PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙27 サンフランシスコから、その5「報道写真」

こんにちは。

サンフランシスコで、
たまたま知り合った新聞の記者がいたのですが
彼の話にけっこう驚いたので今日はそのお話を。

その方は日本の全国紙の写真記者で、
写真を撮るだけではなくて、
それについての新聞記事も必要に応じて書くんだそうです。

いろいろな仕事を並行して行なっていて、
そのなかのひとつ、通年の日曜版の特集
「100人の20世紀」
(「20世紀の100人」だったかもしれません)という
今世紀を総括する人物誌で紹介する人の取材などのために
今回米国出張に来ていることなどを話してくれました。

東海岸での仕事を終えて
サンフランシスコに来たんだそうですが、
ニューヨークで撮った写真の背景に
赤い色がないのが物足りないと思って、
もういちど背景に星条旗を入れた写真を撮りに
明日戻る、という彼の話を聞いて
「そういうのって、
旗だけ合成しちゃったりしないんですか?」
と、思わず聞いてしまったところ、
「報道写真は真実じゃなきゃいけないからね。」
と、諭されました。そうですよね。

ニューヨークの支局にも記者はいるのに、
なんで日本から来てるその人が
撮りに行かなきゃいけないのか
なんだかよくわかりませんでしたが、
それを聞きそびれているうちに、
そのひとが、これから取材に行こうとしてる
場所の話になりました。

サンフランシスコの銀座みたいなところだと思うのですが、
ユニオンスクエアという、
デパートやおしゃれなお店が集まっている一角に
有名なジーンズメーカーのお店があります。

そこには買ったばかりのジーンズをはいて入る
プールがあって、その後乾燥させて風合いを出す
(んだろうと思います)設備が備えてあるんだそうです。
その写真を撮りに行くというので、
そっちに行く用事があったわたしも
一緒に見に行くことにしました。

それは、プールと呼ぶよりはジャグジーというかんじで
近未来っぽい内装のお店の上の階にあって
乾燥機やシャワールームも備えてありましたが、
肝心のプールには水が張ってなくて
お風呂のおもちゃが空っぽの底に転がってるだけでした。

なーんだ、と思って
せっかく来たのに残念でしたね、と話してるうちに
なんだか変な気がしてきました。

そのひとは、
「知り合いからこの店の話を聞いた時、
アメリカの若者たちがジーンズにこだわって
自分の脚の形に合わせたジーンズを作るために
陽気に友達とはしゃぎながら、
プールに飛びこんだりしてるんじゃないかなと思って
写真を撮りに来たんだけどねえ。
これじゃあ記事にならないね。」と
残念がっています。

でも、それってそのひとが
ジーンズショップのプールの話を聞いたときに
頭の中に思い浮かべたシーンでしょう。

頭に浮かんだ空想のシチュエーションの中のシーンを
実社会に撮りに行って、
現実が思っていたのと違うから記事にならない、
というのは、なんだか順序が逆のような気がしました。

「もう一回り街を歩いてからまた戻ってみる」
というその人とは、そこで別れました。
翌日、別の人から
そのひとが結局プールの写真を撮って
ニューヨークへ出発したと聞きました。

このプールの話は
彼の特集記事のためのものではなくて
社会面か、文化面に載せたいとその人は言っていました。
いったい、
彼の会社の新聞にはどんな写真が掲載されたのか
興味があります。
あと、撮りなおしたニューヨークの写真では、
旗は頼んで掲げてもらったんでしょうか。
最初はなかったのに。

実際にそこにあるもの、起きていることを
映像として切り取っても、
それは一瞬の事実かもしれないけど
全体の真実ではないかもしれない。

報道されたものを目にする、ということは
伝える人が言いたいことを受け取ってるだけなんだ。

頭ではわかっていたつもりでしたが
なんかしみじみと実感した1日でした。

次回からは、旅行や滞在の際のお役に立てればいいな、
というドラッグストアで買うお薬について、お伝えします。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

1999-11-23-TUE

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