PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙72 恩師1


こんにちは。

徒弟制度の色濃い仕事場で働いているので
学生時代だけでなく、
その後もいろいろな人に教えてもらう機会が
たくさんあります。

せっかく教えてもらったのに
身につかないまま忘れてしまうことは
よくあることですが、
中には、いつまでも折に触れて思い出すことを
教えてくれた方もいます。

その中で、一番やさしくて実行しやすいのは
元の職場の上司がいつも言っていた、
「食事よりも優先しなければいけない
 緊急の用事というのは、あまり、ない」
ということです。

とにかく食事の時間を確保しろ、という
彼女の教えを
わたしは今も忠実に守っています。

ときには、ほんのわずかしか会う機会がなかったのに、
困った時にはその時のことをいつも思い出して
助けられることを教えてくれた方もいます。

今日はその中のおひとりについて
書くことにします。

東京の病院で働いている時に
上司の先生から、
すばらしい内科医が来日中で
神奈川の病院で講義を行なっているので
みんなで日替わりで聴きに行っていいよ、という
お話をいただきました。

その方は
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の内科の先生で
誰でも知ってる内科の教科書を書いているような
ビッグネームです。

この先生は、これまでもたびたび来日して
いろいろな病院で
内科の講義を行なっていらっしゃいます。
学生の時にも、一度だけその講義に出る機会があって
すごーい、と感銘を受けていたので、
ぜひ行きたいです、とお願いして
日程を調整してみんなで交代で行くことになりました。

わたしが行くことになったのは、
1週間ほど続いた講義の最終日でした。

一つの症例をもとに、
問診の内容、診察の仕方、考えるべき病気、
それに必要な検査、治療法の選択、
というようなことを教える
典型的なアメリカでの臨床教育の講義なのですが、
なにしろものすごい物知りで
しかも、とても面白いおじさんなので
聞き手の注意をそらさない、
相変わらずすばらしい講義でした。

最終日を終えて
これから飛行機で北海道へ
バードウォッチングに行く、という先生と
たまたま一緒に東京に戻ることになったので
電車の中でいろいろとお話を聴くことができました。

自分が困っているケースについて
相談に乗っていただいたり、
医学教育について先生が考えていらっしゃることを
教えてくださったり、という
ラッキーとしか言いようのない
とても楽しい時間を過ごすことになりました。

その時に先生がおっしゃった、
「アメリカでのトレーニングも、いいよ。やってみたら」
という言葉に肩を押されるような形で
わたしはその次の初夏から
フィラデルフィアで働くことになったのですが、
そればかりでなく
わずか2時間あまりの中で学んだことは
たくさんありました。

「レジデントがプレゼンテーションする時に
 陥りやすい間違いって、何だと思う?」

そろそろ乗り換えの駅が近づいてきた頃、
先生からそう聞かれました。

「プレゼンテーションで一番大事なことは、
 自分が知ってることを話すんじゃなくて
 相手が知りたいことを話すことなんだよ」

「UCSFのレジデントはできる子が多いから
 すごく細かいことまで話したがるけど、
 大切なのは相手が知りたいことを想像して
 それに必要なことを選んで、
 きちんと伝えることなんだ」

UCSFというのは
カリフォルニア大学サンフランシスコ校、
西海岸の超有名校です。
そこで働くレジデントなら間違いなく優秀で
しかもアメリカ人ですから、
発表の際にはその豊富な知識を
余すことなく披露するだろう、
ということは容易に想像できます。

「自分が話したいことではなくて、
 相手が聞きたい内容を話すこと」

「相手が聞きたいだろうな、という内容を想像できて
 手持ちの中から、それに必要な情報を
 選び出せるかどうかが、いいプレゼンテーションが
 できるかどうかの分かれ目だよ」

何かの発表の準備をするたびに
わたしはこの時の先生の言葉を思い出します。

誰かに話を聞いていただく、という点では
「ほぼ日」も同じなのですが、
わたしはここできちんと想像力を使って書けているのか、
ということについては
まだ、ちょっと自信がありません。

と、弱気になったところで
今日はこの辺で。

次回はこの先生に引き合わせてくださった
上司の先生と、
その先生がお書きになった本について
ご紹介することにします。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2000-12-03-SUN

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