PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙12 「レジオネラ」

こんにちは。
わたしが住んでいるアパートは、
フィラデルフィアのほぼ中心部にあります。

ワンフロアに30戸ぐらいあって、18階建て。
一番上の階はペントハウスになっています。
1階には噴水があって、2階は宴会場。
週末になると着飾った人たちが
パーティーにやってきています。
身分不相応にゴージャスで
お給料のほぼ半分が住居費に消えてしまうし、
しかもそのわりに壁が薄くて、
隣の音がつつぬけだったりして
住居環境としていまひとつなところもあるのですが、
ここに住んでいる理由はただひとつ、
仕事場に近いから。
1ブロック(だいたい100メートルくらい)歩けば
もう病院です。

実際このアパートには病院関係者がたくさん住んでいて、
朝は白衣を着て聴診器を肩に引っ掛けた人たちが
うろうろしています。

エレベーターホールに立つと
左右対称に廊下がずーっとのびていっていて、
フロアに30戸もあるのに、たいてい誰も歩いていない。
「まるで映画『シャイニング』のホテルみたいだ」
と気がついてしまってからは
夜遅く帰るときは結構怖いです。

噴水といい、宴会場といい、
ただの古いアパートではなさそうだな
とは思っていたのですが、先日その謎が解けました。

在郷軍人病という病気があります。
レジオネラとよばれる病原菌による感染症ですが、
この病気が初めて確認されたのがフィラデルフィアでした。

在郷軍人とはアメリカの退役軍人のことで、
その集まりが70年代にフィラデルフィアで開かれ、
全米からお年寄りが集ったそうです。
その参加者が次々と具合が悪くなって倒れていきました。
多くの人が同じような熱と咳の症状を訴えており、
その原因探しが市を挙げて行なわれました。

結論からお伝えすると、この病気は
ホテルのエアコンディショナーに使われていた水に発生した
病原菌がホテルの空調を通じて
ばらまかれてしまったことによるとわかりました。

起こってしまった病気から逆にたどって
その原因を探す作業はとても大変です。
このような分野を疫学と呼んでいます。

わたしが現在住んでいるこのアパートは
当時ホテルだったのですが、
この原因探しの最中、
このホテルが原因じゃないのかと疑う報道のせいで、
客足がぱったりと途絶えてしまったために
やむなくアパートに転用したらしいのです。

実際にレジオネラが見つかったのは、このホテルではなく、
別の、フィラデルフィアの最も由緒あるホテルのひとつで、
そこは市の威信をかけて全面改築、
市長さんが泊まってみせるパフォーマンスで
営業再開となりました。
今でも繁盛しています。

何か事が起きたときに、
その原因を探すことは分野によらず大変なことです。
日本でも近年似たようなことがいくつか起きてますよね。
探すほうも、その内容を伝える側も、
未知のものに対しては慎重に接するべきだなあと思います。

と、いうわけで元ホテルのアパートに
わたしは住んでいるのですが、友達の一人は、
「レジオネラのせいもあるかもしれないけど、
ほんとうは幽霊が出たから潰れたんだ。」
といって譲りません。
そうかもねと思わせる雰囲気はたしかにあります。

では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

1999-08-12-THU

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