PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙88 HIV15 最後の晩餐

こんにちは。

わたしが働いているプログラムでは
クリスマスか、年末年始に
1週間の休暇がもらえます。

わたしはクリスマスの時期に働くことにして、
暮れに、ちょうど休暇で遊びに来てくれていた
妹と一緒にニューヨークへ出かけました。

今年の冬はとても寒くて雪もたくさん降りました。

わたしたちが遊びに行った時も、
ニューヨークはものすごい雪と寒さでした。

雪の中を歩くのは、最初は面白いのですが
だんだん辛くなってきて、
午後はちょっとどこか暖かいところに行こう、
ということになり
現代美術館(Museum of Modern Art; MoMA)へ行きました。

MoMAでは、ちょうどOpen Endsというタイトルで
1960年代以降の現代美術を回顧する、という
大がかりな展覧会を開いていました。

展示されていたのは、絵画や彫刻ばかりでなく
写真や家具、洋服、広告のポスターなど多岐に渡っていて
避寒のために行った美術館でしたが
思いがけず、楽しい催しでした。

でも、その膨大な「アート」の展示に圧倒されて
ちょっと疲れたのも事実で
ようやく最後の部屋にたどりついたときには、
ほっとしました。

最後の部屋の最後の作品は
薬のパッケージをデザインしたポスターを
壁一面にたくさん並べたもので、
タイトルは「最後の晩餐」。
作者はイギリス人のDamien Hirst という人でした。

近づいて
その薬のパッケージに書かれた文字を読んだわたしは
胸がいっぱいになりました。

そのパッケージには、ひとつひとつ
サラダとかスープといった
食事のメニューが書いてあるのですが
その下には、末期のHIV感染者にとって
その人が亡くなる直前に必要となるであろう、
さまざまな薬の名前が書きこまれていました。

抗HIV薬、日和見感染の治療薬、
吐き気止め、強力な痛み止め、
そして、心臓が止まったときに使う強心剤。

冗談ではなく、これらが本当に
最後の食事になるかもしれない人はたくさんいることを
わたしは経験から知っています。
そして、
この食事をとらなければならない人の痛みを思うと、
わたしは、この日観た膨大な「アート」のなかで
初めて心から共感できるものに
出会ったような気がしました。

その後、この作品についての評論をいくつか読みましたが
どれも、わたしが作者なら
きっとすごく落ち込むだろう、というような
けちょんけちょんにけなしたものばかりでした。

芸術の専門家には
あまり評価されていないようですが、
わたしにとってはこのOpen Endsの展示の中で
一番心に残る作品でした。

この作品の一部を紹介しているサイトを見つけたので
ご紹介しておきます。
http://www.artnet.com/Magazine/
features/finch/finch10-24-00.asp

上から6番目の写真です。クリックすると大きくなります。
Morphine Sulfateというのは
痛み止め・モルヒネのことです。

ここでも、彼は
「自分の名前を作品の中に入れて宣伝するなんて最低」と
けなされていますが、
彼は自分の名前を架空の製薬会社として使うことで、
「最後の晩餐」をとっているひとの姿の中に
自分を織り込んでいる、と考えることもできますし、
そんなにきついこと言わないで
彼の伝えたいであろうことを汲んであげればいいのに、
と思います。

昨年の暮れから長々と続きましたHIVに関するお話は
本当にこれでおしまいです。
お付き合いくださって、ありがとうございました。

とくに、途中で
「あまりに長くなってきたので
もしかしたら、ずっと読んでくださっている方は
いないかもしれない」と心配になった時
「大丈夫。ちゃんと読んでるから安心しろ。」と
メールをくださった、たくさんの方々には
改めて心からお礼を申し上げたいと思います。

次回は、この前日に観たパフォーミング・アートについて
お伝えしようかと思っています。

では、みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2001-03-31-SAT

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