PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙32 暮れの音楽(2)

こんにちは。

前回書いたように、テレビのアルバイトでは
華やかな世界を支える、嘘って訳じゃないけど、
真実とも違うものの積み重ねを
目の当たりにすることが多かったのですが、
いまだに忘れられない
圧倒的なパフォーマンスを見せつけたひともいました。

もう、ちょっとした昔の話になりますが、
暮れのアルバイトのひとつに
ポップミュージックの特集番組の
バックコーラスをした年がありました。

ベートーベンの第九を、
誰かロック歌手が歌うというもので、
合唱係は結構な数の混声合唱団になりました。
このときは、
歌チームと顔チームは同じで
歌の練習のあとは、服を着替えて、お化粧をして
収録をするという段取りでした。

歌の練習をしているとき
スタジオに男のひとがひとり、
入ってきたのに気がついて
誰かな、と近づいてくる顔を見て
ひえー、と心拍数が上がりました。

わたしたちがバックコーラスをつとめる
ロック歌手というのは
忌野清志郎さんだったのです。

緊張感100倍増し、というかんじで
わたしは舞い上がっていたのですが
普段着で、眠そうな忌野さんは
「じゃ、みなさんどうぞよろしく」と
ひとことおっしゃったあとは、
淡々とコーラスとの合わせ具合を確かめて
「じゃ、本番もよろしく」と
お支度に消えて行ってしまいました。

なんか
もの静かな普通のひとだったなあ、
というのが第一印象。
支度を済ませて、ひな壇に並んで本番を待っていました。

30分後、そこに現れたのは
髪の毛3倍、お化粧完璧、どんな遠くにいても
「あのひとは、なんか違う」とわかるような空気をまとった
アーティスト・忌野清志郎でした。

これがオーラってもんなのね、とびっくりしたのも束の間
ずんずんとステージの中央に立つと、
その他大勢のわたしたちを、あっという間に巻き込んで
いきなり、彼の音楽空間をつくりあげました。

言葉で説明するのは難しいのですが、
わたしたちの気持ちが、彼の中に吸い込まれていって
一挙に放電されているのを、自分の目で確認できる、
というか。

圧倒的なエネルギーを見せつけて、
収録はあっけなく終わりました。

終わったあとも、自分の中には
なんだかよくわからない高揚感がくすぶっていて
気分をもてあましている、というかんじ。

たった30分の間に、
自分の中のエネルギーをあれだけ増幅させて
周囲を巻き込むことができるひとがいる。
いったいどうやって、
気持ちをあんな風にコントロールしてるのかなと
不思議に思ったことを覚えています。

このような激しいエネルギーの振幅に
耐えられないひとも絶対いると思うし、
なにかしらのよりどころを
求めるひとがいるのも、わかるような気がします。

麻薬に依存するアーティストのことを
ときどき耳にすることがありますが、
こんなことが毎日続いていると
現実と気持ちのギャップを埋めるために、
使ってみたくなるひともいるかもしれないよね、
と思ったことを今思い出しました。

もちろん、
そんなもので救われていると錯覚しても、
解決にはならないし
許されることではないですけど。

ひとの放つエネルギーは、目に見えることもある、
ということを実感した出来事として
今でも、年末が近づくと懐かしく思い出します。

では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。

良いお年をお迎え下さい。
本田美和子

1999-12-28-TUE

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