手紙146 訪問診療・1 見えないものを見に行く
こんにちは。
普段、わたしたちの職場は病院や診療所で、
そこにやってくる患者さんにお目にかかることから
仕事がはじまるのですが、
それだけではなく、
患者さんのところに
こちらから出かけて行くこともあります。
これから数回は
この医療の宅配、訪問診療について
少しお話をしようかな、と思います。
房総の病院で働いていた時、
機会があって
わたしも訪問診療に行くようになりました。
この病院では
訪問診療の部署は
入院や外来のシステムからは完全に独立していて、
専属の 医師、看護婦、薬剤師を揃えて
南房総全域にわたって患者さんを引き受ける、
とても大きなグループでした。
まだ駆け出しだったわたしは
週に1回だけ、
水曜日にそのお手伝いをすることになりました。
わたしはこれがすごく楽しみでした。
正直に言うと、
水曜日が待ち遠しかった理由のひとつは、
海も山もとてもきれいな房総半島を
くまなくドライブに行けたことです。
そのおかげで、
わたしはこのあたりの地理にはだいぶ詳しくなって、
羽田空港に向かう飛行機が
房総半島を横切る時に、
機内から見える、海岸線やそこに並ぶホテルの名前を
だいぶ当てられるようになりました。
何の役にも立たないんですけれど。
ともかく、いろいろな意味で
いつも、とても楽しい訪問診療でしたが、
房総の患者さんのお宅に
初めて伺ったときに感じたことを
わたしは今も同じように思い続けています。
「見えないものを見に行く」
わたしたちが伺う患者さんは
自分で病院に来ることができない、
何らかの理由のある方々です。
病院まで来れない、ということは
おそらく街中にお出かけになることも、あまりないわけで
仕事場でも、日常生活の中でも
わたしたちがその姿を見かける機会は
本当に限られています。
また
外来の椅子に座って診察するだけではよくわからない、
家での暮らしぶりや、生活の中の具体的な動作、
たとえばトイレに向かって歩いて行く様子や
その際に邪魔になる家具や、役に立つてすりの有無などについて
じっくり見せていただくことは、
治療の計画を立てる上でも、とても役に立ちます。
さらに、患者さんと毎日の生活を共にしている
ご家族や近所の方々の様子を知る、
絶好の機会でもあります。
初めての往診を終えた後、
普段の仕事場ではあまり気付かないことや
なかなか見えてこないことを
実際に見に行く、というのが
訪問診療なんだなあとしみじみ感じたのですが、
この気持ちは、ニューヨークで
一人暮らしのお年寄りの家に往診に行くようになった今でも
まったく同じです。
次回からは
これまでわたしが経験したことの中から
いくつかお話をしていこうと思います。
では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。
本田美和子
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