PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙31 暮れの音楽(1)

こんにちは。

だんだん寒くなってきました。
街はクリスマス気分がどんどん満ちてきて、
「あなたの大切な人に贈り物を買え」と
攻め立ててくる感じです。

この時期に耳にする音楽というのは、
何でこう暖かく響いてくるのか不思議ですが
やわらかな旋律に、なんだかのんびりとして
ココアでも飲もうか、という気分になります。

季節がら街やラジオから流れてくる音楽は
クリスマスにちなんだものが多くなってきますが、
この手の曲を聴くと
学生時代のアルバイトとそれにくっついてくる思い出とに
懐かしさがしみじみとこみあげてくることがあります。

今日は、そのときの話を。

歌ってばかりいた、学生時代
12月はクリスマス・ソングと第九で忙しい時期でした。
学生は安く使えるからでしょう、
いろんなところから声をかけていただいて
楽譜と衣装を持って、お小遣いを稼ぎに
出かけて行きました。

北米から輸入した
大きなクリスマスツリーの点灯式に呼ばれて
池袋の駅前で「もーみの木、もーみの木」と歌ったり、
西新宿のホテルのロビーで
クリスマスの歌をずーっと歌いつづけたり、といった
大人数の合唱は、通りがかりのひとに聴いてもらうだけので
気楽で楽しかったのですが、
たまに、ホテルのレストランで
<クリスマスキャロルとディナーの夕べ>
なんてタイトルをつけられて、
おしゃれをして食事を楽しんでるひとの脇で
歌わなければいけないときは
ご馳走や思い出を台無しにしないんだろうか、と
緊張してひやひやしていました。

ときには、
テレビの音楽番組や、コマーシャル音楽の録音に
呼ばれることもありました。
そこでは、
テレビの画面を見ているときには
気づかなかったことがたくさんあって
いろいろと驚きました。

出演者が立つ場所は、
もちろん明るくてきれいに飾り付けられているのですが、
出演者が見ているのは、
殺風景なコンクリートの壁と、カメラだけ。

100万をこえるひとたちが、
このカメラの向こうにいるんだ、と
言われても、なんだかぴんとこなくて
閉塞感だけがつのります。

しかも、主役の歌手の映り具合のみならず
ずーっと後ろの奥で歌っている
わたしたちの表情も重要だといわれ、
いい顔で歌うバージョンと、
いい声で歌うバージョンに分けて
収録されました。

まず、一生懸命歌ってOKがでると、
次はその録音がスタジオに流れて
それにあわせて「いい顔」で歌うように指示されます。

もっとすごかったのは、
生放送で歌チームと顔チームに分けられるときです。

もちろんわたしは、顔チームではなくて
楽譜を渡され、
放送時間のずっと前に集まって歌の練習をします。

で、顔チームが放送の間際にやってきて
立ち位置やタイミングの確認をしているときは、休憩。

放送が始まると、
顔チームはつながっていないマイクの前で歌う振り。
歌チームは、小さなブースに詰めこまれて、
モニターを見ながら、練習の成果を発揮します。

テレビって凄いんだな、と
ネガティブな感想をもつことが多いアルバイトでしたが、
一度だけ、ほんとに今日来てよかったと
心から思った日がありました。

次回は、そのときのことについて。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

1999-12-12-SUN

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