PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙48 集中治療室4 ケース・マネージメント

こんにちは。

前回は、集中治療室に限らず、
一般の病棟でもお世話になっている
栄養士についてご紹介しましたが、
入院中の患者さんの治療について
退院までの短期的なゴールのために
お世話になっているのが栄養士さんだ、とすれば、
「長期的には役に立っていくのはわかっているけど、
 今はいやだ」という感じで
お世話になっている専門家もいます。

今日は、その専門家の仕事について。

病院で働くときの必需品のひとつが、ポケットベルです。
たまに友達から、
「今晩どっかに遊びに行こう」とか
「昼ご飯をそろそろ食べない?」というような
楽しいお誘いもありますが、
大多数は、病棟や急患室などからの
患者さんについてのことで、
呼ばれて嬉しいことなんてほとんどないのですが、
そのなかでも、うれしくない電話のベスト3は

1 入院中の患者さんが急に死にそうになっている、
  という病棟からの連絡。
  
2 放射線科の医者に、どうして今すぐCTや
  MRIを撮らなきゃいけないかをくどくど説明して、
  なんとか検査にこぎつける交渉。
  
3 ケース・マネージメントからの問い合わせ。

今日は、そのなかのひとつ、
ケース・マネージメントと呼ばれる
仕事をしている人について、ご紹介したいと思います。

日本の健康保険制度も、いろいろ問題が山積みで
破綻をきたしそうになっていることは、
もう広く知られているところだとおもいますが、
公的健康保険制度のない米国での問題も深刻です。

この国では、自分で保険会社を選んで契約すると、
その健康保険会社と契約をしている
医療機関を受診することができますが
そこでの治療内容についても、保険会社の認定が必要です。

医者は、入院中の患者さんに、
必要で、かつ標準的であると思われる
検査や治療を進めていきます。
それらについて、
事前にいちいちお伺いを立てる必要はありませんが、
治療が終了して、請求書が出来上がった時点で
保険会社は、「これはやりすぎ」「これは不必要」と
彼らが思う内容について、
保険金を支払うことを拒否してくるのです。

その時点ではもうすでに
検査や治療は済んでいるのですから
保険会社が拒否する治療などにかかった費用は
病院の持ち出しとなります。

実際にこの問題はとても深刻で、
東海岸にあるいくつかの有名な大学病院は、
経済的な理由で病棟を閉鎖したり、
病院の規模を小さくしたり
もっと大変な例では、病院が倒産して、
大学ごと売りに出されたりしています。

今わたしが働いている病院も、例に漏れず
保険会社と大喧嘩をしていて、
現在の交渉が決裂すると、
その保険会社との契約を打ち切ってしまい
その保険に加入している患者さんは診察できない、
もしくは全額自費で、ということになってしまいます。

病院の患者さんのうち、
その保険会社の加入者の割合は2割くらいで、
また、保険会社もその収入の2割くらいを
この病院から得ているんだそうです。

で、一年にどのくらいの支払いを
拒否されているのかということについての記事が
地元紙に掲載されたのですが、それによると、
この保険会社は請求書の額の1割を拒否していて
その額は11ミリオンドル。
(11億円。計算苦手なので超円高での換算ですが)

まあ、持ちつ持たれつの関係であることは
間違いないわけで、きっと5月頃までには
妥協点を見つけるんじゃないかと、思っています。

状況の説明が長くなってしまいましたが、
そこでケース・マネージメント。

このように、病院側からすれば
踏み倒されている、としか言えないような
この保険会社の支払い拒否をなんとか減らすために、
自衛の特別チームを編成しました。

それが、ケース・マネージメントのひとたちです。
彼女たちは看護婦の資格をもっていて
腕に大きくケース・マネージメントと書いた白衣を着て
病棟にやってきます。

彼女たちと医者とは簡単に見分けがつきます。
たいてい、平均的なレジデントよりも
一世代くらい年上で、白衣が汚れてなくって、
白衣の下もおしゃれなお洋服。

彼女たちは、入院患者さんのカルテを
丹念に読んでいって、治療方針や、
退院の計画などについて疑問があれば、
担当のレジデントを呼び出して説明を求めます。

どうして入院が長引いているのか、
今後の退院までの見通しはどうなのか、
などについて、納得してもらえるよう
わたしたちは説明しなければなりません。

彼女たちから呼び出されるのは、たいてい
「転んで骨を折ったので手術した後、
 肺炎になってしまって、ようやくよくなりかけて、
 毎日リハビリしている一人暮しのおばあさん」とか、

「心臓病のために新しい薬を始めたんだけど
 なかなか効き目が出てこなくて、毎日採血して
 くすりの量を調節しなければいけないおじいさん」
というような、一般病棟のケースが多いのですが、
ついに集中治療室にも、
彼女たちがやってくるようになりました。

実際のところ、集中治療室での治療内容は
保険会社から拒否されることがよくあるんだそうです。

でも、とても重症な肺炎のために、
自分で呼吸ができなくなって
人工呼吸器に何日もつながれていて、
ようやくそれが外れたばかりのその日のお昼に、
「じゃ、この人はいつまで集中治療室に
 いなきゃいけないの?」と
訊かれてもほんとうに困ります。

ケース・マネージメントからの電話は、
病院がちゃんと機能していくための資金を確保するために
とても大切なんだ、とは思うのですが
そんな長期的な経済計画よりも
目の前の患者さんを今すぐ、どっかに移せ、
といわれたときに感じるうんざり感のほうが、
現場で働いているわたしには強いです。

では、今日はこの辺で。
次回は集中治療室で思いがけず見かけた、
牧師さんの仕事ぶりについてお知らせしようと思います。

みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2000-04-30-SUN

BACK
戻る