んでみることにしました。
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ま、ないです。
ベストセラーにはないです。
しかし、ここでもう探す手段がありません。
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平積みにしてある本を片っ端から探しましたが、
韓国語版『谷川俊太郎質問箱』は見つかりません。
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書店を何周も徘徊して、軽い疲労感を感じ、
目を白黒させはじめたとき、
キノシタがおもむろに言いました。
「出版社の方に電話して、
どの本屋さんに卸しているのか訊いてみましょうか」
‥‥‥‥その手だ!(早く言え、キノシタ!)
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というわけで、助っ人に来ていただきました。
韓国語版の『谷川俊太郎質問箱』出版にあたり、
コーディネートをしてくださったチョンさんです。
「店員さんに訊いてみたんですが、
この書店は、売り切れてしまったようなんです。
昨日までは在庫があったらしいんですが」
ええ!?? 信じられないです。
どこの書店にも卸してないのでは、と
疑いを隠さない我々を引っ張って、
チョンさんは、すぐ近くにある
別の本屋さんに案内してくれました。
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チョンさんによると、ソウルの本屋さんは、
地下鉄の駅とつながっていたりする関係で、
地下にある場合が多いんだそうです。
だから本屋さんが見つけづらいんですね。
そうこうしているうちに、
ちょっとおしゃれな雰囲気の本屋さんに到着しましたよ。
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チョンさんが検索機で
店内のどこに本が置いてあるか、探してくれます。
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「どうやら新刊コーナーに
あるみたいですよ!」
それはすごい。
新刊コーナーに‥‥あ!
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ありました、ヒラリー・クリントンさんの
本の横に!
ほんとにありましたよ!
わーい。
せっかくなので、キノシタ愛蔵の谷川さんの写真と
並べて記念写真を撮りました。
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谷川さん!
ソウルで売っていましたよ、『谷川俊太郎質問箱』が!
うれしいのですが、店先で
日本語で大騒ぎするわけにもいかないので、
なんとなく1冊、買ってみました。
9800ウォンでした。
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チョンさんは、
「あれ? たくさんお送りしたと思いますが、
なぜ、買うんですか」
と言い、不思議そうに眺めておられましたが、
持ってくるのを忘れましたので、ということは
伏せておきました。
調子に乗って、チョンさんの案内で
もう1軒、行ってみましょう!
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また地下ですね。
やっぱり見つけにくいです。
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チョンさんが
「ここの本屋さんも新刊コーナーに
置いているみたいですよ」
と言うので、行ってみると‥‥ありました!
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ばんざーい。
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ここでも、うれしさを「購入」(および忘れもの補充)
というかたちで表現することにしました。
たしかに、韓国語版『谷川俊太郎質問箱』は
ソウルの本屋さんに並んでいました!
パネルを貼ってくれている本屋さんもありましたよ!
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日本では、すでに4万9千部に達しているのですが、
韓国ではどうなんでしょうか、と
チョンさんに訊いたところ
「残念ながらベストセラーというわけではありません」
というお答えでした。
韓国の本屋さんにはたくさんの本が並んでいることが
今回、わかりましたが‥‥
「韓国では、読みものの本としては、
・パッと見て“ためになる”ようなもの
・ギッシリおもしろい“読みごたえある”雰囲気のもの
が売れます。
表紙やタイトル、装丁を工夫して
そういった本であることをアピールしている本が
多いと思います」
と、チョンさんはおっしゃいました。
それは、日本も似ているかもしれません。
それから、我々3人は
豚の三枚肉を焼く焼肉屋さん
(ソウルではいま、豚の三枚肉が流行しているそうです)
に入って、夕飯をいただきながら、
ときどき『谷川俊太郎質問箱』をめくり
本についてたくさんの話をしました。
韓国で、日本で、
それぞれの人や作家が作りたい本、残したい本、
人気のある本、支持される本について。
それぞれの国で、
人気と内容が何層にもうまく絡み合って往復している
お互いがおすすめしたい本について。
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長い話をしたあと、チョンさんにお礼を言って別れ、
そのまま私とキノシタは、東大門まで移動して、
なんとなく焼き魚屋さんに入ることにしました。
そうしたら、店の前でいきおいよく
お魚を焼いていたおばさんが話しかけてきました。
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「なんで日本人が韓国語の本を読んでるのか」
「(キノシタ愛蔵写真を見て)
これは、あなたたちのおじいさんの本か」
「た‥‥にかわ、しゅんたろー」
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おばさんは、店番もそこそこに、
ゆっくり『谷川俊太郎質問箱』を眺めます。
‥‥もし、もしよかったら、
さしあげます、その本。
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「ほんと? 私に?
‥‥カムサハムニダ」
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おばさん、気に入ってくれるといいなぁ。
そして、あの「死ぬのはいやだよの質問」とか
「おふろの質問」について、
誰かに話してくれるとうれしいなぁ。
一夜明けて、日本へのおみやげに
キムチを買って帰ろうとお店を回っていると、
店員さんがまた我々に話しかけてきました。
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「なぜこの本を持ってるのか」
「しーつもんーばこー たにーかわー」
あ‥‥あの、よかったら‥‥
「プレゼント?」
こちらが言い出す前におっしゃいましたが、
はい、よかったら、さしあげます。
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「ほんとに? ほんとに?
ありがーと!」
読んでくださいね。
おもしろいですから!
実は、韓国語版の『谷川俊太郎質問箱』を
出版するにあたって、
少しだけ迷っていた時期がありました。
迷っていた原因のひとつは、我々「ほぼ日」が
制作部分まで深く関わることができない、という
ことにありました。
それでも、『谷川俊太郎質問箱』は
海を渡ったほうがいい、と思えたのは、
糸井重里の次の言葉があったからです。
「例えば、韓国に住む誰かが
あの“死ぬのはいやだよ”というさえちゃんの質問と
谷川さんの答えを読んでくれるんです。
日本では、こう考えてる詩人がいるんだよ、って
伝わるんだと思ったら‥‥?
きっと、それだけでも、いいじゃない」
『谷川俊太郎質問箱』は、
ひとつずつの質問と答えが、じわじわ
味わいが深いと思います。
韓国のみなさんに、長く
たのしんでいただけるとうれしいです。
日本語の『谷川俊太郎質問箱』は
こちらのページで販売中です。
以上、ほぼ日ニュース韓国編でした! |