SHIRU
まっ白いカミ。

41枚目: 「ネズミーランド奇譚」


ふと、理由もなくディズニーランドに行ってみたくなり
1人で行ってもツマラナイと聞きますし
今回は初めてのディズニーランドだったので
友達のミーさんに相談しました。
翠(みどり)姉さんは子供の頃をアメリカで過ごし
カリフォルニアのディズニーランドだって知ってるし
帰国してからも足繁くディズニーに通っては
年間フリーパスなんてものも持ってる強者。
気軽に案内役を引き受けてくれて助かりました。

祖母でさえ行った事があるというのに
僕はディズニーには縁が無くて…
それでいながら情報ばかり
<チュロスはストロベリーだね>とか
<落ちているゴミは3秒で消えていく>とか
一方的に入ってくるのでずっと気になっていました。

「やあやあ、ご無沙汰してます。」
「ジッパディードゥーダ! シルっち。
  ディズニーの楽しさを今日は伝導して進ぜよう。」

妙に背骨を屈曲させて腕を広げてみせる。
彼女のリアクションはハリウッドの映画みたいで
多くのアメリカ人がそうであるように
成長期にちゃんと重たい物のあげおろしをしなかったせいで
微妙な加減で体が動かせなくなっているんだと思いました。

…まあ、それは本筋とは関係ありません。
先を急ぎます。ともかくそうして晴天の土曜日。
駄目学生とアメリカンなミー姉さんの2人は
ロードスターに乗ってディズニーランドを目指しました。

 

思い切り千葉にある東京ディズニーランド。
あまりの渋滞に浦安ランプで降りてUターン。
たどり着くと後頭部にナンバリングのされた
ミッキーマウスがお出迎えです。

よく見ると僕のチケットをもいだミッキーには
「ね−53269664」と書いてありました。
<ミッキーに入ってる人は正体をばらすの厳禁>
と噂に聞いていた通り、その秘密管理ぶりは徹底していて
首筋の拘束帯は念入りに鉄仮面と溶接。
バスチーユ監獄で孤独に耐えている王子のようです。

ちょっと重苦しい入場でしたが、一歩入れば夢と魔法の国。
<ワールドバザール>ではビクトリア様式の
アーケードの絢爛さに目を奪われ
ミッキーの顔をした巨大な花壇に溜息。
カラフルなディズニーキャラクター達には胸が躍ります。
こんな時、隣に詳しい人がいると役立ちます。

「あ!プーさん。」
「あれはゼペット爺さん…かな?」
「雌ドナルド見っけた。」
「それ、デイジーダックっていうの。」
「そしてあっちは左からフィドラー、フェイファー、プラクティカル。」
「同じ豚なのに…。」

朝早くからはりきって来たのでお腹も空いて…
入園早々、休憩をとっておやつにしました。
<グレートアメリカン・ワッフルカンパニー>
ミッキーワッフルを食べます。パーク内のあらゆるものが
ミッキーの顔面の形にこじつけられていて、
このワッフルも例外じゃありません。
チョコレートソースがかかっていると
なんだか犯罪者写真の墨線みたい…
と思いながら食べました。美味。

そしてワッフルをかじりつつパンフレットをみて
これから巡るアトラクションを考えました。
「結構、並ぶから。まず好きなのを3、4個選ぶように。」
…とミーさんのアドバイスに従って私が選んだのは
<ホーンテッドマンション>
<カリブの海賊>
<スプラッシュマウンテン>
のみっつ。どれも聞いた事のあるものにしました。

 

ホーンテッドマンション

まずは<ホーンテッドマンション>へ。
昭和53年。あの忌まわしき母子金属バット殺人事件が
あったマンションを忠実に再現した建物です。

キースへリング風の例の人型白線が引かれた部屋には
なんて悪趣味!…と思ったのですが、前で見ていた
カップルの女子が怖がってしがみついたりしていて
「さもありなん。」と考え直しました。

マンションは全体がお化け屋敷になっていて
999体の物の怪が出てくるというのがウリなんですが
ミーさんはすっかり慣れてしまっていて
まるで雨の日の部屋の洗濯物を払いのけるかのように
いったんもめんを叩(はた)いては
無造作に突き進んでってしまいます。
慌ててついていった私は
待ち伏せしていた砂かけ婆に不意打ちをくらって
ワンデーアキュビューを一組捨てる事になりました。ひどい!

#事件が起きたのはその後でした。
#信じてもらえないかも知れませんが
#不思議な光景を私は目撃したのです。

カリブの海賊へ向かう前の事です。
ミーさんがお手洗いに寄ったので
私はシンデレラ城の石垣に寄りかかって待っていました。
炎天下。ぼーっと景色を眺めていると
なにやら「忍」のようなものが石垣に入っていきます。

ん!?

私は不思議に思って
その何か黒い者が消えた石垣に近付きます。
すると一カ所だけ色の違う石があるではないですか。
むろん押します。

シンデレラ城、地下通路。

すると。ぐるりんと石垣が動き、私は転がり落ちるように
シンデレラ城の地下に入り込んでしまったのです。

城郭とは違って途端に近代的な地下通路。
狭いその通路は10メートルほど続いていたでしょうか。
行き止まりには 消火用のハロゲン化合物の表示に
「非工作人員禁止進入」なる看板と梯子が掛かっています。

私は気になって静かに梯子を下りてみました。

地下2階は打ちっ放しのコンクリート。
よどんだ大気がひんやりと吸うのに重たく
小さな非常照明に浮かぶ
壁の凹みにはずらりと鼠と思しき頭蓋骨。(!)
まるでカタコンベのようでした…。

好奇心と恐怖心が胸の中で戦ってます。
そして微妙に好奇心優勢。
薄闇の中、分岐する通路を歩き続けます。
途中、何度か道を曲がったので方向は
見失ってしまいました。

歩いていると四角く光が漏れているのが見え
何やら物音や人の気配のするその扉の前に立つと
僕はそっと鍵穴を覗いてみました。

そこは巨大な大広間でした。
壁一面が銀色の鏡張りになっていて
鈍く蛍光灯の光を反射しています。
そして無数のディズニーキャラクター達が
延々と遠くの方まで霞んで見える程に群れていて
それぞれが鏡に向かって黙々と
ポーズや笑顔の練習をしているのです。

よくみると落伍したキャラクターなのでしょうか。
中国のパチものの著作権違法キャラクターのように
みんな微妙にデッサンが狂っていて。
笑顔にしたって地上を歩いている
あの100万ドルのミッキーの笑顔に較べると
「人生楽しんでるかーい。」とか
「飲んでるー?飲んでるー?」 系の笑顔で
不洗練でいやらしいのです。
ギラギラした必死さやエゴが消せてないというのでしょうか。

中には着ぐるみの背中の毛がすっかり抜けてしまった
もう老人みたいな人もいて
しっかりとした頑丈な仮面だけは取り外せないし
半獣半人のようで、それでも笑顔の練習を
ひたすら反復 しているのが不気味でした。

ディズニーランドの光と影。
僕は見てはいけないものを見てしまった気がして
すぐにその場を離れました。

そんなの嫌だ、嫌だ嫌だ!
気付けば涙が出てきて、あまりに残酷で。
僕は一秒でも早く地上への出口をみつけて帰りたくて
来たと思う方向に走るのに梯子はみつからない…。

小走りに移動していると先ほどのように
向こうに光が漏れて見えました。

今度の扉は空きっぱなしで
体を低くしてのぞき込むと
そこは小部屋…会議室のようになっていました。
ホワイトボードを前にOL達がどうやら
ディズニーランドの武装占拠について話し合っています。
テロリストとかゲリラ…の類なのでしょうか。
とても帰り道を訪ねられる雰囲気では無いので
僕は四つん這いになるようにしてこっそりと
扉の前を抜ける事にしました。

ところが、ブーツの先がうっかりと
開いた扉にひっかかって「ぎい」と
悪い音を立ててしまいます。
「誰っ!」
書類を放り出す音。椅子から立ち上がる音。
僕は飛び上がって必死に逃げました。
そこに梯子が現れる事を祈りながら。

鼠の頭蓋骨をマキビシのように後ろに投げ
細い通路を右へ左へ走り続けて
入ったのと同じような梯子にたどり着きました。

ところが、ようやく見つけたこの梯子に手を掛けた時。
僕はハッシュパピーの靴を履いた身軽なOLに追いつかれて
後頭部を鼠の骨で強打されて転げ落ちてしまったのです。

 

…意識が戻って、目の前に映ったのは
ミーさんの顔でした。
ディズニーランドの医務室で
「シル君、ちゃんと夜は眠らないと駄目じゃない。」
そんな注意を受けながらも
僕は今さっきの出来事を簡潔に話して聞かせました。

「ねえ…お酒もやめた方がいいんじゃない?」
笑いながらたしなめるミーさんの後ろで
「疲れてたんでしょう。軽い熱射病だそうですよ。」
そういってこちらを見つめる係のお姉さんの目は
決して笑っていませんでした。

そんなで、すっかり他のアトラクションを
見る時間が無くなってしまいました。
医務室を出ると既に日は落ちていて
シンデレラ城の天守閣がライトアップされています。
<スターライトマジック>の始まりです。
もうさっきの夢は忘れようと心がけます。


シンデレラ城

「荒城の月」などクラシックな名曲が流れて
ディズニーキャラクター達の華麗なダンスの後
フィナーレは花火が打ち上げられました。
「たまやー!」とシンデレラ姫の声にあわせて
開く大輪の花。 一瞬遅れて心臓に直接届く
20号玉の炸裂音はお腹を殴られるかのような迫力!
魔法と夢が現実に手を取り合ったような
それは美しい光景で…
僕は「アメリカ人は大きな事が好き♪」
という友人の格言を思い出しました。

夢は夢で終わるかも知れないけれど
夢が夢なら醒めるまで
せめて美しい夢を見ていたい。
夢はいつだって無駄に大きくて
最後は処分に困る粗大ゴミになってしまう。

さっきの僕の白昼夢だって。
地下で頑張るミッキー達が
いつか正ミッキーになれますように…と
いくら祈って努力したって、残酷にも
そこには厳格な才能の差がありました。

だからって彼らにも美しい夢があって。
それから醒めて現実の毛の薄くなった背中を
見つめろだなんて決して誰も言えない。

色とりどりに暗闇に照らし出されるミーさんの横顔。
自分の見た夢で悩むなんて暇でお得な人間だ…と
自嘲しながら見つめていました。

そして駐車場で暖まったロードスターに乗り込むと
他愛も無い話にふけりながら帰路につきました。

 

ところが。どうも南瓜の馬車らしきものが
僕たちを尾行しているのです。
やっぱりさっきのお城の地下、夢なんかじゃない。
見ちゃいけなかったのだ…。

ミーさんを降ろそうと、彼女のマンションに向かいながら
僕は右に5回連続で曲がりました。
ところが馬車どころかルームミラーの一角には
巨大な象さえ映ってついてくるでは無いですか。

「気のせいでしょ?」 そう笑っていたミーさんも
併走するダンボのはためく耳を見てからは
真剣な顔つきになって携帯を取り出しては
家に人がいるのを確認しだします。

*********************

いまの所、話はここまでです。
2人の住所を確かめるとダンボは
星空に高く登って飛び去りました。
今、僕は自分の部屋に戻ってこれを書いています。
ブラインドの隙間から道路を調べても暗闇で
馬車がついて来たのかどうかも分かりません。

ディズニーがそんな無茶をするとも思えないし
杞憂で済んで後の笑い話にでもなれば幸いです。
ただ、どうも身の危険を感じるので
馬鹿な事を…と思われるかもしれませんが
今夜のうちに報告として送る事にしました。

そして僕の身にもしも何かあったら
ディズニーの秘密が暴露されるよう
このメールごと原稿にして
「ほぼ日」紙上で発表してください。
お願いします。

シル

=======================================================
"シル" as S.Kurioka (shylph@ma4.justnet.ne.jp
『ほぼ日刊イトイ新聞』 https://www.1101.com
『深夜特急ヒンデンブルク号』 http://www4.justnet.ne.jp/~shylph/ =======================================================

 

 

【注】 この物語を書くにあたって、私はディズニーランドに1度も行った事が無いので、知人の話や、過去に聞いた情報を資料としました。データ不足は想像力で埋めましたが…一部、現実のディズニーランドとディティールが異なる点があった場合は御容赦願います。

1999-06-21-MON

BACK
戻る