部屋に人を呼ぶってので
CDや本棚はカッコイイ作品を
全面に押し出して整理したり
部屋の隅っこにフェルトのように
溜まった埃を掃除したり…。
それでいながら僕の中では
あまりに自然な代物だったので
見落としてしまったものがあったりして
「何、これ。」と聞かれて見れば
キッチンにぶら下がった蜂の巣。
なんと説明しようか…
親爺が送ってよこしたのだ。
噛むとちょっと甘いけど
それほど気持ちいいものでもなし。
いつのまにかローヤルゼリー屋。
相変わらず人生バクチで生きていて
正月に帰った時。腰痛を訴えた僕を
ミツバチをもって追い回した親爺。
蜂に刺させて治すんだって、冗談じゃない。
でも、その元気もちょっとは落ち目。
親爺がその本領を発揮して
世界中に迷惑を振りまいていたのは
まだ親爺が30代の頃の事だった。
気力・体力・時の運、共に充実していて
あの頃の親爺は実にすごかった。
夏休み直前のある日の事。
僕が学校から帰ってくると
イカが何十杯と固まって凍ったブロックが
縁側にシートを引いて置かれていた。
僕が不思議そうにみていると
奥から出てきた親爺は
「明日の祭りじゃイカを焼いて売るんだ。」と
それだけ言ってぺしぺしイカを叩くと
自分の部屋に帰っていった。
土曜日の朝。
出かける時からイカがあることが
何だか不安でたまらなかった。
昼に帰ってきて
一昼夜置いてもまだ凍ってる
巨大なイカの塊。
「モッタイナイから早く入れ。」と
親爺の謎の言葉にせかされて
家族は風呂に入った。
妹は風呂上がりに
新しい青い浴衣を卸して着て。
母さんに軽くお化粧までして貰って
日が暮れるのが待ち遠しそうに
やたら元気に家中をはね回っていた。
そして親爺の言葉の意味はすぐに…。
親爺は僕達が風呂に入った後に
イカを大ざっぱに斧で叩き割って
みんな風呂に放り込んだ。
あっという間にお湯は冷たくなって
ボイラーを焚いていると
そのうちイカが対流しだした。
「お、うまくいったぜ。俺、天才だな。」
午後。商売の用意が出来ると
親爺は元気よくボロ車のアクセルを踏み込んだ。
「よっしゃ、俺は焼いて売ってくる。
お前達、後片付けは頼んだぞ。」
妹は泣きそうだった。
僕は別に妹想いってわけじゃないけれど
荒木飛呂彦が描いたミッフィーとでもいうのか
だまし絵風のウサギをあしらった青い浴衣を着て
風呂掃除なんてさせられなかった。
「いいよ、僕がやるから。お前は行ってこいって。」
遠慮も無く大喜び。
やっぱそういうトコ。幼いんだ。
で、僕は渋々風呂を掃除し始めた。
なんだかぬるぬるした皮や黒ずんだイカ墨。
排水溝にちぎれたイカゲソがぎっしり詰まっていて
暑い中、そんな事をしていると体中どろどろで
髪の毛の中までイカの足が混ざってる気がしてくる。
次第に妹が悪いんじゃないのに憎らしくなってきて
ようやくシャワーを浴びて風呂を出た。
縁台で涼んでると母さんが「お疲れさま。」と
麦茶を出してくれて「まだ間に合うじゃない?」と言った。
妹は友達が誘いにやって来たんだそうだ。
「もういいよ。」
ここで不機嫌になっても仕方ないのに。
一度そう言うと、本意じゃ無くても
その言葉はどんどん大きくなって
僕は畳にぺたっと頬を押しつけながら
自分だけが損をした気分で
なんだか悔しくて泣きそうな気分で
祭り拍子の音を聞いていた。
涙と畳がこすれて頬がかゆくて
気付けば花火の音を心音代わりに
胎児のように丸まって寝入ってた。
楽しかったーと大はしゃぎで妹が帰ってきて
耳にはなにか光る変な耳のついたヘアバンド。
肌掛けを剥いで起きあがった僕に
「お兄ちゃんにお土産っ」
妹がそんな事を考えるようになったなんて
意外さに僕の不機嫌は吹っ飛んだ。
千円しかお小遣いは貰ってない筈なのに…
でもまだまだ気遣いは足りないなと思った。
イカがタコだろうと…。
10個入りのたこ焼きは3人で食べた。
タコ掃除している子がどこかで
親爺のイカ焼きを食べたりするのだろうか。
そんなつまんない事を考えたりしながら。
ショバ代で揉めて
親爺が警察沙汰になった話は…
まあどうでもいいか。
日曜日。
親爺が頬に青タンを作って守った金で
僕達はデパートに連れていってもらった。
よくできた玩具で遊び、甘いパフェを食べ
喜んだり喜んだふりをしたり。
親爺は親爺で次の商売のアイデア探し。
落ちつきなくデパートの中に視線を走らせていて
親爺の視線が止まるたび
僕はその先をはらはらしながら見つめてた。
シル
shylph@ma4.justnet.ne.jp
from 『深夜特急ヒンデンブルク号』
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