手紙151 訪問診療・6 ニューヨーク(3) Life Line
こんにちは。
これまでもお伝えしましたように、
ニューヨークには
一人暮しのお年寄りがたくさんいます。
このような方々に何か事故が起こったとき、
助けを呼ぶ手段について
今日はお伝えしようと思います。
往診にでかけた先で、
胸に飾り気のないペンダントをしている患者さんに
会うことがあります。
直径3センチくらいで、色は地味な灰色。
中央に大きなボタンがついています。
最初に見たときには
風変わりなお守りのように思えました。
また、そんな方々の部屋には
数字の部分がとても大きくなっている
プッシュホンも備えられています。
「これって、何ですか?」と
聞いてみたわたしに、上司の先生が
そのしくみについて教えてくれました。
このペンダントと電話は
『ライフライン』という制度に参加している方に配られる、
緊急呼び出しの道具です。
ライフラインは
The
Health Associationという
非営利の団体が行っている事業で、
ニューヨークでは、約25年の歴史があるそうです。
もし、緊急の事態が起こったときに
胸のペンダントか電話のボタンを押すと、
24時間待機しているオペレーターに電話がつながり
助けを求めることができます。
電話にはスピーカーがついていて、
受話器を取らなくても話ができるようになっています。
この事業自体は
対象をとくに高齢者に限定しているわけではなく、
あまり安くはない月々の利用料を払えば
誰でも使うことができるそうです。
また、そのパンフレットによれば、
「緊急事態」というのは体や健康のことに限らず、
食事、仕事、医療保険、暴力行為、法律相談、と
なんだかよろず相談所のように
いろいろな相談にのったり、
必要な部署へ紹介したりしてくれるようです。
でも、わたしたちの患者さんにとって一番大切なのは、
急激な体の変調、たとえば、
胸が痛い、転んで起きあがれない、
大きなけがをした、意識が遠のいていく、といったような
医学的な緊急事態が起きたときです。
このような場合に、すぐに本人と話して状況を把握し、
もし、本人が自分でできなければ、
かわりに911(米国での119番、
救急車・警察を呼ぶ番号です)に連絡をしたり、
また、ボタンが押されたのに
本人からの応答がない場合には、
最寄りの警察署に連絡をして
様子を見に行ってもらうこともあります。
こうした救急医療の最初のステップを助けてくれる
ライフライン、というのは
とても心強い味方のように思えました。
「すごくいい制度ですね」と
ひとりで感心していたわたしに、
「でもね」と、上司の先生は言葉を継ぎました。
「すごく急に心筋梗塞や脳出血が起こったときには
ボタンを押す間もなく
意識不明になってしまうこともあるし、
そうなると、もう誰にもわからないのよね」
「それから、痴呆が進んだ患者さんの中には
どうしてこのペンダントを下げているのか、
思い出せない人もいるのよ」
ペンダントの意味を覚えておくことができなければ、
いざというときに、ボタンを押すこともありません。
また、このシステムに関しては
MedicareやMedicaidという
公的な医療保険はカバーしてくれず、
費用は自分で払わなければなりません。
アイディアとしては、とてもすばらしいライフラインですが
その特徴を十分に生かしきれるとは限らない、というのは
ちょっと残念です。
日本でも、このシリーズの始めにご紹介した、
赤坂の警察署が取りつけてくれたような
緊急用のホットラインがあるようですし、
緊急連絡用ではありませんが、
お湯を使っていることを
(元気にお茶を飲んでるぞ、ということを)
内蔵の携帯電話で遠くに住む家族に知らせる
電気ポットを作っている家電メーカーもあるようです。
どのような形にせよ、
お年寄りが助けを求めるために使える手段が
いつも、いくつかあって、
必要なときに、必要な人に
連絡がとれるようになっているといいな、と思います。
では、今日はこの辺で。
次回のことは、これから考えます。
みなさま、どうぞお元気で。
本田美和子
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