PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙60 水泳3 水難事故

こんにちは。

夏のある日の授業の終わりに
次の授業の予告がありました。

「次の講義では、
 船の事故に遭ったときのための
 生き延びる技術について考えます」。

「水に濡れてもいい服と、
 きれいに洗った靴を持ってきてください」。

いったいどんなことが始まるのか、
興味津々で次の授業の日を迎えました。

いつものように10分泳をすませた後、
わたしたちは屋内プールから
その隣にある飛び込みプールへ連れていかれました。
プールサイドで
持参した服と靴を身につけたところで
今日の授業のテーマについての説明を受けました。

「今日は、今後君たちが出遭うかもしれない、
 水の事故についてのシミュレーションを行います」。

「乗っている船が沈没して海へ投げ出される、
 という状況を想定します」。

なるほど。今日は服を着たまま泳ぐ練習なのね、と
みんなではしゃいでいましたが
続く先生の言葉に
その気持ちも一気に萎えてしまいました。

「沈みかけてる船から水の中へ飛びこむ、というのは
 結構難しいです。
 舳先から水面の高さまでの距離は
 船の大きさにもよりますが、
 3メートルから10メートルくらいです」。

「さらに、船が沈むときには
 そのまわりに大きな渦ができるので、
 それに巻きこまれないところまで泳げるかどうかが
 生死を分けます」。

「それから、自分の着ているものをできるだけ有効に使って
 体力を消耗しないような状態で救助が来るのを待つ、
 というのが“正しい”事故の遭い方です」。

つまり、単に服を着たまま泳ぐのではなくて
先生の想定する状況にできるだけ近い状態で
1時間を過ごす、
ということらしいのです。

シャツをパンツの中に入れたり
パンツの裾を靴下の中に入れたりして、
自分の体の周りの空気をできるだけ逃がさないようにして
浮き輪を身につけているのに近い状態にする、
といった準備をプールサイドで整えながら、
先生の次の話を聞きました。

「なまじ泳ぎに自信があると
 遠くまで泳いで行ってしまいがちですが、
 大切なのは、
 救助されるまで生き延びることです」。

「体力を使い果たさないように、
 手近なものにつかまって浮かんでいてください」。

「水の中では、あっという間に体温が奪われていきます。
 いくら水を吸って重くなったからといって
 着ているものを脱いでしまうのは自殺行為です。
 服と体との間に空気を含むことで
 浮力と体温を同時に温存させることができますから
 着ているものは、絶対に脱がないこと。
 できればときどき自分で空気を送り込んでやること」。

このような説明を聞きながら
服の準備ができたところで、飛び込み台へ向かいました。
先生の想定する舳先から水面までの高さにちょうど一致する
3メートルから10メートルまでの
色々な高さの飛びこみ台が
そこのプールには揃っていました。

とりあえず、どの程度の高さなのかを実感しようと
1番高い10メートルの飛びこみ台に立ってみました。

わたしは小学生のとき
怖くて歩道橋が渡れなかったほどの
高所恐怖症です。

10メートルの高さからのぞきこんだプールは
とても小さくて、
そんなこと、ありえないとわかっていても
ここから飛びこんだら、
プールの外に落ちてしまうんじゃないかと
怯えてしまいました。

いくら訓練とはいえ、
こんな高いところからは飛び込めません。
2番目に高い7.5メートルの台から
足から先に飛び込みました。

着水したところから20メートル泳ぐと
プールサイドから先生が水球のボールを
1個投げてくれます。
このボールにつかまって、
周りで浮いている友達と話したり
体の周りの空気をときどき足したりしながら
残りの時間を過ごしました。

このときのことを先日友達に話したところ、
「このまえNHKでは、
 重くなるから靴は脱げって言ってたよ」
と言われました。
たぶん状況によって違ってくるのでしょうが、
このときの授業では、保温のために靴もはいたままでした。
(そのためにわざわざスニーカーを洗って準備しました。)

また、5月にジャマイカに遊びに行ったとき
沖合のサンゴ礁でスノーケリングをやってみました。
暖かいカリブ海で、
魚を見ながら夢中になって泳いでいたのですが
30分もしないうちに、体が冷えて辛くなりました。

ビキニの水着で長いこと泳いだのが、まずかった。

あのとき、先生が言っていた
体温の温存、というのがいかに大切か、ということを
身をもって実感しました。

というわけで
一生のうち、役に立つ日が
来るかもしれないし、来ないかもしれない、
水の事故でのサバイバル技術の授業について
今回は書いてみました。

それから、
水泳2の最後にお願いした古本屋さんの件について
たくさんの方からご連絡をいただきました。
多くの方に親切にしていただいて、
とてもうれしかったです。
本当にありがとうございました。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2000-08-20-SUN

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