第4回 がんばるレースから降りる
前回、前々回にひきつづき、このコーナーでは、
吉本隆明さんの考えた内容をたどって、紹介しています。
ある人の著作を丁寧にひもといてゆくことは、
その人と、長い会話をすることに似てるかもしれません。
著作の中で、
人が同じテーマを何度も語るときが、ありますよね。
そういうときに、まずひとつ、単純に言えることは、
「その人がそのテーマを通して言う内容は、
他の人がそのテーマを話すよりも独創性がある」
ということだと思います。
だから、求められて著作が存在するとも言えますから。
つまり、あるテーマに関して
その人なりの考えがあるからこそ、その発言が、
「なるほど」と何人かには受け入れられているわけで、
誰もが、その人と同じレベルで書ける程度の言葉なら、
たぶん飽きられて、何度も語るまでには、到達できない。
実際の会話でも、そういうことがあると思います。
他の人に比べて、とても特殊な体験をしている人が、
その体験を通して感じたことを伝えてくれるとき、
聞いている側は、ワクワクしたり、へぇと思ったりする。
自分が持っている情報とは違う、
圧倒的に個性のある話が「価値」とされるのは、
対面の会話でも、本でも、きっと似ているわけで、その
「他との違い」にその人らしさがにじみ出るのでしょう。
しかも、そういった
「他との違いがあるテーマ」について語るときこそ、
その人にとってのお客さんというか、
その人が念頭においている話し相手が、
その口調や、語りかたの展開から、
とてもはっきり、伝わってくるのだと思っています。
「人が、自分の意志で選択できているかに
見えることは、実はそんなに大したことがない」
「人の前には、避けられない運命しか存在しない」
「選べないものこそ大事なのだから、
小さな善をやることに囚われていても仕方がない」
吉本さんが語り続けているテーマで、
前々回のこのコーナーでも触れたこの言葉は、
確かに、他の人が語ることとは
ずいぶん違うことを主張しているかもしれません。
「がんばる」ということを否定しているんですか、
というメールも、いただいたぐらいですから。
ただ、ほとんどの著作を読んだうえで
自然に感じられたのは、
こういった内容を何度も伝えるとき、
吉本さんにとっては、きっと、
「誰に、この内容を伝えたいのか」が、
とても重要なのではないか、ということなんです。
言葉が人を勇気づけるときがあるならば、
もっともたくさんの人に届く言葉って、何でしょう?
誰にも発見できない頂点を極めたとしたら、
その頂点で感じた考えを「教える」という言葉なら、
弟子になりたい啓蒙好きな人にしか、とどかない。
頂点で感じた考えで「世界を見下ろす」という立場なら、
その人の言葉は、尊大なまま、ふつうの人には響かない。
頂点で感じた思いがあるのなら、
その思いを持ったまま、最もたくさんの人を想定して
言葉を伝える方法って、どういうものなのでしょうか?
吉本さんが、避けられないことが多いとくりかえし述べ、
「がんばる」ということを声高に叫ばない理由は、
たぶん、そのあたりを考えているからなのだと思います。
がんばりたくでも、がんばれない状況の人がいる。
がんばったのに、不意に事故に巻き込まれる人がいる。
もしも、がんばりの多寡で人を評価するならば、
それは、がんばりの順位を競うレースにしかならない。
がんばる方法には、閥がいくつもあるし、競争相手も多い。
そんなレースを、死ぬ瞬間までやりつづけるのか……。
吉本さんは、著書の中で、くりかえし、
そういったところについて書いているんです。
「意図していることだけに重点をおきすぎると、
原因と結果だけでものごとを見てしまいがちになる。
やっていることのなかに、
自力の目的意識が働いているときには、
目指しているものと目的とが、
単純に因果の糸で結びつけられてしまいがちだ。
しかし、人の善悪や煩悩の原因を、
その人の行為のうえにおいているかぎりは、
人の土台は揺らぎつづけるしかなくなってしまう。
努力を競わなくても自由になれるような立場を、
探さなければならないはずだろう」
そんなようなことを、ほんとに、
何十年にもわたって書きつづけているんですよね。
……では、
がんばるレースを降りてもやりたいことや、
がんばるレースじゃないのに
ついついムキになってたのしんでしまうことや、
「こういうことがあるから、生きててよかった」
ってことは、なんなんでしょうか?
この先の話については、さらに次回につづきます。
……あなたは、吉本さんの言葉や姿勢や、
また、このコーナーで語られている内容について、
今回、どんなことを思いましたか?
postman@1101.com
ふと感じたことでかまいませんので、参考までに、
こちらに、件名を「コンビニ哲学」として、
感想をおよせくださるとうれしく思います!
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