手紙65 ミスを防ぐために4
Libby Zion その2
こんにちは。
Libby Zionの話の続きです。
Libby Zionは
ニューヨークに住む18歳の女の子で
過度のストレスを感じるようになった1984年の1月から
抗うつ剤フェネルジンを飲み始め、
事件が起きた日の前日までその薬を続けていました。
1984年3月のある日、
彼女は発熱を主訴にニューヨークのある病院の
救急治療室にやってきました。
彼女は問診を受けたとき
自分が飲んでいる抗うつ剤の名前を
レジデントに告げましたが、
それ以外に飲んでいる薬や
コカインを使っていたことなどについては
明らかにしませんでした。
彼女は受診時、とても興奮状態にあって
診察をしたレジデントは
「ヒステリーをともなった、風邪症状」と判断しました。
1年目のレジデント(いわゆるインターン)と
2年目以降のレジデントは
原則として2人1組で患者を診察するのですが、
この診断を下した午前2時までに、
彼らは既に18時間働き続けていました。
レジデントたちが仕事を始めてから約20時間後の
午前3時半、彼女はさらに興奮して暴れ
レジデントはLibbyにメペリジンという薬を注射しました。
その後、彼女の状態はどんどん悪くなって、
午前6時半、体温は42度まで上がり
呼吸も止まってしまいました。
もちろん、レジデントやスタッフの医師たちは
すぐに心肺蘇生を試みましたが、
残念なことにそのまま彼女は亡くなってしまいました。
彼女が飲んでいた抗うつ剤フェネルジンという薬は
MAO阻害剤と呼ばれるグループに含まれ、
レジデントが救急治療室で彼女に投与した
メペリジンと併用すると
死に至る重篤な副作用を起こすために、
絶対に同時に与えてはいけない、とされています。
レジデントは彼女が
MAO阻害剤を飲んでいることを聞いていながら、
不注意から
絶対に併用してはいけないメペリジンを投与して、
その結果、彼女の死を招いてしまいました。
また、彼が絶対にやってはいけない間違いを
犯してしまった原因のひとつには、
長時間勤務による疲労で
判断力が鈍っていたことがあるのではないか、
と疑われました。
Libbyのお父さんは
ニューヨークタイムズのライターで、
弁護士の資格も持つ人でした。
スタッフの医師が
レジデントに適切な指導を行なわなかったこと、
さらに、レジデントが長時間の勤務を強いられていたことで
的確な判断を下せないほど疲労していたことが
娘の死につながった、として
Zion氏は訴訟を起こし、
積極的なロビー活動を展開しました。
裁判では彼の主張は全面的に認められ、
ニューヨーク州はZion氏に賠償金を支払い、
その後、救急治療室のレジデントは1日12時間以上、
病棟勤務のレジデントは1日16時間以上働くことを
禁じる法律が制定されました。
Libby Zionのケースは、それはそれは有名で
彼女の名前をキーワードとして検索すると
100を超える医学雑誌、一般雑誌の記事や
書籍がみつかります。
起きてしまった不幸な事故を
個人の責任問題に留めることなく、
2度と同様な事故を起こさないように普遍化して
制度を改めていこうという姿勢はとても健全に思えますし、
時々感じることもある、
アメリカという国の良いところのひとつです。
同じような姿勢は、法律制定のレベルだけではなく
日常診療の場にもみられます。
次回はわたしの働いている病院での
医療事故を防ぐ試みのひとつについて
ご紹介しようと思います。
では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。
本田美和子
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