2012-12-12-WED



西水 ブータンの国王陛下は、そんなふうに
「善い民主制はダンスという芸術に似る。
 指導者と民のダンスだ」
とおっしゃっていたんですけれど。
糸井 はい。
西水 陛下はその、
みんなが同じビジョンや価値観を
共有するための音楽は、
人間の持つ、あたりまえのことから
生まれるんだとおっしゃるんです。
人間がもともと持っている
あたりまえのことが、
善い民主制では必ず背景になるはずだと。
糸井 あたりまえが、背景に。
西水 「理由はわからないけれど、
 もともと人間が持っているあたりまえのことが
 あたりまえじゃないことにされているのが、
 いまの人間社会じゃないのか?」
と、お話しくださったこともあります。
糸井 見事ですね、それは。
西水 ブータンの国民は、当時の国王陛下のことを
あだ名的な呼び名でね、
「非常識な常識を持つ人」と呼んでいたんですよ。
本当にそういう方だと思います。
「すべてはあたりまえ」だとおっしゃってた。
糸井 すごい。
よくわかった方ですねぇ。
西水 ええ、仏様みたいな方。
「あたりまえでないのは、
 ぼくが別に応募もしてないし
 採用条件にも合っていないのに
 生まれだけで国王になったことだけ」って。
いつもこの話を聞いて、笑っていたんですけど。
糸井 たしかに、応募はしてない(笑)。
西水 きっと、赤ちゃんのままで
大きくなった方なんです。
そりゃあもう読書家で、
さまざまなことを勉強した方ですけれど、
人間としては、
赤ん坊のままで成長してこられたような。
好奇心がものすごくて、
リーダーシップがすごくって。
糸井 とても明るい感じを受けますよね。
西水 ええ、そこにおいでになるだけで、
こちらまでうれしくなっちゃうっていう。
そんなオーラをお持ちの方ですね。
赤ちゃんって、そうでしょう?
糸井 それは、そうなるように、
鍛え抜かれた方のような気がします。
「鍛えて固める」がふつうですけど、
「鍛えてやわらかくする」も、あると思うんですよ。
一所懸命に鍛えて、
赤ちゃんのようにやわらかくなった方なんでしょう。
西水 なるほど、そうかもしれません。
糸井 ぼくは去年、ブータンに
ふざけた観光旅行をしてきたんです。
旅行をしながら、ずっと、
「みんなの幸せを増やすことを
 やろうとしている
 すごい誰かさんがいたんだなぁ」
ということを感じていました。
西水 はい、はい。
糸井 行ったのは震災から数ヶ月の時期で
中止しようかと迷ったんですけど、
「いや行くべきだ」と思って行きました。
それで実際、
ほんとに行ってよかったと思ったんです。
「何もなくなった」
と感じている東北の人が、
「もっと何もない土地の人たちから学べるよ」
という、とってもいい例だと思って。
「無いは有る」だし「有るは無い」だし。
それをブータンでは、
見事にみんながやれてるなぁっていう。
西水 そうですねぇ。
糸井 だからそう、
みんなでダンスをするための「同じ音楽」が、
ずっと鳴っている感じがありました。
西水 はい、はい。
糸井 あれは、誰が鳴らしているのか、
どうやって鳴っているのかわかりませんけれど、
すごいことですよねえ。
西水 そう。すごいんですよね。
糸井 ああいう「毎日同じ音楽が鳴っている」感じ、
西水さんはブータン以外の他の国でも
経験なさってます‥‥よね?
西水 いえ、国のレベルでは他にないです。
ブータンだけ。
地域とかではありますけど。
糸井 ますます、すごいですね。
ブータンでぼくは遠くまで行っていないから、
歩ける範囲のものしか見てないんですけども。


▲糸井重里が「黄昏」で訪れたブータン


糸井 ただ、街の人には会いますから、
その人たちがどんなことを考えてるかという
片鱗がうかがえるわけで。
たとえば「日本語上手だね」と言うと、
「○○という先生が教えてくれて、
 ぼくはこんなに上手なんです」
と、その日本人の名前を言ってくれて。
その先生を語るときの彼のよろこび具合も、
敬愛が感じられて、なんだかとってもいい。
話に出てきた
その日本人の先生もいいなぁと思うし。
ああ、思えばあのときもまさに、
「同じ音楽」が流れていてましたねぇ‥‥。
西水 ええ、ええ。
糸井 なんでもない農家のおじさんと会ったときでも
すごく楽しかったんですよね。
「ブータンで子供を作ってから帰りなさい」
とか言われて(笑)。
西水 わかります、その感じ(笑)。
糸井 なんだろう、子供なんですよね。
自分もそうだし自分より年上のおじいさんも、
まったく子供みたいで。
ちょっとわいせつなこととか、
肩をばんばん叩きながら言ってくる(笑)。
西水 夜這い、でしょ? ふふ。
糸井 そうそう、夜這い。
その話をもう、イキイキとしてる(笑)。
西水 夜這いに行って朝まで床を抜けなかったら、
もう結婚したっていう、そういう場所ですからね。
糸井 火のそばでみんな一緒に寝てるから
ほかの人を起こさないように、とか、
ほんとにやってきた人ならではのディテールが、
すごくて(笑)。
西水 家の人に見つかりそうになって、
窓から落っこちたとか(笑)。
糸井 そうそう、さっきの西水さんじゃないですけど、
昨日のことのように話すんですよ。
ちょっと息をあらげて、
「わかるだろ!」っていう感じで。
西水 (笑)
糸井 なんだろう‥‥
「国民総幸福量」という言葉の持つ
お題目のビューティフルな部分と、
ぼくがおじさんにバンバン叩かれてるあれとが、
同居している国なんですよね。
そのブータンの懐の広さみたいなのが、
ぼくはとっても好きで。
「これ、誰がやったことかは知らないけど、
 すごいの作ったなあ」と思って。
西水 ‥‥でしょう?
糸井 ええ。
ブータンの「音楽」、あれはよかったなぁ。
(つづきます)
2012-12-12-WED






世界銀行副総裁という立場から、
つねに「現場」に根ざした「国づくり」を
推し進めてきた西水美恵子さん。
こちらは西水さんが、各国で向き合ってきた
改革や支援のことを書かれた1冊。
出会われてきた素晴らしいリーダーたちや
草の根の人々の話をはじめ、
胸に響く話が多数収められています。

英治出版、2009年4月発行 
本体1,800円+税



西水さんが、自身の体験から
考えてきたことや学んできたことを
書かれたのがこちらの本。
リーダーの姿勢やありかた、
働くということ、危機管理の方法など、
さまざまな発見があるとともに
西水さんのまっすぐな姿勢が
読む人に勇気を与えてくれます。

英治出版、2012年5月発行 
本体1,600円+税