続・大村憲司を知ってるかい?
大村真司が聞く、父親のすがた。

大貫妙子
×大村真司
その2
「あ、憲司さん呼ぼう」って、
いまだに、思うんだ。


2000年、大村憲司追悼コンサートで。
手前いちばん右が真司くん、その左が大貫さん。

真司 そうそう、どれが好き?
オヤジの4枚のアルバム。
たー坊は、この中で選ぶとしたら。
どれが一番、心に残ってますか?
大貫 「春がいっぱい」かな。


真司 やっぱ「春がいっぱい」だね。
うん。やっぱりね‥‥というより、
この中っていうんじゃないよね。
たー坊なんかは、
自分のアルバムも、
オヤジの参加したもの、
いろいろあるしね。
大貫 とくに86年、7年ぐらいは、
もうツアーなんかも
ずっと一緒だったの。
中村哲さんと憲司さんと私で、
3人で毎晩、毎晩飲みに行ってた。
朝まで!
その3人っていうのがさ、
微妙なのよ(笑)。
ほら、2人でずっと飲んでると、
男の人と女の人と、恋愛関係とか、
いろいろと面倒臭いことに
なったりもするじゃない?
面倒臭いなんて
言っちゃいけないんだ(笑)。
でも、3人だと、これが、微妙にね、
そういうことにならずに、
だけどむちゃくちゃ仲いい、
っていう関係になっていくのよ。
真司 なるほど。へー。
なんか、面白そうだね、それ、なんか。
大貫 すごい楽しかったよ。
もう忘れられないもん。あの頃。
いろんな話し、いっぱいしたな〜。
── 大貫さんのアルバムでいうと、
どのあたりですか?
大貫 「スライス・オブ・ライフ」、
「Comin' Soon」とかですね。

 
── 大貫さんのアルバムの中の曲で、
憲司さんのプレイを、
これはぜひ、っていうのを
挙げていただくことできますか?
大貫 「サンシャワー」の頃もいいけど
やっぱり「スライス・オブ・ライフ」かな。
この前CD買いに行ったら、
Jennifer WarnesがCD化されてたの。
当時は勿論LPで聴いてたけど、
それ、手に取った時、
憲司さんのこと、いっぱい思い出して、
時間がぐるぐるもどっちゃった。
真司 懐かしいな。
小学生のときにね、
朝起きるときに
たー坊のCD、かけてたんだよ。
大貫 ふーん。小学生にしてはずいぶん、
マセたもの聴いてたんだね。
真司 俺、かっこつけたがり屋だったんだけど、
これはほんとに聴いてたな。
今もほんとに、たまに聴く。
オヤジが弾いてるやつは‥‥。
大貫 私のアルバム、いろんなのに、
ほとんど入ってますよ、
憲司さんは。
坂本龍一さんと作ってきたアルバムには、
必ず入ってる。

87年「アフリカ動物パズル」のコンサートでの憲司さん。
真司 オヤジって、
いいときはいい。でも、
ダメなときダメでしょ?
大貫 はい。
真司 ダメなときって、
なんでダメだったんだろう?
俺は、一緒に仕事したわけじゃないから、
わからないんです。
家に帰ってきて
機嫌悪いのはあるけど、
なぜそうなったのかっていうのは、
わかんなかったから。
大貫 ダメなときって、
いろいろあるんですよ。
ツアーの間でも
ダメになっちゃうときもあるし。
レコーディングの最中でも、
ダメになっちゃうときがあるし。
そういうのって、
本人しかわからないんだと思うよ。
真司 そうか。
大貫 あの‥‥すごく迷惑なんですけどね(笑)。
だって、ほんとにね、
脂汗とか出てきちゃうのよ、楽屋で。
具合悪いの? とか訊くと、
いや、大丈夫、とか言ってるんだけど、
もう脂汗でちゃって、
間違えまくっちゃうし。
ステージとかでも。
精神的なものだと思うんですけどね。
真司 そこらへんは、謎な一面だよね。
大貫 レコーディングでも、
延々、音、作ってるんだけど、
ほんとに作りたくて作ってるときと、
出かけてくるときから
虫の居所悪かったのかな?
っていうぐらいのときとあってね(笑)。
いつまでたっても、
ちゃんとプレイしないって
いうときもあったし。
真司 悪い演奏のときって、
俺がケンカした後とかだったり、
あるんだろうな、やっぱ、じゃあ。
大貫 ええ、人だから、
やっぱりあると思いますよ。
真司 ね。うん‥‥。
大貫 如実に出るしね。
でもねぇ、
いいときはいいんですよねぇ。
むっちゃくちゃ。
もう、おねがいします!!
っていうくらいよくて(笑)。
それ、憲司さんもわかってるから、
彼って、鼻とか唇とか
指でちょんちょんさわるクセあるじゃない。
それ、しながら、もう顔は満面の笑み!
忘れられない笑顔ですよねえ。
真司 印象に残ってる演奏とか、
ありますか?
これは凄かったって。
大貫 ツアーのときって、
やっぱり歌のバックだから
ソロ冥利に尽きる、
みたいな演奏の出番は、
あまりないんですよね。
また、歌、出てきちゃうから。
だから、いわゆる憲司さんの、
カクトウギセッションとか。
ああいうときに、凄かったね。


89年、神戸バンドの里帰りコンサートで。

真司 じゃあたー坊のライブとかでは、
名サポートというか。
大貫 うん、紳士な感じでね。
憲司さんってね、
女性にとても紳士なんですよ。
だけど、男の人には、
もう体育会系なのよ、
むちゃくちゃ体育会系なの。
乱暴なぐらいだよね。
真司 うん、それは知ってる。
なんか、そういう意味では、
二面性があるのかなと思う。
俺にはほんと体育会系だった。
でもやっぱ、そうだな、
女性には確かに紳士だった。
外面は絶対いいんですよ。
大貫 カクトウギのあたりのは、
若かったから、やっぱり
「これから」が真骨頂っていうか・・
真司 これから、って感じ?
大貫 やっぱり、ギターって、
弾く楽器なんだけど、
明らかに「歌」なんです。
真司 うん、うん。
大貫 ギターって、
歌ってるんだと思うんですよね。
でも、ギターで「歌う」っていうことが
できるようになるには、
やっぱり、時間がすごく必要だと思うし。
重ねていく時間が‥‥
経験や、いろんなことに対する愛情や
深い思いを重ねていく時間がね。
それは、絶対若いときは
無理だと思うのよね。
勿論、若いときにしか
出来ないこともありますけど。
真司 うーん‥‥うん。
大貫 だから、いま、
それが聴けないっていうのは、
ほんとに残念だけど。
‥‥っていうか、話してて思うんだけど、
ぜんっぜん、まだそこにいるような
気がしてしょうがなくて。
いっつもね、レコーディングに
呼んじゃおうかって思っちゃうのよね、
いまだに。ほんとに!
「あ、憲司さん呼ぼう」って、
ほんっとに思っちゃう時、
あるんですよね。
真司 そっか。
大貫 ‥‥でも、長生きすることが
目的ではないから、人間は。
どういうふうに生きたかって
いうことだから。
要するに中身だからね。
真司 誰が言ったかわかんないけど、
「サムライだった」って。
サムライってやっぱ、
志を大切にするから。
大貫 そうね。
真司 うん、それがこう、
認められないじゃないけど、
こう‥‥。
大貫 もう全くその通りだと思う!
うん。だから、やっぱり憲司さんは
自分の中に描いてるものがあったけれど、
憲司さんのそういうものを、
社会が認知してなかったと思うの。
必要にしてたのかどうかもわからない。
必要にしてた人は確実にいたけれど。
そうすると、我慢してまで、
やりたくないことをやるのは、
死んでるのと同じじゃない?
生きてたって。
だから、死んじゃったのかなと思う。
もうわかるもん。
もう私も死にたくなっちゃうもん、ほんと。
真司 だめだよ!
大貫 いや、ほんと(笑)。
いや、でも、すごい元気だから、
ぜんぜん死なない(笑)。
お酒いっぱい飲んでも死なない。
ぜんぜん肝臓悪くなんないしさ(笑)。
でもね、消えてなくなりたくなる時もあるよ。
真司 俺、若いけど、
べつに何をできてるわけじゃないけど、
そういうのがね、やっぱあるんだよ。
自分は降りたくないんだけど、
認められないから、
やっぱりそうやって認められる方向に、
行かなきゃいけないのかな? とか。
オヤジは多分、
考え方が決まってたぶん、
なおさら、そうやって自分が、
必要ないって思うような状況が
つらかったんだと思う。
大貫 若いときは、
模索してたと思うんですよ、
憲司さんだって。
でも、だんだんだんだん、
自分のほんとにいいと思うものって、
やっぱり洗練されてきちゃうの、
自分の中で。そうすると、ますます、
自分を殺してまで、
何かできないよっていうふうに、
どんどんなっていったと思うのよね。
そういう時期だったと思うんだ、やっぱり。
真司 うん‥‥そうだよなー。

大貫 ちょうど私のツアーの前に
死んじゃったじゃない?
だからさ、チッ(舌打)、
あーあ、外人となんか、
やりたくなかったのかなぁ、
とか思っちゃったりして(笑)。
真司 でもね、みんなそう言うんだけど、
そういうことではないんじゃないかな、
と思う。タカさんもそう言うし、
ミヤさんも、みんなそう言うんだけど。

*聖子さんから大貫さんに来たメール

「外人とやることを
 本当に楽しみにしていたし、
 ウチでは自慢していました。
 それに向けて、
 自分を調整しすぎたのでしょう。
 綺麗な心で弾きたいから
 「今のうちに心のシュクベン」を
 出しておかないとって
 ホントに言ってました。
 私だけに。
 ターボーのオーチャードには
 3週間ありましたから・・・
 彼はフとしたなにか
 狭間にはまったんだと・・
 しか思えません。
 いつも生還してきたのに」

大貫 結局何だったの?
肝臓で、飲みすぎたんでしょう?
で、心臓が苦しく
なっちゃったんでしょう?
真司 そうそうそう。
大貫 飲まずにいられなかったんでしょう?
真司 そうそうそう。
だから、あの、多分、こう、
なんだろう、そこまでいかなくても、
なんか自虐的に‥‥。
大貫 飲んでたの?
真司 いや、精神がもう。
たぶん音楽のことを考えて、
家族のこともいろいろ考えただろうし、
自分の仲間のこともいっぱい考えて。
なんかそういうのでもう、
飲まずにはいられなくなっちゃって、
気づいたら、肝臓が悪くなってた。
大貫 そうなの。
真司 でも最後はね、俺が、説得して。
わかった病院行くよって言って。
俺が肩組みして、母さん運転して
病院まで連れてって。
ま、結局、でも、そこで、
助かんなかった。
大貫 そう‥‥。
真司 だけど俺、オヤジ、
そのまま逝きたかったのかなというのと
ほんとうは生きたかったのかな、
どっちだろう、っていうのを思うんだ。
一時的な、精神的なことを
乗り越えてたら‥‥。
大貫 外国のミュージシャンってさ、
クスリとかお酒とかさんざんやって、
ボロボロになっちゃって、
死んだようになっても
復活してるでしょ?
すごく有名なプレーヤーでも。
すごく健康そうになって(笑)。
真司 うん、うん。
大貫 憲司さんって、そういう意味じゃ、
外人っぽいよね。
なんか変な言い方だけど。
真司 そうそう、だから、
アメリカだったら助かったのかなとか
‥‥ま、後悔になってくるけど、
もし乗り越えてたらね、
きっとまた復活して、
すごいことになってたんだろうし。
だけど、逆にそこで
逝ってしまったっていうのは、
ひとつのまた、運命なんだと思う。
それでもまだやっぱり、
こうやって忘れられずに
いるっていうのは‥‥。
大貫 忘れられないどころか、
ずっと存在し続ける(笑)。
ふと・・ギタリストは大村憲司にしよう、
なんて思っちゃう(笑)。
それだけ存在感が大きいんですよ。
真司 大っきいですね。
大貫 憲司さんの‥‥代わりはいない。

80年代、どこかのバーで。右は日笠雅子さん。
── 高橋幸宏さんは、
もう、大村憲司が必要な音楽は
作らないんだって
おっしゃってましたね。
大貫さん、「大村さんを」って
思ったときに、どうするんですか?
大貫 うーん‥‥そうね。
オグちゃん(山弦の小倉博和さん)
なんかとやってるのは、
また別なアプローチですから。
それは、憲司さんの代わり、ということでは
まったくないです。
真司 音楽面から、
やっぱりかっこいいなって思うしね。
たとえばオヤジが、
人から見てカッコ悪いことを
してましたっていうのを、
ぜんぜん俺は聞かないし。
大貫 カッコ悪いとこ見せなかったよね、
あの人はずっと。
でも、自分の中では、
カッコ悪い自分というのも
あったんじゃないかなあ。
真司 うーん(笑)。
そっか‥‥。
大貫 ただ見せなかっただけで。
真司 でも、こういう人が、
今、いてほしいなって、
俺、ほんとに思う。
大貫 どこに?
真司 たとえば俺ぐらいの世代から出てもいいし、
俺が、もちろんこれから
頑張ってなるにしても‥‥。
やっぱり、ほんとにカッコいい、
どこを切ってもカッコいい存在に。
音楽好きの人も、
音楽ぜんぜん聴いてない人も、
聴いて感動するような。
オヤジのギターの音ってね、
何も感じない人もいるんだろうけど、
悪いと思う人は絶対いないと思うし。
大貫 うん‥‥。
真司 もっと聴いてもらいたい。
大貫 そうね‥‥。
でも、ま、真司君は真司君だ
‥‥って言われるだろうけど。
真司 言われる(笑)。超言われる。ほんとに。

追悼コンサートでの、大貫さんと矢野顕子さん。
大貫 べつにギター、弾かなくてもいいんだよ?
真司 そうそう、それも、
俺は思ってるし、ほんとに‥‥。
大貫 だから、オヤジはオヤジ。
真司 うん、そういう気持ちもあるし。
オヤジはオヤジで、
俺が、何をどこまで考えて、
どこまで考えないでやるか、
死んでから何年も経つと、
やっとそういうのも
わかるようになってきたし。
死んで、年があんまり
経たないうちっていうのは、
無意識のうちに意識してるし。
それが、嫌なふうに
作用することがやっぱりあったから。
どうしても。
だから、俺が今オヤジにいちばん
持ってる強い気持ちは、
いい意味でオヤジに、
怒られないというか
恥じない生き方っていうこと。
真司 ほんと最後まで、
殴られたり殴ったり、
いろいろしたけど‥‥。
── 殴ってたの?(笑)
真司 いや、もう、ガンガンに。
でもそれを自慢するらしいんですよ。
スタジオに行ってアザ見せて、
俺、息子にやられたんだよね、みたいに。
俺のほうがもっと
すごいことになってるっつうの(笑)。
そういうのも全部、やっぱ、
死んでから考えると、
愛情だったんだなっていうのが
すごいわかるし。
俺が成長してきて。
あ、なるほど、
あんときああしなかったら、
俺はこうなってたな、とか。
怒らないでそのままいられたら、
逆に愛情を感じなくなったかもしれないし。
オヤジは、俺の、
真面目な部分っていうのを、
ちゃんとわかってたから、
そうやって叱ったんだろうし。
うるせぇなとか思ってたけど、
今では思わない。
だから、恥じない生き方をしたいなって。
それが俺の生き方になってるっていうかね。
でも、父親に対するそういう気持ちって
みんなあるのかなと思うんですよ。
タカさんもそう言ってたし。
父親に恥じない生き方をしたいって。
ま、ある意味、
制限でもあるんだろうし。
大貫 そうだね、沼澤さんも
同じようなこと言ってました。
思い出した(笑)。
自分に対する、戒めというか。
そういうことを言うってことは、
やっぱりお父さんのこと
尊敬してるからでしょう?
真司 うん、うん。
だから、ほんとにムカツクやつだった、
っていったら、もうそれで
終わっちゃう部分もあるけど。
でも、やっぱギターやってて、
いろんなところに行って、
俺がいて、みたいな、
そういう位置関係でいったら、
やっぱり尊敬できる人。
大貫 いまどき、ホンキで殴ってくれるオヤジなんていないよ?
真司はシアワセだよね。
‥‥お母さん元気?
真司 元気です。そう、だけどね‥‥。
大貫 飲みすぎてない?
真司 うん、大丈夫。
大貫 ほんと?
真司 おとといね、
タマちゃんが死んじゃって。
大貫 タマちゃんってなあに?
真司 ウチのね、
オヤジがいちばんかわいがってた猫。
大貫 ああそう。
そのはなし、あんまり聞いたことなかった。
・・・やっぱりね。
年、で?
真司 そう。年。老衰。
オヤジのところへ逝きました。
俺も悲しかった。
大貫 そう。それはショックよね。
わかっててもね。
真司 でも、オヤジのところに。
オヤジがいちばんかわいがってたし。
オヤジは、タマちゃん、
大好きだったからねぇ。
ウチは4匹いるんだけど、
その内の、いちばん、長老。
今日、火葬します。
ま、きっとでも、
オヤジのところで、こう‥‥。
大貫 膝に乗ってる?(笑)
真司 乗ってるね。間違いないね。
やっぱ結びつきが強い猫だったから。
オヤジがいなくなった後は‥‥
大貫 寂しかっただろうね、ニャンコも。
タマちゃん。
真司 そう、俺にすごいなついてて。
俺とね、オヤジが、
タマを取り合いしてたの、ずーっと。
で、オヤジはもう逝ったから、
タマはもう、しょうがないから
俺のところに来て。
おかしいんだよ、
タマと俺が一緒に寝てると‥‥。
大貫 憲司さんが取りに来るの?
真司 取りに来るんだったらまだね、
素直なんだけど、
これ、ほんとの話なんだけど、
部屋の前に、煮干しを並べて。
大貫 あっははっ!
真司 自分の部屋までこう、
煮干しで誘導するの。
大貫 うっそ!
真司 ドアをカチャッと開けとくのね。
大貫 なんでそんな、
面倒臭いことするわけ?
真司 わかんないんだけど、
ギャグなんだか何だか(笑)。
母さんも未だにね、
それは謎だったって言ってたけど。
大貫 ほぉんと?
まあ、それはギャグでしょう、ほとんど。
真司 酔ってるときはもう、
俺が部屋に入れて
かわいがったりしてるのを
ガチャーン入ってきて、
「返せ、返せ!」だもん。
「酒臭いあんたのとこ行くのが
 かわいそうだろ!」とか言って。
すごいケンカしてたな。うん。
大貫 ほんと。そうか、
じゃあタマちゃんに
インタビューできたら
いちばん良かったんじゃない?
真司 ねーっ!? そうなんですよ。
ほんと、母さんと同等かそれ以上に、
多分、オヤジのプライベートなこと知ってる。
精神的に、すごい落ちてるときに
タマがずっと一緒にいてあげてたから。
すごい関係が良かったんだなって。
大貫 そうだよね。
真司 だから、オヤジの愛人って
呼ばれてたからね‥‥。
たー坊、今日はありがとう。
写真撮らせて。緊張するけど。
大貫 (笑)。


大・大村憲司
ギター展&オークション

ソロアルバム全4枚のCD化発売を記念して
大村愛用のギター20本余り・
アンプ・エフェクターの数々を一挙に展示、
なんと!! その内数本を
オークション販売するという特別企画が実現!!
シグネチャー・ピックも限定復刻販売。
期間 8月6日水〜30日土(毎日11−21時)
会場 イシバシ楽器渋谷店 2階インポートギターフロア
問い合わせ 03-3770-1484

オークション詳細はこちら!
http://www.ishibashi.co.jp/shibuya



*明日はいよいよ大村憲司さんのCDの発売日です。
4枚のCDを、たっぷり解説いたします! お楽しみに!

このページへの激励や感想などは、
メールの表題に「大村憲司」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-08-05-TUE

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