PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙8 「DNR、DNIという考え方」

こんにちは。
前回までは蘇生の現場についての話でしたが、
それに関する話題をもうひとつ。
蘇生シリーズの最後です。

自分のからだの調子が急に悪くなって
呼吸が止まったり、心臓が止まったリしたときに、
蘇生術を行なってほしいかどうか、
というのはとても大切な決断です。

心肺蘇生術にはいろいろあって、
ACLS(Advanced Cardiac Life Support)のときに
紹介したように
心臓が止まりそうになったときに、心臓マッサージをする、
心臓の動きを助ける薬を使う、電気ショックをかける。
呼吸が止まったときに、
肺の中に口から管を入れて(気管挿管といいます)
人工呼吸器につなぐなど、本当にたくさんの手段を使って
「手を尽くす」ことができます。
この「やれることは、全部やる」状態を
フル・コードとよんでいます。

でも、一番大切なことは、
それを行なうことが、
本当に患者さんの意思に添ったものであるかどうか、
ということです。

たとえば、気管挿管をした場合
自分の呼吸(自発呼吸とよんでいます)が
機械による呼吸のタイミングとうまく合わないために、
無理やり薬で意識もなくしてしまって、
自発呼吸を止めてしまうこともありますし、
挿管後、抜くことができなくて、そのままずーっと
人工呼吸器につながれたままになる可能性を
否定することはできません。

心臓マッサージにしたって、
とても強い力で胸を押しつづけるので
あばら骨をぼきぼきに折ってしまうことは
よくあることです。

心臓が長い間充分な働きをしていなければ、
頭への血の巡りが極端に悪くなって、
回復の見込みのない脳の障害を生じることもあります。

どんな手荒い状態になっても、
そこを乗りきって、以前と同じか、
それに近い状態まで回復できるのならば、
蘇生をやる価値はもちろん充分にあります。

でも、その見込みが非常に薄い場合には
単に患者さんに苦痛を強いるだけの結果に
なってしまいます。

とくに末期癌や、非常に高齢な患者さんなどの場合には
このような事態について
患者さんも医師も常に考えておかなければなりません。

ここで出てくる考えがDNR、DNIです。
DNRとは、Do Not Resuscitate (蘇生するな)  
DNIは、Do Not Intubate (挿管するな)
のそれぞれ略称です。

蘇生が必要な状態になる可能性の高い患者さんに対しては、
このDNR、DNIを希望するかどうかを
必ず確認しておきます。

患者さんによっては、リビングウィルといって、
こういった処置を望まないとか、
ここまではやってほしいなどと
細かく記載した書類を持っている方もいます。

この決定はとても重要なので、
患者さんとその家族、担当の医師が
じっくり話し合うことが必要ですし、
もちろん、いったん決めた内容を変更することは
患者さんの自由です。

日本で働いているときも、
このDNRの確認は非常に大切な仕事のひとつでした。
これを読んでくださっている方の中にも、
ご本人の問題ではなくても
家族に関して医師から尋ねられたことがある方、
いらっしゃるのではないかと思います。

自分の人生をどんな形で終わらせたいか、ということは
日頃あまり考える機会のないことですけど、
自分がほんとうに望むことは何なのかを
元気なときに時々考えてみることも大事だなあと思います。

では、今日はこのへんで。
みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

1999-06-06-SUN

BACK
戻る