2012-12-07-FRI |
糸井 | 西水さんはご本の中で、 ひとつの大きな転換点になったのが パキスタンの村へのホームステイだと お書きになられていましたが、 それはご自分で、 「ホームステイをしなければ」と 思われたわけですか? |
西水 | 直接のきっかけは、 パキスタンですばらしい活躍をしていた NGOの会長さんです。 私が南アジア地域の局長になったとき彼が、 「ミエコもそろそろホームステイしなきゃね」 と言ってくれて。 その会長さんとは何年も一緒に仕事をしていて あうんの呼吸で通じる間柄でしたので、 気軽に「そうだね」と答えていました。 あとはその方がぜんぶ、 アレンジしてくれはったんです。 |
糸井 | きっかけは、その方。 |
西水 | そうそう、その人です。 私の殻を破ってくださったんですよ。 |
糸井 | それは、かなり大きなことでしたか。 |
西水 | 大きかったです。 あまりにも大きい体験でした。 |
糸井 | 具体的にうかがってもよろしいでしょうか。 |
西水 | ホームステイをさせてもらったのは カシミール地方の貧しい村でした。 ステイ先のちいさな家に入れていただいて、 リュックを置いて、 ホームステイ先のお母さんに紹介された その瞬間に‥‥。 |
糸井 | ええ。 |
西水 | 「イヤだ、ぜったいイヤだ!」 って思ったんです。 こんな教育のない、字も読めない、 やせ細った女性に 自分の身の安全を委ねるのは 「ぜったいイヤだ!」って‥‥。 |
糸井 | はあー。 |
西水 | 自分のたましいの半分が、からだから離れて、 天井から冷たーい目で状況を分析していました。 その冷たい目が、何を見たのか‥‥。 貧しい人々を見下す自分です。 私はそれまで十何年もえらそうに、 「貧困解消、貧困解消」と言い続けていました。 その自分が目の前の人を見下している。 無意識だとはいえ‥‥ いや、無意識だからこそ恐ろしい。 ね。 自分の中の「鬼が出た」んです。 |
糸井 | はああーー。 |
西水 | その「鬼」を見つけた途端、 背すじがゾッとして、 震えが止まらなくなりました。 もう、おそろしくておそろしくて。 |
糸井 | ‥‥‥‥。 |
西水 | そんな私を、お母さんが慰めてくれたんです。 ‥‥慰められたんですよ。 お母さんは、 この先の生活のことを説明してくれました。 ゆっくり、ゆっくりと。 |
糸井 | ‥‥。 |
西水 | それを聞きながら私は、 あれは、なんていうんでしょう‥‥ 自分がそれまで裏返しに着ていた 洋服の正しい側が パッと表に出てきたような‥‥。 そういう感触がたしかにあったんです。 |
糸井 | 肉体的な感覚として。 |
西水 | そう、とても肉体的な。 あの時の感触は、いまだに残っています。 そしてそのとき、 私の中の本気のスイッチが入った。 ‥‥いっつも私、そう言うんです。 |
糸井 | 決意して行かれたというよりは、 本気のスイッチを「入れられた」んですね。 |
西水 | 「ピチンッ」って音まで聞こえた感じ。 もうそれ以来、 この世におそろしいもの、ないですよね。 ほんとにもう、おそろしかった。 |
糸井 | ‥‥いまのお話は、 いま起こったように聞こえました。 |
西水 | だって、感触がまだあるんですもん。 ゾクゾクしますし。 |
糸井 | その家を紹介してくれた方は、 そのお母さんだったら あなたに何かを起こせると予測して 選んでくださったのでしょうか? |
西水 | そのNGOのやり方では、 ステイ先をこちらで選ぶことはできないんです。 まず村の長に、 「こういう世界銀行の副総裁がいます」 と伝えます。 そして、 「こんな目的で村にホームステイしたいんですが、 どう思いますか?」 と聞くんですね。 |
糸井 | はい、はい。 |
西水 | それから村長さんが村の人たちと話し合って、 受け入れたいという反応が出たら、 やっとステイさせてもらえる。 |
糸井 | ああー。 |
西水 | 村ぜんたいで話し合って、 「ホストになりたい人は?」 と手を挙げてもらうんです。 後で聞いたことですけど、 私の場合は2、3家族が 手を挙げてくださったそうです。 その中でいちばん貧しい未亡人だったお母さんに、 村長さんが 「ならばお前のところに」と決めてくださって。 |
糸井 | ぜんぶ村の人たちが決めることなんですね。 初めから、スタートは向こう。 |
西水 | そう、自助自立精神というのは、 そういうものですよね。 |
糸井 | そうじゃなかったら、 きっとなにか違ったでしょうね。 |
西水 | 最初から向こうじゃなかったら、 できなかったでしょう。 家族の一員になりきるんですから。 |
糸井 | そうか。 |
西水 | それでステイさせてもらって、 教えてもらいました。 貧しさってどういうものなのか。 |
糸井 | ああ‥‥経済を勉強なさっていた方が、 「貧しさってどういうものなのか」 という言葉をおっしゃるというのは、 すごいですね。 ふつう、経済学者というのは、 「貧困はこんなふうに解消します」 と発する人々ですよね。 |
西水 | はい。 私もその考えで、人生のほとんどを過ごしました。 学問としての経済だと、 「1日1ドル以下の 生活を強いられる人=貧しさです」 とか、言い切っちゃうでしょう。 現実は、それでは言い表せないですよね。 |
糸井 | そうですね。 |
西水 | 貧困を解消しようと、 何をすべきか深く考え始めると、 「1日1ドル以下=貧しさ」というだけでは 考えがまったく進まないんですよ。 問題解消につながる 窓みたいなものを開けてくれる方法は、 そのやりかたでは見えない。 肝要なのは‥‥ 「貧困」という状態を精神的に計ること、 とでも言いましょうか。 |
糸井 | 「貧困」という状態を精神的に計る。 あぁー。 |
西水 | 見えない尺度で計るんです。 たとえば、 パキスタンのお母さんと最初に会ったとき、 彼女が英語で、 「This is not life. This is just keeping a body alive.」 って言ったんですよ。 「これは人間の生活ではない。 動物のように、ただ体を生かしてるだけだ」 と。 そういう日常生活を彼女は、 ゆっくりゆっくり説明してくれました。 朝起きて、水汲みに行って、 次は何をして、という。 毎日おんなじことの繰り返しで。 それをするだけで精一杯で。 この先死ぬまで毎日、毎日、毎日、毎日、 おんなじことを繰り返すだけの人生しか 望むことができない‥‥と。 ‥‥そういうことを感じて、 それを精神的に計ることが、たいせつなんです。 |
(つづきます) | |
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