PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
ニューヨークの病院からの手紙。

手紙130 家庭内暴力・1 Talk to me.

こんにちは。

4年前にフィラデルフィアで働き始めて間もないころ、
外来の時間に
レジデントの相談役として
指導に来てくれていた先生が胸元に
缶バッジをつけていたことがありました。

そこには
Talk to me, if you are abused at home.
I'm here for you.

と書いてありました。

abusedというのは虐待を受けている、ということで
つまり、このバッジには
「もし、あなたが家で虐待されているのなら、
 どうぞわたしに話してください。
 力になります」
と静かだけれど、
力強いメッセージがこめられているのでした。

「何でまた、そんなものをつけてるんですか?」と
聞いてみたときの彼女の答えは
とても印象深いものでした。

「虐待を受けている人たちにとって、
 そのことを周りに告げるのは、とても大変なことなの。
 わたしが、
 いつでもそのことについて話を聞く用意があって、
 その解決策も持っているとしても、
 それは傍目にはわからないでしょう?」

「こういうバッジをつけておけば、
 もしかしたら、これを見かけたことをきっかけに
 『話してみようかな』
 という気になってくれるかもしれないじゃない。」

「家庭内での虐待は
 その多くが、ERに運ばれてくるような
 けがや病気といった、悲しい結果を迎えることになるし、
 そんな出来事を
 防ぐための工夫のひとつがこのバッジ。」

昔、法律の授業を聞いていたときに
「民事不介入」という言葉を習ったことがありました。
民法上の争いごとには、刑事法は立ち入らない、
ということらしいのですが、
その時に先生が挙げた例のひとつに
家庭内のもめごと、というのがありました。

刑事は介入できないかもしれないけど、
それが相手の健康を害するおそれがあるのなら、
しかも、大変なことが起こってしまう前に
医事なら割って入ることができるんだ、というのは
それまで気がついていなかった、
新しい発見でした。

健康を害する、というのは
物理的にからだに危害を与える、というだけでなく
ひどい言葉や振る舞いで心を傷つけることや、
経済的に不当に困らせる、ということなども含まれます。

そのような状態にある人を見つけ出して
解決策を探る、というのも
また、医療のひとつのありかたなんだ、ということを
学べたのは、とてもいい経験でした。

さらに、どんなに周囲のサポートを充実させても、
その本人が
「自分が虐待されている」ということを自覚して、
「自分には助けが必要だ」と
周囲にそれを明らかにできなければ
解決への一歩を踏み出すことはできない、ということも
彼女は教えてくれました。

うんざりすることもたくさんあるけど、
いいところも、あるじゃない、と
自分の仕事の領域を少し見直して、
それ以降、折に触れて
家庭内暴力について考えるようになりました。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2002-01-30-WED

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