遙か彼方で働くひとよ。 フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙22　「経口避妊薬」 こんにちは。 今日は通勤中に車の中で聞いた話からひとつ。 「こないだラジオで聴いたんだけど、 　日本では最近になってようやく 　経口避妊薬が市場にでるようになったって本当？」 女の子の友だちと車に乗っているときに尋ねられました。 ラジオのトーク番組では、 結構いいかげんなことも言ってるので 話半分に聞いておいたほうがいいこともあります。 つい先日も、子どものアニメの話の中で 「日本ではPokemon（こちらの子どもたちにも人気です） 　を見て脳腫瘍ができたこどもが続出したんだって」 と言い放った出演者がいて、ほんとにびっくりしました。 ご存知のように、彼女の聞いたニュースは本当で、 それから、しばらくはその話になりました。 さすがに 「あなたは飲んでるの？」 とは、聞けないので 「友だちに飲んでるひと、いた？」 と尋ねてみると、 「結構いるよ。最近は注射にする子がふえてるけど。 飲み薬だと忘れちゃうことあるしね。」 「でも、そのうち２人はDVT（深部静脈血栓）になった」。 以前お伝えしたように、 足の静脈にできた血の塊、血栓が肺に流れて 肺梗塞になる危険性の高い深部静脈血栓は 経口避妊薬の重要な副作用のひとつです。 産婦人科で処方できるようになった低用量のピルですが 実際のところはどのくらいの方が 飲み始めているんでしょうか。 個人的にはくすりを飲み続けることに対しての 抵抗感もあると思うし、識者と呼ばれる人たちの 女性の性的モラルの低下を心配してくれている意見を読むと じゃあ、これまで広く行なわれている人工妊娠中絶術に ついてはどう考えてるんだ、と聞きたくなります。 実際に手術を受けている患者さんは 10代や20代はじめの若年層よりも、 むしろ既に子供を生んだ経験のある既婚者のほうが多い、 という統計の話を学生の時、講義で聞いたことがあります。 保守的な地域では、人工妊娠中絶は殺人である という考えも根強く、たまに、妊娠中絶術を行なっている 医療機関や、医師個人がそれを理由に襲われたり、 殺されたりしているこの国では 望まない妊娠を防ぐ手段として、 経口避妊薬は着実に定着していることを感じます。 また、避妊に対する選択肢が広がったという意味で、 今回の日本での低用量ピルの発売は 良いことなんだろうなと思います。 なんだか前置きが長くなりましたが、 で、今日は簡単に経口避妊薬のお話を。 経口避妊薬の多くは、エストロゲンと プロゲステロンという２種類のホルモンの合剤、 もしくはプロゲステロンのみの錠剤で 脳から分泌されるゴナドトロピン放出ホルモン（GnRH）を 抑えて排卵を起こすホルモンの分泌を抑えます。 月経のサイクルに合わせて毎日服用することが必要で、 きちんと飲みつづけた場合の妊娠の可能性は、 最初の１年では0.1％です。 そのほかの体に及ぼす影響としては 血糖のコントロールがうまくいかなくなったり、 血中の特定の脂肪が増えたり、 血が固まりやすくなったりします （これが深部静脈血栓の原因）。 血が固まりやすくなることで、 虚血性の心疾患とよばれる狭心症や心筋梗塞を 起こすことがありますし、それが頭の中でおこれば、 脳梗塞になる可能性もあります。 また、偏頭痛がひどくなったり、血圧が上がったり、 肝臓に腫瘤ができることもあります。 ですから、これまで血栓性の病気を 起こしたことのあるひとは使えませんし、 心臓や肝臓の働きのわるいひと、 あと、エストロゲン依存性の腫瘍、 たとえば乳癌や子宮癌のあるひと、 家族性の高脂血症のひとも飲まないほうがいいです。 喫煙、肥満、足の静脈瘤のあるひとも要注意ですし （深部静脈血栓を起こしやすい）、 とくに35歳以上の喫煙者には 絶対処方しちゃだめだ、と教科書には書いてあります。 経口だと、どうしても飲むのを忘れてしまいがちなので 日本ではまだ認可されてないと思いますが、 注射タイプのものもあります。 だいたい３ヶ月ごとに注射する必要があって、 妊娠の可能性は１％以下といわれています。 また、小さなチューブに入れたホルモン剤を 体の中に埋め込む方法もあります。 これは１回行なえば５年くらい有効で、 妊娠の可能性は0.6−４％。 経口避妊薬の服用を止めたあとで 無月経になる人も２％ぐらいはいるようで、 たいていはそのうち正常のサイクルにもどりますが、 ６カ月以上続くようなら精密検査が必要になります。 経口避妊薬はこのように作用と副作用をあわせもつ薬です。 自分のライフスタイルや健康観に沿って十分考えたうえで、 決めていけばいいんだと思います。 ちょっと長くなりすぎました。 では、みなさまどうぞお元気で。 本田美和子

1999-10-24-SUN

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