PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
ニューヨークの病院からの手紙。

手紙154 訪問診療・9 ニューヨーク(6)
Home Health Aide その3



こんにちは。

わたしたちが往診に行くと、
ホーム・ヘルス・エイドが
「いらっしゃい」と迎えてくれる家がたくさんあります。

同じエイドに何年にも渡って
来てもらっている患者さんもいますし、
わりと頻繁に交代する家もあります。

わたしがこの1年間に見る機会のあったエイドの多くは、
「わたしがもしこの仕事をすることになっても、
こんなに優しく、患者さんに
接し続けることができるかなあ」と思うような、
とても親切な女性たちでした。

ある患者さんの家に伺った時のことです。
その家は
セントラルパークに面した豪華なアパートの1室で、
患者さんは、美しい家具に囲まれて
一日2交代制で働くエイドと共に暮らしていました。

端から見る限り、このエイドの女性は
献身的に患者さんのお世話をしていました。

80を超えたその患者さんは、
また、これまでずっと
大事にされ続けてきたのだなあ、と思わせるような
印象を与えるおばあさんでもありました。

この患者さんの楽しみのひとつは
毎日、朝からシェリー酒を飲むことで、
わたしたちは、飲み過ぎになることを心配していました。

「このごろ変わったことはありませんか」と
患者さんとエイドの両方にたずねたところ、
エイドの女性が次のように話し始めました。

「近頃お酒の量が増えてきたので、
 少し控えたほうがいいと思うのですが、
 彼女はわたしの話を聞いてくれません」

「先日はかんしゃくを起こして、
 わたしにそのグラスを投げつけたんです」

患者さんはちょっときまり悪そうでしたが、
口調を荒げて言いました。

「わたしは、わたしのやりたいようにするの」

「彼女の仕事は、わたしの望みを叶えることで、
 そのためにお給料を払ってるのよ」

胸を突かれるような強い言葉にたじろいでいると、
エイドの女性が静かに口を開きました。

「わたしは、確かに
 あなたからお金をもらって生活しています」

「でも、これは
 あなたが望むまま、
 何もかもやってあげるという仕事ではないんです。
 わたしは、あなたがいつまでも元気でいてほしいし、
 それを助けるのがわたしの仕事です」

「わたしはあなたの召使ではありません。
 何でも言うことをきく召使が必要なら、
 わたしは辞めます」

彼女は最後には涙を浮かべていました。

患者さんも、自分が言ってしまった言葉のまずさを
わかっているようでした。

「ごめんなさい。ついかっとなって言ってしまったけど、
 あなたがいないと、わたしは暮らしていけない。
 そのことは、あなたもよくわかってるでしょう?
 どこにも行かないで」

と、おばあさんも最後は涙声で謝りました。

ふたりは互いの頬にキスをして、
その後は何ごともなかったかのように
上司の先生と薬のことについて話し始めました。

お金と、健康と、思いやり、の微妙なバランスは、
ちょっとしたことですぐに崩れてしまうのだ、
という例を目の当たりにして、
年をとる、ということの
新たな側面をわたしはこの日に知りました。

わたしが見聞きした中では、
病気がいよいよ重篤になって
たくさんの家族が駆けつけてベッドを取り囲んでも、
患者さんが呼ぶのはエイドの名前だけだった、というような
深い信頼関係を結んだケースもありましたし、
また、ごく稀ですが、
エイドが一人暮しのお年寄りの家から
お金や調度品を盗んで捕まった、という話もありました。

お年寄りの人口が増え続けていくことが確実で、
その生活を支えることが
とても大切な問題となっていくなかで、
ホーム・ヘルス・エイドの果たす役割は
決して小さくはありませんし、
エイドとお年寄りが、
穏やかで幸せな関係を築いていけるといいな、と
往診のたびに思います。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2002-08-11-SUN

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