PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙90 ちょっとした居心地の悪さ。

こんにちは。

前回は、ニューヨークで観た
Sing-a-long Sound of Music についてお伝えしました。
この催しがとても楽しい、娯楽に満ちたものだったことは
前回書いた通りなのですが、
実のところ、
それを100パーセント手放しで楽しめたか、というと
それはちょっと違う感じでした。

この自分の中のもやもやした気分を
うまく言葉でご説明できるかどうか
自信がありませんが、やってみることにします。

映画とか演劇など
たくさんの人たちが観ることを
前提としてつくられているパフォーマンスは、
それを観た人たちが
充足感を持って劇場を出て帰って行くことが
その目的の一つなのだろうと思います。

ですから、こういったパフォーマンスの多くは
観ている人が笑ったり、涙したり、
すかーっとしたりする場面を
飽きが来ないようにテンポよく並べていますし、
そのための敵役も必ずいるようです。

そして、観ている人たちが共通の価値観を持っていれば
笑ったり、泣いたり、すかーっとしたりする場面は
だいたい同じところに収束して行くのだろうと思います。

でも、それは、観ている人が
「本当にほとんど同じ」価値観を持っている場合の話です。

わたしが初めてニューヨークへ遊びに行ったのは
5年くらい前のことです。
数人の友達と、特に予定もなく街を歩いていて
ブロードウェーの劇場の当日券売り場で
その日の夜に行なわれるミュージカルの切符を買いました。

その時間で人数分のチケットが手に入ったのは
「ミス・サイゴン」でした。
オペラの蝶々夫人を下書きにした、
ベトナム戦争時代のサイゴンが舞台の
ロングランを続けている話らしい、
ということを教えてもらいながら
劇場へ向かいました。

10年くらいのロングランをブロードウェーで続け、
トニー賞も受賞。
日本も含め、各国での公演も数を重ねた
とても有名なミュージカルですが、
話が進んで行くにつれて
わたしはどんどん気が滅入ってきました。

物語は
ベトナム戦争中、陥落前後のサイゴンを舞台に、
夜の歓楽街で働かざるを得なくなった
貧しいベトナム人の少女が
アメリカの兵士と恋におちるところから始まり、
どんどん悲劇的な結末に向けて盛り上がって行きます。

兵士との間に生まれた自分の子供を
夢の国、アメリカ合衆国へ移住させるために
彼女は自ら命を絶って、物語は終わります。

狂言回しとして物語を進めていく、
歓楽街で働くおじさんが歌い踊る
夢の国、アメリカを称える歌を聴きながら、
(このおじさんは、本当に上手でした)
そして、その歌に対して
大騒ぎして喝采を浴びせている観客を見ながら、
「アメリカって、そんなにすばらしいところなの?」と
何だか、自分でもどうしてかわからないほど
意地悪な気分になってしまいました。

そのまま
まるで、自分の胸の中を
砂のついた手でざらっと撫でられるような
落ち着かなさ、というか居心地の悪さを抱えて
わたしは劇場を出ました。

一緒に観に行った女の子の友達が
「ねえ、この話ってひどくない?」と話しかけてくれて
わたしはほっとしました。
一人じゃなかった。

それから二人で、どうしてそう思うのか
考えてみました。

たぶん、それはわたしたちと
それほど変わらない時代を生きた
アジアの女性の生涯を
アメリカ合衆国的幸せの方法で
一方的に描いたものだったからではないか、と思います。

もちろん、このミュージカルはたくさんの人々に支持されて
大成功を収めているのですから、
多くの人の心に訴える
良さを持っていたことに違いはありません。

ただ、それはわたしには届かなかった。

そして、その原因のひとつは
わたしがアジアで生まれ育った女であることなのだと思います。

その後、アメリカで働くようになって
いろいろな国の出身の知り合いができるようになりました。

ある日、映画について話している時
ドイツで生まれて、その後アメリカに移住してきた人が
ちょっと、微妙な問題で言うのが難しいけれど、
と前置きをして話してくれました。

「ドイツのことがアメリカの映画で出てくる時には、
 たいてい敵役なんだよね。ナチスとか。」
「アメリカ人になりきって観れば痛快なんだけど、
 自分の中でなんだか自分が分裂して行ってしまうような、
 そんな感じがするときがある。」
「ナチスを支持するとか、そんな思想的な問題じゃなくて。
 だって、自分が生まれた国だしね。わかるでしょう?」

こう言われた時、わたしは5年も前に見た
ミス・サイゴンのことを思い出し、
たぶんわたしは彼の言っていることが
少しはわかったような気がしました。

5年前と同じブロードウェーで
第2次世界大戦中のドイツを敵役とした、
ミュージカル映画の傑作、Sound of Musicを観ることは
わたしに彼の話を思い出させて、
当時のざらっとした感触を再び感じることになりました。

もちろん、前回お伝えしたように
パフォーマンス自体はとても趣向をこらしたものですし
わたしも楽しみました。

たくさんのアメリカ人の観客に混じって。
その友達のことは思い出さないようにして。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2001-04-11-WED

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