PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
ニューヨークの病院からの手紙。

手紙157 訪問診療・12 ニューヨーク(9)
レインボールーム



こんにちは。

ご自分で病院まで来ることのできない
患者さんのお宅に
こちらから出かけていく、
訪問診療についてご紹介してきています。

今後ご紹介する機会もあるかもしれませんが、
米国と日本の内科の外来診療で
もっとも違うな、と思うことのひとつは、
医師が診ることを期待されている患者さんの数です。

たとえば、わたしが今いる老人科では
半日の外来で診る患者さんの数は10人前後です。

日本の一般的な内科の外来では、
たぶんその3倍くらいの患者さんを
一人の医師が診察していると思います。

健康や病気についての専門的な知識を持つ医師と
からだについての相談をすることに対して、
医師に支払われる報酬が米国に比べて極端に少ないので、
日本ではその分、
数をこなさなければいけない仕組みになっているのが
その原因のひとつだと思います。

これは、医療システムの違いによるものですし、
米国の制度が日本よりも優れている、とも言えないので
ここでは、今回の話に関係あることだけにして、
あとは、もう深入りしないことにします。

以前も少し触れましたが、
半日の往診の間に伺うことができる患者さんの数は
5人がやっとです。

つまり、半日で10人前後診る
米国の標準的な外来と比べても、
往診に伺うことができる患者さんの数は半分以下です。

しかも、訪問診療のチームには専属の看護婦がいますし、
場合によっては、患者さんの自宅で行う
採血やポータブルのレントゲン撮影の手配も
必要になります。

ですから、訪問診療で得られる診療報酬は
それに必要な費用を大きく下回っていて、
どの施設でも、訪問診療事業自体は赤字です。
 
診療自体に支払われる報酬では足りないので、
多くの施設では
医学教育の一環に訪問診療が組み込まれていることが多く、
医学生や、トレーニング中の医師が参加することで、
大学から補助をもらうことになっているようです。

しかし、それでもなお不足する財源を補うために
わたしのいるプログラムでは
ある催しを年に一度開いていました。
今日はそのことについてご紹介しようと思います。

昨年の11月の中ごろに
「来週夕食会があるから、予定を空けといてね」と
連絡がありました。

「場所は
 ロックフェラーセンターのレインボールーム。
 ブラックタイのパーティだから、
 お洋服も準備しておいてね」

ロックフェラーセンターは、
マンハッタンの中でも、もっとも華やかな場所にあって
冬の間はビルの谷間にスケートリンクが設けられたり、
巨大なクリスマスツリーが飾られることで
有名なところです。

レインボールーム、というのは
そのビルの最上階にある、
これまた有名なレストランだそうで
そこで、老人医療プログラムへの資金援助のパーティが
年に一度開かれています。

わたしたちの仕事は、
この資金の一部でトレーニングを受けている医師として
パーティで感じよく、お行儀よく振舞うことのようでした。

さて、夕食会の当日になりました。
看護婦さんや上司の先生の中には
早引きして美容院に行く人もいて、
みんな気合いが入っています。

わたしのパーティドレスは一着しかなくて、
ドレスアップしておめかし、というよりは
もう変装という言葉が近い感じになってしまうのですが、
ともかく、一張羅を着て
同僚とロックフェラーセンターへ向かいました。

テロのすぐ後で、まだ厳重だった
手荷物検査を終えてたどり着いたレインボールームは、
わたしが想像していたよりも
もっと広くて、豪華で、
すばらしい眺めのレストランでした。

そこには、プログラムに
およそ140万円以上の寄付をした方々が招待されていて、
すでに、たくさんの人がテーブルについていました。

政治家や、銀行の偉い人、著名なレストランの経営者など
新聞の社交欄でよく見かける名前の方々も
たくさんいらしているようでした。

わたしたちもその末席で夕食をいただいたのですが、
アメリカに来て4年目にして初めて、
見かけも、味も、心からおいしい、と思えたお料理でした。

食事の後は
プログラムに貢献してくださった方々の表彰があり、
それからダンスの時間になりました。
広間では、バンドの演奏が始まって、
食事を終えた人々が中央で楽しそうに踊り始めました。

ダンスの素養のないわたしや同僚は
傍で見ているだけでしたが、
それでもとても面白かったです。

このようにして集められたお金は
訪問診療だけでなく、
老人向けのデイケアセンターの運営や
電話相談などにも広く使われています。

寄付に対しては税金が免除になることもあって、
米国ではこのような寄付金集めが盛んです。

日本で働いている友達に聞いてみると、
どこも、訪問診療については
経済的にはとても大変だ、と話してくれました。

冒頭でご紹介したように、
適切な言葉遣いではないかもしれませんが、
「患者さんの数をこなさなければ」やっていけない
日本の医療システムのなかで、
訪問診療を続けていくことは
容易ではないだろうと思います。

日本では、介護保険の導入と時期を同じくして
たくさんの企業がこの分野での仕事を始めましたが
あっという間にその規模を縮小していったように、
老人医療の分野で
質が高く、経済的にも効率のよい仕組みを作り上げることは
なかなか難しいようです。

お金と人材には限りがあって、
そのサービスを必要とする人口は増えつづけていく中で
どうすれば、その社会で暮らす人々の
健康の質を上げていくことができるか、ということは
医療の分野で働く者にとって大問題です。

同じ問題を抱える米国で見た
この豪華な資金集めの方法は、
その解決方法のひとつと
なりうるのかもしれないと思いながら、
レインボールームでの夜を過ごしました。

少し話が長くなりすぎました。
では、今日はこの辺で。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2002-09-05-THU

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