PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙34 運の悪いひと1

こんにちは。

病院で働いていると、
「まさか、そんな」 とか
「なんでそんな目に遭っちゃったんだ」
などと思うことをときどき見聞きします。

今日はそんなことをお伝えしようと思います。
タイトルは「運のわるいひと」。

顔見知りのフェロー(レジデントを終えて、
さらに専門分野について研修しているひと)と一緒に
集中治療室で働いているときに
ひょんなことから、
自分たちの病気についての話になりました。

彼は以前、基礎医学の研究をしていたときに
カリフォルニアに住んでいました。
彼の家は海岸のすぐそばで、
時間があると海でサーフィンをしたり、
泳いだりして楽しんでいたそうです。

あるとき、トライアスロンに出ることにして
まとまったトレーニングをする計画を立てて、
早速実行に移しました。

波の荒い太平洋を
沖にむかって泳いでいると、波をまともにかぶって
進むのに結構抵抗があって難しいらしいです。

ある日、天気が少し悪くて、高波が続く中を泳いでるうちに
なんだか視界がぼやけてきて、
「疲れたかな」と早めに切り上げてうちに帰ったそうです。

で、玄関の鍵をあけようとしたら、
鍵穴が2つある。

「あれ?」と思ってよくよく触って確かめてみると、
鍵穴は確かにひとつしかないんだけど
自分の目には2つに見える。

「これは複視だ」と気がつくまで、数秒あって
それから大慌てで病院に行きました。

診断は網膜剥離。

原因は、外から異常な圧力がかかることで
眼球の一番内側の網膜が
ずれたりはがれたりすることでおこる病気で、
ボクシングの選手などが起こすことがあります。

早めの治療、手術で
視力を保つことは可能ですが、
もちろん、そのままでは
視力を失うことにもなりかねません。

彼はすぐ手術を受けて
現在はちゃんと物はひとつしか見えないそうですが、
2つに見えていた時期も結構長くて、
外科医になろうかなと思っていた当時は、
「もう破滅だ」と暗い日々を送ったそうです。

ボクシングで顔中殴られてならともかく、
荒波にもまれて泳いで網膜剥離だなんて、
怖いと思いませんか。
わたしはびびりました。
運が悪いにもほどがある。

「ゴーグルしてなかったの?」と聞いたところ、
「ゴムがきついから、嫌いだったんだよね。
 かけてなかった」
とのこと。

この話を聞いて
今後絶対にゴーグルなしでは泳ぐまい、と
わたしは心に決めました。

では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2000-01-19-WED

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