みうらさんは、京都府下でも、
かなり固い部類の
泥団子をつくる小学生であった、と。
ええ、小学校の前にある公園の
トイレの脇んとこにある
二チャッとした土を混ぜると
けっこう固くなったんですよ。
なにせ、女の子の誕生会にも
行けないような奴でしたからね。
でもね、小学校の6年間のうち、
一度だけ、ちょっと自慢なんですけど、
一度だけ、女の子の誕生会に
呼ばれたことがあるんです。
でも、それは一度限りなんです。
次の年には、呼ばれなかったんですか?
ええ。
また、嫌な予感が‥‥。
そのときは、招待されていない男子たちがいる手前、
はずかしさもあって、
とんでもないことをしてしまいました。
女の子の誕生日のプレゼントに
何を持っていくかが問題となりまして、
みんなが、ふで箱とか、
ファンシーなものを持ってきているなかで
僕は男にもウケたいもんで、
ゴムでできた
ウンコのおもちゃ
を買って行ったんです。
「お湯をかけると
リアルになります」
って書いてあるやつ。
‥‥‥‥。ウンコという時点で、
「お湯をかけると」以下のくだりは、
女子にとってはすでに不要な情報ですね。
それをプレゼントとして渡したところ、
「いらない!」と捨てられて、
もう二度と、呼ばれたことは、ない。
そんな辛い経験をした、
爪に泥団子の泥をいっぱいに詰めた少年が
切手収集のおかげで変わっていくわけですね。
お父さんや担任の先生まで巻き込んで。
でも、大人になって、酔った勢いで入った
新宿の切手センターで、
現在の「月に雁」の値段を知ったときは‥‥。
脱力だったでしょう。
あの噂は、なんだったのか!と。
そして、僕のせいで、いまだに
切手の趣味を継続している人物がいます。
三浦明、僕の親父です。
本日の動画でみうらさんが
くわしく語っておられますが、
ひとり息子に、
会社を休んでまで郵便局に並ばされた経験が
かわいそうに、そのまま習性となったんですね。
ほんとに、まだやってんですよ。
こないだ実家に帰ったときに見たら
恐ろしい量になってました。
何の財産にも
ならないのに
と思いましたが、
そんなことを言うのも失礼なんで、
言わなかったですけども。
昭和中期に大きくなった少年たちは
誰もが身に覚えのあるであろう切手ブーム。
子どもの気まぐれな趣味にふりまわされた
やさしい父親の行く末に
涙された読者の方もいらっしゃるかもしれません。
みうらさんの、4つめの恩返しでした。
「月に雁」
切手ブームの折、切手界の王様として
世の中に君臨していた、安藤広重の「月に雁」。
切手収集家の憧れの的であり、
みうら少年の住んでいた地域では
売れば家が建つのと噂もあった。
「切手」
みうらさんが切手集めに熱中したのは、
小学校5年生(1968年)の頃。
日本の少年を全体的に巻き込んだ、大ブームであった。
手袋、切手ファイル、ピンセット、パラフィン紙が必需品。
現代でも、ムシキングや遊戯王カードが流行っているが、
いつの時代も、こういうことに女子が全然なびかないのは、
いったいどういうことなんでしょうか。
記念切手(特殊切手)
記念切手とは、
国家的記念行事や各種博覧会などにちなんで
発行される切手のこと。
ふみの日切手や文化人切手、
ふるさと切手などを含んだ総称としても使われる。
反対語は「普通切手」。
切手ブームがおこった1960年代は、
記念切手の発行日には郵便局に長蛇の列ができた。
少年切手収集家は記念切手をシート買いして、
マイ切手ファイルに収納しこれを友達に自慢、
決して売ることはないのだが値上がりを待った。
泥団子
おもに、日本の幼稚園児が多くハマる遊び。
泥をこねて球形にし、
乾いた土を振りかけては削る作業を繰り返し、
ツルツルにしあげる。
真球に近いほど完璧な形にしたり、
磨き込んで宝石のように光らせたり、
みうらさんのように信じがたい固さにする児童が、
これまで各時代の各地で続出している。
日本人の職人気質をかいま見ることのできる、伝統的工芸。