手紙107 レジデントの暮らし・4 住
こんにちは。
病棟を担当する月には、
4日に1回の当直がまわってきました。
当直の夜は
病院の一角に作られた
レジデントのための当直室で
寝ることになるのですが、
今日はこのレジデントのすみかについて
お伝えすることにします。
患者さんのための病室には
精神状態の安定を図るために、
必ず窓がなければいけない、という
決まりがあるそうです。
当直室のある最上階には
空調や電源の機械室もあるので
構造上の問題なのでしょうが、
個々の当直室には窓がありません。
ちょっと閉じ込められる、という感じです。
それでもやはり、夜の一仕事を終えて
仮眠を取るために当直室へ上がってくる時は
「さー、眠ろう」と
嬉しさがじわっとこみ上げてきます。
当直室のフロアには
30あまりのドアがずらりと並んでいます。
患者さんのお部屋の
半分くらいの大きさしかない当直室には
ベッドと机、それから電話があるだけです。
当直室へ引き上げた後も、
もちろん病棟やERからは
ポケットベルで容赦なく呼び出されます。
呼び出し音は結構大きくて、
しかも部屋と部屋との壁が薄いので、
隣りの部屋にいる
レジデントのポケットベルの音が聞こえてしまいます。
最初の頃は隣りの音で目が覚めて、
慌てて自分のポケットベルを確認することが
よくありました。
でも、一日の仕事で疲れ果てて寝ているので
そんな大きな音でも気がつかずに寝ている
レジデントもたまにいます。
病院のポケットベルはよくできていて、
呼ばれたのに返答しないと
1分間に1度くらいの頻度で
遠慮がちに「ピッ」と小さな音をたてて、
「早く電話をかけろ」とせっついてくれます。
時には、
隣りの部屋からこの遠慮深い「ピッ」という音が
いつまでも聞こえてくることがあり、
他人事ながら、「ちゃんと起きてるのか」と
心配になりました。
1年目のある日、
友達と当直の夜に起こされるのが辛いね、という
話をしていると、
その中の一人が真剣な顔で言いました。
「自分は眠りが深い、とは思っていたけれど、
これほどまでとは知らなかった」
「ポケットベルの音じゃ、絶対に目が覚めないんだ」
「腰につけたままだと、全然気がつかないから、
置いておく場所が悪いのかな、と思って
襟元につけてみた」
「でも、だめ」
「枕もとに置いても、寝返りをうっている間に
枕の下にまぎれてしまって、
結局音が小さくなっちゃうし」
「でね、もう次はこれしかない、と思っているんだけど」
と、なんだか秘策があるようです。
「今日はヘアバンドを持ってきた」
その子はテニス用のヘアバンドを持参していました。
頭にヘアバンドをつけて、
おでこにポケットベルをくくりつける、というのは
想像しただけでも笑える妙な格好ですが、
本人は真剣でした。
その後、彼からポケットベルの音で起きられない、
という話は聞かなくなったので、
たぶん、ヘアバンドは有効だったのでしょう。
その子は大学には飛び級で入学し、
年度末に毎年選ばれる
ベスト・レジデントに2回も選ばれた優秀な男の子で、
学生やインターンへの指導もうまい
とてもいい子だったのですが、
彼がどんなに格好よく話をしていても、
ヘアバンドでポケットベルをおでこに貼りつけている姿を
思い浮かべると、やっぱり笑ってしまいました。
今日は
当直室についての話にしようと思って始めたのですが、
結局、当直室で寝ている人の話になってしまいました。
次回は、いつもタイミングを逃してばかりいるわたしが、
ついにその場で文句を言うことができた時の話にしようかと
思っています。
では、今日はこのへんで。
みなさまどうぞお元気で。
本田美和子
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