“いま見ている世界が、世界のすべてではないということを
思い出させてくれるこのような瞬間を
一つ一つ蓄積していったとき、
人はどんなところにいても「世界」を感じることが
できるようになるでしょう。
そうすれば平凡な日常生活のあいまのふとした瞬間に、
別の時間をのぞき込むことができるようになります”
石川直樹さんが北極でシロクマと向かい合った瞬間の
エピソードについて書かれたあとの、一説です。
この本には、高校時代の「インド一人旅」からはじまり、
ユーコン川単独漕破の際の初々しい体験について、
北極から南極までを人力のみで旅するプロジェクト
「Pole to pole」のエピソードの数々、
チョモランマと世界七大陸最高峰登頂のスリリングな記録、
熱気球による太平洋横断の体験記、
夜空の星だけをたよりに、見えない陸地を目ざしてすすむ
「スター・ナビゲーション」について、
世界中の「聖地」を巡る旅についてなど、
石川さんのこれまでの、世界と対峙する
スリリングな「旅」と「冒険」の数々が、
数多くの写真とともに、満載されています。
もうそれだけで、心は
日々縛り付けられているこの場所を離れて、
石川さんが案内してくれる未知の世界の数々へと
飛翔します。
そして読後、電車で仕事先に急いでいる瞬間など、
突如、シロクマのくだりが記憶にのぼり、
あのシロクマは、いままさにどうしているんだろうか、
などと思い出したりすることになります。
世界は広すぎる、と呟いたりします。
ふつう、人は、限定された世界でしか生きられないし、
仕事をしていればなおさら、
「冒険」なんて夢のまた夢、
そして「旅」に出かけることすら、
そうそうできるものではありません。
でも、なるべくたくさんの世界を知りたい、
知らない世界に出会いたい、と願う気持ちは、
多くの人が共有するものではないでしょうか。
でもそれがかなわないとしたら、
石川さんの体験をバーチャルに追体験しようとするしか、
世界と出会う方法はないのだろうか?
「冒険家」という肩書きを嫌う石川さんは、
本の最後のほうで、こう書き記します、
“現実的になにを体験するか、
どこに行くかということは
さして重要なことではないのです。
心を揺さぶる何かに向かいあっているか、ということが
もっとも大切なことだとぼくは思います。
だから、人によっては、
あえていまここにある現実に踏みとどまりながら
大きな旅に出る人もいるでしょうし、
ここではない別の場所に身を投げ出すことによって
はじめて旅の実感を得る人もいるでしょう。
……いま生きているという冒険をおこなっている
多くの人々を前にしながら、
登山や川下りや航海をしただけで、
『すごい冒険だ』とは到底思えないのです。”
旅とは、冒険とは、世界との出会いとは。
それは、かならずしもどこかへ出かけることで
可能になるんじゃなくて、
心を揺さぶる未知のなにかに出会いたい、
そしてそれらと向かい合いたいんだ、と
強く願い続けることで見えてくるものなんだ、と、
石川さんが教えてくれます。目から鱗です。
(編集担当・清水 檀)
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